2022年春導入の金価格連動ルーブル政策

ロシアはウクライナ侵攻後にルーブルが急落したことを受け、2022年3月末から国内金市場への介入策を実施した。中央銀行は3月25日に、3月28日から6月30日までの期間、民間銀行から金地金を「1グラム=5,000ルーブル」の固定価格で買い取ると発表した。これは、金の需給バランスを安定させ金鉱山業を支援すると同時に、ルーブル相場に下値支持を設ける狙いがあった。実際、この発表直後にルーブルは急騰したため、中央銀行は4月7日に固定価格での買い取りを停止し、市場価格(交渉価格)での取引に切り替えた。つまり、この制度は文字どおり「金とルーブルを交換する」仕組みというより、金価格を基準とした短期的なルーブル防衛策の一つだった。その他にも、輸出企業に対する外貨収入のルーブル転換義務など、資本規制を強める措置も合わせて導入された。

金本位制への転換と継続性

この措置が金本位制への移行であったかについては、公式には否定的である。ロシア政府の一部(安全保障会議のパトルシェフ書記など)はルーブルを金や物価指数と連動させる構想を示唆し、プーチン大統領も「検討している」と発言していた。しかし中央銀行総裁のナビウリナ氏は明確に「金本位制への移行は検討していない」と述べている。実際、固定価格買い取りは開始後わずか10日ほどで見直され、その後も買い取り価格は市場価格で決定されている。法律や制度上の恒久的な改定も行われておらず、形式的にはルーブルは変動相場制が継続されている。したがって、2022年春の対応はあくまで一時的な相場安定策であり、いわゆる「金本位制」への完全な切り替えではない。また2022年10月まで国内で金買い取りを継続したものの、これも市場状況に応じた措置であり、固定相場制として継続的に維持されたわけではない。

ルーブル防衛・制裁回避・脱ドル化との関係

金価格連動策は、制裁下でルーブルを守るための一連の政策の一部でもある。ウクライナ侵攻後、欧米制裁により多くの外貨準備が凍結され、ルーブルは急落した。これに対してロシア当局は、エネルギー輸出の代金をルーブル受け取りとし、輸出企業に外貨収入の大部分を強制的にルーブルに替えさせるなどして、通貨供給を制限しながらルーブル需要を増やした。金連動策はこれと並行して講じられた。金は世界的に価値が認められた資産であり、この政策によって「ルーブルは実質的に金で裏付けられている」という信号を送ることで、投資家や国民の通貨への信頼を高める狙いがあった。さらに、金を媒介として取引を行えば、SWIFTの制裁に縛られにくくなる。実際、非友好国による金融制裁を回避する手段として、金やルーブル建てでの石油・ガス取引を模索する動きが強まっている。これらは総じてロシアの「脱ドル化」戦略と整合的である。すなわち、米ドル依存を低減し、ルーブルおよび金や人民元などへのシフトを図る政策の一環といえる。以上の措置により輸出からの資金がルーブルで国内に還流し、エネルギー価格高騰も相まってルーブル相場は大きく回復した。金価格連動策はこの流れの中で、ルーブルの価格下支えやインフレ抑制、国際取引のドル依存脱却に寄与する試みと位置付けられている。

現在の金連動状況とその形態

現時点では、ルーブルは依然として変動相場制であり、金に対する固定連動は公式には続いていない。中央銀行は一切の通貨ペッグ策を否定しており、為替レートは市場メカニズムと強力な資本規制によって決まっている。ただし、金の役割は引き続き重要視されている。ロシアは世界有数の金生産国であり、外貨準備に占める金の比率は20%超と高水準に保たれている。2022年以降も大量に金準備を積み増し、同国企業や政府機関による金のトークン化(デジタル資産化)プロジェクトが報じられた。たとえば国営銀行大手のSberbankは2022年末にブロックチェーン上で金担保証券を発行し、金とルーブルを組み合わせた新たな決済手段の実証実験を始めている。また、石油・天然ガス代金のルーブル建て請求やBRICS諸国間での代替決済システム構築など、広義の金・通貨政策は継続中である。市場では依然として「1オンス金=およそ15万ルーブル前後」という目安が話題になることもあり、間接的には金価格がルーブル価値の指標の一つとみなされている。ただし、あくまで現状のルーブル相場はエネルギー価格動向や資本規制の影響を受けるため、金との連動性は公式に保証されたものではない。

要約

  • 2022年春の措置: 中央銀行は短期間、国内市場で1g=5,000ルーブルの固定価格で金を買い取る政策を実施した。目的は金市場とルーブル相場の安定化であったが、ルーブル高騰に伴いすぐに市場価格買い取りに変更された。
  • 金本位制か: 一時的な政策であり、法制度上の金本位制への移行ではなかった。政府・中央銀行は公式には「金連動策を検討していない」としており、持続的な制度変更は行われていない。
  • 防衛・制裁回避・脱ドル化: ルーブル防衛の一環として、金を通じて通貨価値を支え、ドル決済への依存を下げる狙いがあった。輸出入取引にルーブルや金を活用し、制裁の網から逃れるとともに脱ドル化戦略を推進した。
  • 現在の状況: 現在ルーブルは固定連動を維持しておらず浮動相場制を継続しているが、ロシアは依然として金を重視している。外貨準備やデジタル資産で金を活用し、ルーブルの価値安定化に資する取り組みを続けている。金連動は公式な制度ではないものの、結果的に金を軸とした経済戦略の一部として意識されている。

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