はじめに:絶対王政と現代ポピュリズムを弁証法で捉える
トランプ米政権(2017–2021)と18世紀フランスの絶対王政(ルイ14世〜ルイ16世期)は、一見すると時代も体制も大きく異なります。しかし、ヘーゲルやマルクスの弁証法的視点を用いることで、両者に潜む共通の構造的矛盾や対立を浮き彫りにし、それらが社会変動や体制崩壊に至る過程を考察できます。以下では、権力構造と正当性(王権神授説 vs ポピュリズム)、財政政策とその帰結(重商主義・浪費的宮廷 vs 減税・財政赤字)、対外政策(覇権主義・戦争外交のスタイル)、社会的分断と階級意識の4つの要素について、フランス絶対王政とトランプ政権を比較しつつ、両者の類似点と差異を分析します。そして、それらを弁証法の枠組みに位置付け、**正(テーゼ)-反(アンチテーゼ)-合(ジンテーゼ)**の動態や唯物史観的な歴史の推進力を考え、社会的変動・崩壊への示唆を導きます。
権力構造とポピュリズム:王権神授説 vs 民衆迎合
フランス絶対王政の権力構造: ルイ14世に代表される絶対王政では、「王権神授説」によって王の権力が正当化されました。王は神から与えられた絶対権力を持つ存在とされ、「朕は国家なり(L’État, c’est moi)」という姿勢で国家を統治しました。権力は形式上は王に一極集中し、王自身が立法・行政・司法の源泉でした。実際には王は貴族や官僚のネットワークを通じて統治しましたが、そのネットワークも王への個人的な忠誠と恩顧関係(パトロネージ)で維持されました。ヴェルサイユ宮殿に集められた貴族たちは華麗な宮廷儀礼に従い、公式には政治的発言力を制限される一方、非公式には王の側近として取り入ることで影響力を行使しました。特に王に近侍する寵臣や王妃・公妾(公式愛妾)などが背後で政治的助言やとりなしを行い、国政はしばしば王の個人的嗜好や人間関係に左右されました。例えばルイ15世の時代、有名なポンパドゥール夫人は王の信任を得て国政にも影響を与え、王の機嫌をとり円滑に政務が進むよう取り計らったと言われます。つまり、絶対王政の権力構造は形式的な制度よりも個人的繋がりと忠誠に依存し、権力が神聖不可侵なものとして扱われる反面、その実態は王を頂点とする「宮廷」という閉鎖的な権力ネットワークでした。
トランプ政権の権力構造: 一方、現代アメリカ合衆国は民主共和制ですが、トランプ大統領は**「民衆の意思」を直接体現するポピュリズム的リーダーとして振る舞い、既存の制度的チェックより自らのカリスマと支持者の熱狂に依拠する統治スタイルを見せました。彼は選挙で選ばれたという民主的正統性を背景にしつつ、伝統的エリート層や専門官僚制度を「腐敗した既得権層(ワシントンの沼)」と攻撃し、自分こそが「忘れられた人々の声」を代弁すると主張しました。この「民衆迎合**(ポピュリズム)的」な正統化は、表向きは王権神授とは正反対で権力の源泉を下から(民衆から)求めるものです。しかし実際には、「自分は人民に選ばれた唯一の代表だ」という論法であらゆる批判や抑制を退け、行政・司法・メディアなどの既存の抑制メカニズムを「人民の敵」とみなすことで、自らへの権力集中を図った点で、絶対王政にも通じる側面があります。トランプ氏は政府高官の任免でも個人への忠誠心を最重視し、自身に歯向かったり独自行動する閣僚や官僚を次々と解任・更迭しました。逆に、自身に従順で忠誠な者(時にそれが彼自身の家族やビジネス関係者であっても)を重要ポストに登用し、政権内部に「トランプ氏の言うことを否定しないイエスマン」の集団を築きました。娘のイヴァンカ氏とその夫ジャレッド・クシュナー氏を上級顧問に起用したことや、ホワイトハウスのスタッフが彼の機嫌を損ねないよう振る舞ったエピソードは、君主が縁故や寵愛にもとづき側近を配した宮廷政治を想起させます。
正当性と大衆へのアピール: 絶対王政下では、王は「神に選ばれし存在」として宗教的畏敬を集め、庶民はそれを疑いにくい雰囲気が作られていました。しかし18世紀にもなると啓蒙思想の広がりや王族のスキャンダル曝露などにより、王の権威は徐々に**「神聖さの喪失(デサンクラリゼーション)」が進みました。ルイ15世・16世の時代、パンフレットや風刺画で王侯貴族の私生活が暴かれ、民衆は王家を敬う気持ちを失っていきます。それに対しトランプ氏は、そもそも当初から政治的権威や品位をまとおうとはせず、「テレビショーのホスト」の延長のような型破りで歯に衣着せぬ言動で注目を集めました。彼は伝統的な「大統領らしさ(presidential)」をことごとく破り、露骨なまでにツイッターや集会で罵詈雑言を弄し、メディアや政敵を挑発しました。奇しくもこのことがアメリカ大統領職というものの神秘性を剥ぎ取る**結果となり、「権威への畏怖」よりも「身近でスキャンダラスな存在」として大統領像を塗り替えました。これは絶対王政末期に王の神聖性が失墜した状況とパラレルがあります。
相違点: もっとも、制度的な違いは無視できません。フランス絶対王政では国王は法的にも権力集中が許されましたが、トランプ大統領には一応アメリカ合衆国憲法の下での制約(議会制・司法審査・任期制など)が存在しました。トランプ氏は二度にわたり弾劾訴追を受け(実際には上院で無罪)、大統領選挙での敗北後には政権を明け渡さざるを得ませんでした。このように民主的手続きが最終的に機能した点は、革命という非合法手段でしか変革が起こりえなかった絶対王政とは大きく異なります。また、ポピュリズムと王権神授のイデオロギーも本質的には対照的です。王は民衆に迎合する必要はなく上からの統治でしたが、ポピュリスト指導者は人気を維持するために常に大衆の情緒に訴えかけ、敵を作っては糾弾し続けるという下からの支持に依存する不安定さを抱えています。そのためトランプ氏も支持率確保のためのパフォーマンスを絶えず行い、次の選挙を意識せざるを得ませんでした(実際2020年に再選へ向け熱狂的集会を重ねました)。一方、世襲君主は支持率に頓着せずとも権力を保持できました。この違いはあるものの、**「自分だけが国民(あるいは国家)の唯一正統な代表だ」という独善」は両者に共通する特徴であり、それが他の社会集団や制度との軋轢(あつれき)**を生み出しました。
弁証法的に見た権力構造: ヘーゲル流に言えば、フランス絶対王政の権力構造という「正(テーゼ)」に対し、啓蒙思想や市民革命の「人民主権」の観念が「反(アンチテーゼ)」としてぶつかりました。絶対王政は一見強固でしたが内在的に不平等や非合理を孕んでおり、やがて人民主権という対抗原理によって打ち倒され、新たな立憲体制(合(ジンテーゼ))へと移行します。同様に、現代のアメリカでは長らくリベラルな民主主義体制(エスタブリッシュメントの秩序)が「正」として存続してきましたが、トランプ現象はそれへの「反」として噴出したものと解釈できます。すなわち、ワシントンの従来政治やグローバル化したエリート支配への反発が、ポピュリズム指導者という形で現れたのです。ただしその「反」は、単純な近代民主革命のように体制を前進させるものではなく、むしろ既存制度を混乱させる逆行的・反動的な側面も持ち合わせています。この点で、ヘーゲル的というよりマルクス的視点、すなわち唯物史観で捉えると、トランプのポピュリズムは真の人民解放ではなく支配階級内の対立や体制の自己矛盾の表れとも言えます(後述するように経済政策や社会階級構造の矛盾が背景にある)。いずれにせよ、権力の正当性をめぐる対立が深まると、それが体制全体の安定を揺るがす大きな力となるのは、18世紀も21世紀も共通の教訓です。
財政政策とその帰結:重商主義・浪費 vs 減税・財政赤字
絶対王政下の財政と経済政策: フランス絶対王政は当初、コルベールに代表される重商主義政策で国家繁栄を図りました。17〜18世紀フランスは典型的な重商主義国家であり、その特徴は以下の通りです:
- 高関税政策: 輸入品に高い関税を課して国内産業を保護し、貿易黒字を目指しました。海外からの製品流入を抑えることで国富(当時は金銀)流出を防ぐ狙いです。
- 国家主導の産業育成: ガラス・織物・造船など戦略産業では王立工場を設立し、国家が生産を奨励・管理しました。特権商人に独占権を与えるなどして国産品の振興を図っています。
- 専売制と課税: 塩やタバコなど生活必需品に王室の専売制を敷き、高額な専売税を徴収して安定財源としました。またアンシャン・レジームでは身分ごとに課税が異なり、第一身分(聖職者)・第二身分(貴族)は免税特権を持ち、重い税負担は第三身分(平民・庶民)に偏っていました。
コルベールの政策は短期的には奏功し、王室財政の収入が増えて強大な常備軍の維持や壮麗な宮廷文化の開花を支えました。ヴェルサイユ宮殿のような贅を尽くした建築や、ルイ14世期の絶え間ない戦争(対オランダ戦争、スペイン継承戦争など)も、ある程度は増収によって賄えたのです。しかし長期的にはそのツケが回りました。高関税と専売によって物価が上昇し庶民の生活は圧迫され、保護に安住した国内産業は国際競争力を欠いていきました。結果、18世紀後半に至るとフランス経済は停滞し、最大のライバルであるイギリスとの七年戦争(1756–1763)では敗北を喫して海外植民地や海洋覇権を失うことになります。この戦費と敗戦はフランス王室財政に莫大な負担をかけました。その後も宮廷の贅沢や継続する軍事費で財政赤字は拡大の一途をたどり、ルイ16世の治世には国家債務が雪だるま式に膨らんで事実上の財政破綻状態に陥ります。特にアメリカ独立戦争(1775–1783)への介入は、宿敵イギリスに打撃を与える戦略的成果はあったものの、フランス自身も巨額の軍資金提供と借財を負い、財政危機を決定的に深めました。王室は度重なる増税や借入れで凌ごうとしましたが、既得権層の反対で税制改革は難航し、最終的には1789年に国王が統治機構の根幹である三部会(Estates-General)招集に追い込まれます。これは1614年以来の異例の措置で、財政危機を解決するために全国三身分の協議を仰ぐものですが、この招集が結果的にフランス革命勃発の引き金となりました。すなわち、王権の浪費的財政運営と旧態依然たる重商主義経済は、自ら矛盾を深めて体制崩壊の要因となったのです。
トランプ政権の財政・経済政策: トランプ政権もまた、短期的な景気刺激や支持層へのアピールを優先するあまり、長期的な財政健全性を犠牲にした政策を取りました。主な特徴は以下の通りです:
- 大規模減税: 2017年に成立した法人税・所得税の大型減税(いわゆる「トランプ減税」)は、富裕層や企業に恩恵が偏る内容でした。減税により一時的に企業収益や株価は上昇し景況感は良化しましたが、その反面歳入が減少して財政赤字が拡大しました。減税の恩恵は富裕層に集中し、所得格差も拡大しています。
- 歳出拡大: 減税と同時に国防費など政府支出も増やしたため、年間財政赤字は就任前より数百億ドル規模で増加しました。好景気時にも関わらず恒常的な赤字が続き、国債発行残高(国家債務)は4年間で約7兆ドル増と急膨張しています。トランプ氏自身は選挙中「8年で国の借金をゼロにする」と豪語しましたが、現実には逆に債務は史上最大規模となり、GDP比でも第二次大戦直後以来の高水準に達しました。
- 通商政策の保護主義化: 対外経済では、伝統的な自由貿易路線を転換し、中国や同盟国に対する高関税措置を乱発しました。鉄鋼やアルミへの関税、対中制裁関税、第1次産品の関税引き上げなど、米国の実効関税率を戦後最高レベルにまで押し上げています。これは21世紀型の新重商主義とも言われ、輸入品に課税することで国内産業を守り、貿易赤字を減らそうという考えでした。また関税を外交的な制裁手段として用い、通商問題を二国間の「取り引き」にする傾向が強まりました。
トランプ政権下で表面的な景気指標(失業率低下や株価上昇)は任期中盤まで良好でした。しかしそれは前任政権からの景気拡大の継続による部分も大きく、減税や関税政策が中長期で投資や実体経済を活性化した証拠は乏しいと指摘されています。一方で財政赤字の累積という構造問題は確実に深刻化しました。特に2020年、新型コロナウイルス危機への対応で巨額の景気対策を余儀なくされたこともあり、2020会計年度の赤字は3兆ドル超に跳ね上がり、米国債務残高はついに27兆ドルを超えました。もちろんコロナ危機は異例ですが、仮にそれがなくともトランプ政権の財政は既に脆弱で、好況期にも関わらず借金体質を悪化させた点で財政運営への疑問が残ります。加えて、減税と規制緩和は富裕層や大企業に利益をもたらし、社会保障や医療への支出削減圧力を高めたため、中低所得層の不満や将来不安はむしろ増大しました。つまり、**「政府(国家)は豊かになっても国民は豊かにならない」**という現象が見られたのです。これは、前述のフランス重商主義下で「国家財政は潤っても庶民生活は苦しくなった」構造と類似しています。
短期効果と長期リスク: 両者ともに、経済政策は短期的には派手な成果や象徴を生みました。フランス王室はヴェルサイユや豪華な宮廷文化で「繁栄の黄金期」を演出し、トランプ政権も減税による株高や関税収入増(米政府の関税収入は一時月300億ドルに達し前年の数倍となりました)で「アメリカが再び豊かになる」と喧伝しました。しかし、長期的な副作用としてフランスでは産業停滞と財政破綻、米国では生産コスト上昇・報復関税による輸出不振・国債残高の危機的増大など、持続不可能な矛盾が膨らみました。フランスではこの矛盾が1780年代にピークに達し、国家そのものが経済的に立ち行かなくなって革命という形で清算されました。米国も直ちに財政破綻するわけではありませんが、将来的な増税やインフレ、国家信用低下などのリスクを孕んでいます。大量の国債発行は平時には問題を先送りできますが、いずれ負担は国民に跳ね返ります。実際、トランプ減税の恒久減税部分は中低所得層には限定的で、多くは数年で期限切れとなる設計でした(富裕層・法人減税は恒久化)。つまり減税の恩恵も持続せず、一方で国債だけが積み上がり、後の世代がツケを払う構造です。このように経済的繁栄の見かけと、その裏に蓄積する制度的疲弊という二重構造もまた、歴史を超えて共通しています。
弁証法的に見た経済の矛盾: マルクスの唯物史観では、経済(下部構造)の矛盾こそが歴史を動かす原動力とされます。フランス絶対王政の崩壊はまさに、旧制度の経済構造(重商主義と身分制的搾取)が限界に達し、生産力を阻む桎梏となったことに起因します。新興のブルジョワ階級や都市民衆は、この旧弊な経済秩序を打倒して資本主義的で合理的な経済体系へ移行することを歴史的課題として担い、革命という形でそれを達成しました(封建制から資本制への移行)。一方、現代アメリカ資本主義もまた21世紀に入り矛盾が深まっています。グローバル化と金融中心の経済は富の偏在と中間層の没落を生み、長期停滞や資本主義の内部限界が論じられるようになりました。その「正」としての新自由主義的グローバル経済に対し、トランプの経済ナショナリズム(保護主義や富裕層優遇策への大衆的反発)は一種の「反」として噴出したと見ることができます。しかしトランプ路線そのものも資本主義の矛盾を解決するものではなく、むしろ一時的な迎合や問題の先送りに過ぎません。減税で景気浮揚を図っても格差は拡大し、関税で雇用を守っても技術革新や生産性向上という根本課題は放置されました。いわば矛盾の上に塗り薬を塗っただけの状態で、根底的な解決(例えば経済構造の転換や社会福祉の充実による再配分強化など)は先延ばしにされたのです。このように、フランス革命前夜もトランプ時代も、**経済の土台に潜む対立(貴族的浪費と平民の貧困、資本の肥大化と労働者の停滞)**が臨界点に向かっていました。前者は実際に爆発(革命)しましたが、後者はまだ進行中であり、今後の動向次第では民主政治の枠内で改革が行われるか、あるいは別の形で爆発的変動を迎える可能性があります。
対外政策:覇権主義と戦争・外交スタイルの比較
フランス絶対王政の対外政策: ルイ14世から16世にかけてのフランス王政は、ヨーロッパにおける覇権確立と王朝の栄光を追求した攻勢的外交・戦争政策が顕著でした。ルイ14世は「太陽王」の異名どおり、強大な軍事力で領土拡大とフランス優位の国際秩序を目指しました。オランダ侵略戦争(1672–78)や大同盟戦争(1688–97)、スペイン継承戦争(1701–13)など連続する戦争は、いずれもフランスがヨーロッパの覇権を狙ったものです。一時はフランスの勢威が大陸に轟きましたが、各国が対仏同盟を結成してフランスの膨張を食い止める**「パワー・バランス(勢力均衡)」が働き、長期的覇権は達成できませんでした。戦争の結果、フランスは領土こそ一部拡大したものの、莫大な戦費と国力消耗に苦しみます。ルイ15世の時代には対外的な精彩を欠き、七年戦争では逆に英プロイセン陣営に大敗を喫しました。この敗北で北米のフランス植民地(カナダ・ルイジアナの大半)やインドにおける影響力を失い、海洋帝国としての地位をイギリスに譲ることになります。ルイ16世は巻き返しを図り、アメリカ独立戦争で反英支援に踏み切りました。フランス軍の参戦と資金援助はアメリカ勝利とイギリスの屈服に貢献しましたが、その代償としてフランス財政は破綻寸前となり、皮肉にも他国の革命を助けた結果、自国が革命に見舞われる**遠因を作りました。
フランス王政の外交スタイルは、王朝の権威と名誉を最優先するものでした。条約や同盟は君主同士の密約や婚姻関係によって結ばれ(ルイ16世がオーストリア大公女マリー・アントワネットと結婚したのも仏墺同盟強化策でした)、外交はしばしば国民の声とは無関係に進められました。戦争も領土や王位継承権をめぐる王家の利益のために行われ、国民は重税と徴兵によってそれを支えました。このような**「上からの覇権主義」**は、勝利すれば王権威信が高まる一方、敗北すれば王朝への信頼失墜に直結します。七年戦争の敗北後、フランス国内で王政への批判が強まったのは、対外的威信の失墜が国民の不満に火を付けた面もありました。
トランプ政権の対外政策: トランプ氏は「America First(アメリカ第一主義)」を掲げ、前任までの国際協調路線から大きく舵を切りました。その対外姿勢は、一見すると歴史的なフランスの覇権主義とは異なり、内向きのナショナリズムや選択的な関与縮小として表れました。しかし、根底にはアメリカの力を最大化し他国に譲歩しないという、ある種の覇権志向が見て取れます。
具体的には、トランプ政権はNATOや伝統的同盟国との関係でも「取引的」なアプローチを強めました。NATO防衛費の増額を加盟国に迫り、さもなければ米国の安全保障義務を縮小しうると示唆するなど、同盟関係をビジネスのように扱いました。G7や国連など多国間の枠組みも軽視し、パリ協定やイラン核合意から一方的に離脱、世界保健機関(WHO)からの脱退表明など、国際協調を揺るがす決定を連発しました。これは世界の覇権国として戦後秩序を主導してきたアメリカの伝統的役割を自己否定するかのようでもあり、他方で「自国の利益にならない約束は破る」と公言して憚らない態度は超大国としての威信を傷つけました。結果として、従来アメリカのリーダーシップに頼っていた同盟国は困惑し、相対的に中国やロシアなどの台頭を許す地政学的空白も生じました。
軍事面では、トランプ政権は中東やアフガニスタンでの長期戦争から兵を引き揚げる意向を示し、実際にアフガニスタン駐留米軍の削減やシリアからの急撤収(ただし後に一部撤回)を行いました。一方で、対外強硬姿勢自体は崩さず、イスラム過激派組織ISISへの空爆強化や、イランの軍事司令官への暗殺(2020年のソレイマニ司令官殺害)など高リスク行動も取っています。北朝鮮の金正恩委員長とは直接会談を設定し、米朝首脳会談という歴史的出来事を演出しましたが、核問題の実質的進展は得られませんでした。このようにトランプ外交は即興的で個人主導の色彩が強く、前例や同盟国の意向を顧みず進められたため、「予測不能」と恐れられる一方で、外交の連続性や信頼性を損ねました。
覇権の維持 vs 衰退: フランス絶対王政は最盛期には欧州大陸の覇権を握りましたが、その後の戦争連敗と財政困窮でイギリスに覇権の座を明け渡しました。同様に、アメリカもトランプ期に国際的リーダーシップの低下が指摘されています。フランスの例では、覇権国が内向きになり保護主義に傾けば、新興国に地位を奪われるという歴史モデルが確認できます(ルイ14世後のフランスは覇権を失い、19世紀以降はイギリスやドイツに後れを取った)。トランプ時代の米国も、経済ナショナリズムや同盟軽視によって、結果的に中国などの挑戦を受けやすい状態を招いたとの見方があります。実際、中国は米国が関税戦争を仕掛ける間に他国との自由貿易協定を推進し、気候変動問題などでも米国不在の間に主導権を狙いました。もし米国がこのまま内向き政策を長期化し、技術革新力や同盟網の維持にも支障をきたせば、21世紀の覇権国交代も現実味を帯びてきます。これはフランス革命前夜の覇権構造の揺らぎとも重なる部分です。
外交スタイルの相違と共通点: 絶対王政の外交は君主の意思が全てでしたが、トランプ外交もまた大統領個人の意向が色濃く出ました。両者とも組織的な合議や専門的判断を軽視し、トップの直感やメンツを優先する傾向があります。そのため、周囲から見れば恣意的・独善的に映り、敵対勢力を結束させてしまう結果にもなりました(ルイ14世の膨張政策は欧州諸国の包囲網を生み、トランプの強硬策は中国とEUの接近などを招いた)。一方、相違としては、絶対王政フランスは積極的な征服戦争を行いましたが、トランプ政権は大規模な新戦争は開始していません。むしろ既存の戦争からの撤退を模索した点で、「軍事的縮小志向の覇権国」というアンバランスな姿勢でした。ただし、トランプ氏は軍事費そのものは増額し最新兵器の誇示も行っており、力の行使自体を否定したわけではありません。結局、「コストの合わない戦争はしないが、自国の利益のためなら一方的行動も辞さない」という実利的覇権主義であったと言えます。このプラグマティックな姿勢は、名誉や威信のために戦った王政時代と比べると現実的ですが、その現実主義ゆえに道義的な大義名分を欠き、長期的には国内外の支持を失いやすい欠点も抱えていました。
弁証法的に見た国際秩序: ヘーゲルは歴史を「世界精神」が移ろう過程と捉え、時代ごとに主要国がその使命を担うと考えました。18〜19世紀はフランス革命とナポレオン戦争を経て、覇権がフランスからイギリスへ移行し、新たな国際秩序(ウィーン体制)が生まれました。これは旧来のフランス覇権(正)が諸国民の自由とナショナリズムの高揚(反)に直面し、近代国民国家体系の成立(合)へと至ったものとみることができます。同様に、第二次大戦後の米国主導の国際秩序(パックス・アメリカーナ)が、21世紀に入りグローバル化の歪みや各国の台頭(反)によって揺らぎ、何らかの新秩序(合)へ移行しつつあるとも考えられます。トランプ政権はその過渡期に現れた一つの現象(反の極)の具現であり、既存秩序を揺さぶる役割を果たしました。その帰結として、米国は国内で体制の立て直しを迫られ、国際的には多極化や新冷戦的構図が進行しています。マルクス主義の見地では、国際関係も所与の生産力・生産関係によって規定されるため、アメリカ資本主義の相対的衰退と新興資本主義国の台頭という経済的土台の変化が覇権変動(スーパーサイクル)の根本原因と考えられます。いずれにせよ、フランス絶対王政末期もトランプ期の米国も、「外への膨張」が行き詰まって内側から変革を迫られる局面であった点は否めません。その変革が穏健な権力移行で済むのか、大動乱を伴うかは歴史の選択ですが、前者は王政が失敗し革命となり、後者は米国有権者が2020年選挙で政権交代を選んだことで一旦平和裏に軌道修正が図られました。
社会的分断と階級意識:身分制 vs 格差社会の亀裂
フランス旧体制の社会階級: 革命前のフランス社会は身分制(聖職・貴族・平民)による法的・経済的な分断がはっきり存在しました。人口の約98%を占める第三身分(平民)は、土地を持たぬ貧しい農民から富裕な商工業ブルジョワまで含む多様な層でしたが、政治的発言権は極めて限定され、経済的にも重税や地代の負担がのしかかっていました。一方、第一身分(聖職者)と第二身分(貴族)は人口のわずか2%ほどながら、土地や富を独占し、なおかつ税負担を免除される特権を享受していました。宮廷や高級官職も彼らが占有し、「不労所得階級 vs 納税労働階級」という構図が固定化していたのです。18世紀後半になると、啓蒙思想の広がりで「人間は生まれながら平等」という観念が知識人や市民層に浸透し、この旧来の身分制度への批判が高まりました。ルソーやヴォルテールらは貴族制や聖職者特権を風刺・告発し、またアメリカ独立宣言の「すべての人は平等に創られた」という文言はフランス人民にも強い示唆を与えました。こうして第三身分の中に「自分たちこそ国民全体を代表する存在だ」という階級意識が芽生えていきます。有名なパンフレット『第三身分とは何か』でアベ・シェイエスが「第三身分はすべてである」と喝破したように、平民たちは自らの力と社会的意義を自覚し始めたのです。
しかし同時に、農村では凶作や食糧高騰で飢えに苦しむ農民たちの怒りが爆発寸前でした。都市でもパンの値段が高騰し、市場での暴動(いわゆる「パン暴動」)が頻発しました。王妃マリー・アントワネットの「パンがなければお菓子を食べればよい」という伝説的失言(実際には風評ですが)は、支配階級が庶民の生活苦を理解していない象徴として語り継がれています。要するに、フランス革命直前の社会は極端な不平等と階級対立が顕在化し、下層民衆の鬱積した不満と中産市民層の政治意識高揚とが重なって社会全体が爆発的変化を求める臨界点に達していたのです。1789年にバスティーユ襲撃や農民の領主襲撃(大恐怖)が起きたのは、その階級矛盾が臨界を超えた瞬間でした。
トランプ時代の社会的分断: 21世紀のアメリカ社会には表向き旧制度のような法的身分制はありません。しかし、経済格差の拡大や政治的二極化が進む中で、新たな形の社会的分断と対立意識が深まっていました。冷戦後のグローバル化と情報化の波に乗り、都市部の高度専門職層や巨大企業は富を蓄積する一方で、ラストベルトと呼ばれる工業地帯の労働者階級や農村の低所得層は職を失い、生活水準が伸び悩んでいました。リーマンショック以降、トップ1%が国富の大部分を占めるようになる一方、一般労働者の実質賃金は伸びず、医療費や教育費の負担が重くのしかかるといった現実があります。こうした中で、2010年代には「ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)」運動やバーニー・サンダース上院議員の草の根左派運動など、経済的不平等への抗議も台頭しましたが、同時に異なる形のポピュリズムが別方向から噴出しました。それが、トランプ氏に体現された主に白人中下層の不満の噴出です。
トランプ支持の主力には、グローバル化で職を失った白人労働者層や、エリート主導の多文化主義に反発する郊外・農村の中間層が多く含まれていました。彼らは自分たちの経済的不遇や文化的疎外感を、「ワシントンの政治エリート」「国際金融家」「不法移民や海外への雇用流出」などのせいにするナラティブを支持しました。トランプ氏はまさに**「既存の支配層(=支配階級) vs 普通の国民」という対立軸を強調し、自分を普通の人々の味方と演出したのです。この構図は一種の階級闘争的レトリック**ではありますが、マルクス主義で言うところのプロレタリア階級意識とは異なり、対象が人種やナショナリティ、文化的アイデンティティとも絡んだ複雑なものでした。つまり、貧富の差そのものよりも、「自分たちはエスタブリッシュメントに見下され搾取されている」という感覚が原動力でした。それゆえトランプ支持者の中には経済的には中流以上も少なくなく、経済階級というより文化・政治階級意識と言える側面があります。
他方で、トランプ現象に反発する側の多くは都市部のリベラル層や有色人種・若者などで、彼らはトランプの排外的・差別的言動に危機感を抱き、「アメリカの民主主義と多様性を守れ」という意識で結集しました。こうして米国社会は保守ポピュリスト vs リベラル多様主義者という強烈な分極化に陥り、互いに相手を「もはや同じ国民ではない」かのように扱う雰囲気さえ生まれました。この対立はしばしば階級対立と重なりつつもズレてもいるのが特徴です。例えば大都市のリベラル派には富裕エリートも多く含まれるため、トランプ派からは「偽善的エリート」と見なされ、一方リベラル派から見ればトランプ派白人労働者は「自分より貧しいのに富裕層の手先であるトランプに騙されている」存在と映ります。結果として、誰が真の支配層で誰が被支配層かという認識が社会で共有されず、共通の「人民 vs 支配者」の図式が描けないまま対立が深まっています。これは旧体制フランスで第三身分の大多数が「貴族聖職 vs 庶民」という明瞭な構図で団結できたのと対照的です。
暴発する分断: こうした社会的分断はトランプ政権期に劇的に表面化しました。象徴的事件が2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃です。大統領選敗北を認めないトランプ支持者の一団が、議会認証を力ずくで妨害しようと乱入したこの事件は、アメリカ民主主義の中枢が国内勢力によって物理的に攻撃されるという衝撃的な出来事でした。負傷者や死者も出て、まさに社会対立が暴力に転化した瞬間です。18世紀フランスでいえば、バスティーユ牢獄襲撃やテュイルリー宮殿襲撃のように、民衆が権力象徴に襲い掛かった事件に匹敵するかもしれません。ただし決定的な違いは、フランス革命の暴発は下からの体制打倒(抑圧側への蜂起)でしたが、2021年の暴動は現職リーダー(トランプ)の権力維持を求める動きだった点です。つまり、フランスでは被支配者が支配者を倒そうとしたが、米国では被支配者の一部が特定の支配者に熱狂し民主プロセスを否定したという逆の構図でした。この事実は、トランプのポピュリズムが階級意識に基づく体制変革運動というより、カリスマ個人への盲信による擬似的な階級闘争だったことを物語っています。ここにマルクス的観点から言えば、アメリカ労働者階級の**「偽の意識」**が見て取れるかもしれません。すなわち本来闘うべき巨大資本や不平等そのものではなく、トランプという富豪をメシアとして担ぎ上げ、敵を移民や左派に仕立ててしまった点です。これは既存秩序の真の変革にはつながらず、かえって社会を引き裂く結果となりました。
共通点: それでも共通点を挙げれば、既存のエリート支配への反発が巨大化し体制を脅かしたという点です。フランスでも多数派庶民が「貴族や宮廷は自分たちを搾取している」と結論づけて立ち上がり、アメリカでも多くの一般市民が「ワシントンや多国籍企業は自分たちを見捨てている」と感じて怒りを募らせました。さらにその背後には経済的困窮や不平等拡大というマテリアルな要因があるのも共通しています。フランス革命を唯物史観的に見れば、重税と飢餓という経済状況が思想を行動に転化させました。同様にアメリカでも、ラストベルトの失業やオピオイド危機に象徴される社会絶望がなければ、過激な煽動にこれほど多くの人が動員されることはなかったでしょう。社会の深部にある苦悩や不公平感が、矛先を変えつつも爆発的エネルギーを生み出したのです。
相違点: 他方、意識の集約度に差が見られます。フランスでは「平等・自由・友愛」という革命理念が掲げられ、旧体制打倒と人権宣言採択に結実しました。それは封建的身分制に対する明確な**「否定(ネガション)」であり、その後の歴史を方向付ける新たな価値体系(ブルジョワ的平等観)を樹立しました。一方アメリカのトランプ現象には普遍的理念が欠け、むしろ反知性主義や陰謀論さえ混入した混沌としたものでした。したがって社会変革というより社会の分裂状態そのものが拡大したと言えます。アメリカにはなお自由と平等の憲法理念が生きており、それを再確認する動き(ブラック・ライブズ・マター運動や若年層の政治参加拡大など)も同時に進行していますが、国論が二つの事実認識(例:選挙結果の正当性)に割れる事態は、共同体の統合に深刻な危機をもたらしました。このような階級意識の断片化**も現代の特徴です。
弁証法的に見た社会対立: マルクス主義の有名な命題に「これまでの歴史はすべて階級闘争の歴史である」があります。フランス革命は旧支配階級(貴族・聖職者)と新興階級(ブルジョワ・農民)の闘争が臨界に達した典型例です。革命の中で、貴族階級という歴史的「正 thesis」は一旦完全否定(反 antithesis)され、封建的特権は廃止、国家は人民主権に立脚するものへ(合 synthesis)と再構成されました。その過程で様々な混乱(恐怖政治や内戦)はあったものの、歴史的には封建制→資本主義への大転換という合目的的な変化だったと評価できます。では現代アメリカの分断はどこへ向かうでしょうか。もしトランプ現象を一つの**正(あるいは反動的な正)と捉えるなら、それに対する反(アンチテーゼ)は例えば「より平等で持続可能な社会を目指す進歩主義」かもしれません。実際、トランプ時代の反動として多くの市民が民主主義の重要性を再認識し投票所に足を運び、2020年には記録的投票率で政権交代が実現しました。また富裕層への課税強化や医療保険拡充を求める声も高まり、若年世代には社会民主主義的な価値観が広がっています。これらはトランプ的資本主義に対するアンチテーゼと言えるでしょう。その対立が健康な民主制の範囲で収まり、合目的的な新たな合(統合)**に昇華されれば、アメリカ社会は大きな改革を通じて安定を取り戻す可能性があります。
しかし逆に、トランプ現象自体を既存リベラル秩序へのアンチテーゼと見た場合、2020年のバイデン政権誕生は旧秩序側の一時的巻き返しに過ぎず、依然として根本的矛盾は解消されていません。経済格差も人種間の不平等も温存されたままなら、再びトランプ的な反動(あるいはトランプ氏本人の再登場)が起こりえます。その際にはさらに深刻な衝突が生じるリスクも指摘されています。例えば選挙制度への不信や連邦と州の対立が悪化すれば、社会秩序そのものが崩壊に向かうシナリオも皆無ではありません。弁証法的に言えば「第二の南北戦争」とも喩えられる合意なき対立の激化です。そうした最悪の崩壊を避けつつ新たな安定を築くには、18世紀のフランスになかった現代ならではの知恵——民主主義の制度改革や包摂的経済への転換——が求められているでしょう。
弁証法的総括:歴史の教訓と現代への示唆
以上の比較から明らかになるのは、権力の正統性・経済の持続性・対外的地位・社会統合という国家の根幹要素が大きく揺らぐとき、社会は急激な変動や体制崩壊に向かうという歴史的教訓です。フランス絶対王政は「神聖不可侵」と信じられた王権が啓蒙思想によって相対化され、財政システムが時代遅れの重荷となり、対外的栄光も陰り、身分制秩序が国民の支持を失ったとき、一夜にして崩壊への道を転げ落ちました。同様にトランプ政権期のアメリカは、大統領権力が従来の民主的制約を逸脱しようとし、経済政策が富裕層優遇と債務膨張という矛盾を深め、国際的リーダーシップが後退し、社会の亀裂が露わになりました。これは**現代版「旧体制の危機」**とも言える状況であり、幸いにも合衆国そのものは崩壊しませんでしたが、民主主義体制の危うさを露呈しました。
ヘーゲル的に見れば、歴史は自己矛盾を超克するために弁証法的に発展します。フランス革命という壮大なドラマは、王権神授という理念が人民主権という対抗理念によって止揚された例でした。ではトランプ時代の混乱は何を止揚するための過程なのでしょうか。それは、おそらく20世紀末以来のグローバル資本主義とリベラル民主主義の抱える影の部分——格差の拡大、エリートと大衆の断絶、国家アイデンティティの揺らぎ——を直視し、次の時代にふさわしい統合の在り方を模索する過程なのかもしれません。マルクス的視点に立てば、トランプ現象もフランス革命も「古い階級秩序が新しい階級秩序に道を譲る」過程の一端です。フランスでは封建貴族に代わりブルジョワジーが社会を握りました。同様に現代では、旧来のグローバルエリートに代わる新たな社会勢力(それが労働者階級の再興なのかテクノロジー新興資本なのかは不明ですが)が台頭しつつあるのかもしれません。
結論:歴史に学ぶ展望
最後に論点を簡潔にまとめます。
- 権力構造と正当性: フランス絶対王政は神授の権威を掲げたがゆえに無制限な権力集中と腐敗を招き、啓蒙思想という対立原理に敗れ去りました。同様にトランプ政権はポピュリズムの名の下に個人権力を強め既存制度と衝突し、民主主義の原理との緊張が極限化しました。
- 財政・経済: 両者とも短期的繁栄を追い求めた結果、重商主義の行き詰まりや減税と赤字の爆発というかたちで経済的自己矛盾を拡大させました。この矛盾は社会不安を増幅し、旧体制崩壊や政情不安の土壌となりました。
- 対外政策: ルイ王政は覇権戦争の連続で国力を浪費し地位を失墜させ、トランプ政権は内向きな超大国というパラドックスで同盟網を揺るがし、国際秩序の変容を招きました。強大な国家も戦略を誤れば相対的地位を急速に低下させることが歴史は示しています。
- 社会と階級: 18世紀フランスでは極端な身分格差への怒りが民衆蜂起と革命理念に結実しました。一方米国では経済的不安と文化対立が複雑に絡み合い社会を二分しました。前者は体制転換の原動力となりましたが、後者は体制内改革かさらなる分裂か、その行方が定まっていません。
弁証法的視点から見れば、どちらの時代も**「既存の正統」が「内在する反対物」と激突**する局面でした。フランス絶対王政はその矛盾を解消できず革命という破局を迎えました。トランプ政権下のアメリカが迎えた危機は、現時点では民主的プロセス内での修正にとどまっていますが、根本的矛盾は依然残されたままです。歴史に学ぶなら、真に安定した新秩序(新しい合)を得るには、古い矛盾を直視し大胆な変革を成し遂げる必要があります。それを成し遂げない限り、社会の歪みは再び噴出し、さらなる混乱や崩壊を招く可能性があるでしょう。
以上、トランプ政権と18世紀フランス絶対王政を対比しながら、権力、財政、外交、社会の側面で考察しました。両者の興亡は、権力者が自らの正統性と限界を見誤り、矛盾を蓄積させたときにどんな結末が訪れるかを雄弁に物語っています。現在進行形の歴史に生きる私たちは、その教訓を踏まえ、より公正で持続可能な社会への弁証法的発展を模索していくことが求められていると言えるでしょう。
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