1. 前提:政権期を二つの局面に分ける
ドナルド・トランプが大統領に就任したのは2017年1月20日であり、この政権は2021年1月20日のジョー・バイデン就任まで続いた。4年間のうち、前半の2017〜2018年は共和党が上下院を制し(第115議会)、後半の2019〜2020年は下院を民主党に奪われたが上院は共和党が保持した(第116議会)という二つの局面に分かれている。弁証法の観点からは、初期の「統一(テーゼ)」、中間の「対立(アンチテーゼ)」、そしてそれらが作用し合って生まれた「総合(ジンテーゼ)」という構図で考察できる。
2. テーゼ:共和党による政権と議会の統一(2017〜2018年)
2016年の大統領選挙と議会選挙により、共和党は大統領職に加えて上下院でも多数派を確保した。第115議会開会時点で下院は共和党241議席、民主党194議席であり、上院は共和党52議席、民主党系48議席(民主系には2人の無所属が含まれる)だった。米国下院の公的アーカイブは、115議会が「共和党が支配する上院と下院、共和党大統領という統一政府」であったと述べている。この圧倒的な掌握状況が政権初期のテーゼを形成した。
統一政府の下では、議会と大統領は税制改革や規制緩和などの党是に沿った政策を迅速に進めた。例えば、2017年末には大規模な減税を実施する「税制改革法(Tax Cuts and Jobs Act)」が成立した。また、刑事司法改革を目的とする**“First Step Act”**も共和・民主の協力で成立し、両党協調の一例となった。
ただし、テーゼには内在的な矛盾も存在した。医療保険制度改革(オバマケア)の撤廃・代替法案は下院を通過したものの、上院では共和党内の意見対立によって否決された。これは統一政府であっても党内のイデオロギー差や地域事情が政策を難航させることを示している。この矛盾は後のアンチテーゼを生み出す前兆であった。
3. アンチテーゼ:中間選挙による下院掌握の逆転と対立(2019〜2020年)
2018年11月の中間選挙では、トランプ政権と共和党への反発が表面化した。選挙翌日の分析によると、民主党は少なくとも26議席を獲得して下院を奪取し、229議席以上の多数派を確保した。最終的には下院の議席が民主党237議席、共和党199議席となり、一方で上院は共和党53議席、民主党系45議席と共和党が維持した。この結果、2019年1月に発足した第116議会では「分割政府」が誕生し、弁証法的にはテーゼに対抗するアンチテーゼが成立した。
民主党が掌握した下院はナンシー・ペロシを議長に選出し、行政府に対する監視と牽制を強めた。特に2019年12月にはウクライナ疑惑をめぐる大統領弾劾決議案が可決された(史上3人目の大統領弾劾)。政府閉鎖も象徴的な対立である。2018年末〜2019年初にはメキシコ国境の壁建設費を巡り35日間に及ぶ過去最長の連邦政府機関閉鎖が発生した。この閉鎖は共和党が多数を維持していた115議会末期の出来事だが、新たに民主党が多数となった下院での攻防にまで持ち越され、二院の対立が明確になった。上院多数党院内総務ミッチ・マコネルは多くの下院法案を審議させず、司法人事承認に注力するなど、議会の機能は「チェックと牽制」の場として顕在化した。
4. ジンテーゼ:統一と対立がもたらした総合的帰結
弁証法的に見ると、統一政府(テーゼ)から分割政府(アンチテーゼ)への移行は単なる権力交代ではなく、新たな合流点を生み出した。幾つかの重要な総合的結果を挙げる。
- 党内外の調整による政策の中庸化
統一政府期は共和党内の矛盾が噴出したため、ACA撤廃失敗のような挫折を経験した。分割政府期には多数派を異にする両院が協調しなければ法案を成立できず、新型コロナウイルス対策や経済救済策のような大規模支出法は超党派合意のもと成立した。これは初期の党派的法制定とは対照的である。 - 大統領権限への制度的制約
下院が監視機能を強め、弾劾手続きという強力な手段を取ったことは、大統領が議会によって制度的に制限されることを示した。上院は弾劾裁判で大統領の罷免を否決したが、上下院の対立は行政権限を抑制する効果を持ち、制度間バランスの重要性を浮き彫りにした。 - 2020年選挙への影響
分割政府下の政治的膠着と新型コロナ危機の対応を巡る評価は、2020年大統領選挙に直結した。結果として民主党はホワイトハウスを奪還し、上院でもジョージア州決選投票を経て僅差ながら多数派を獲得した(第117議会)。つまり、テーゼとアンチテーゼの衝突は最終的により大きな政治再編(ジンテーゼ)を導いた。
5. まとめ
第一次トランプ政権の上下院掌握状況は、弁証法的に統一政府→分割政府→新たな均衡という三段階で捉えられる。初期の共和党による全面掌握は政策実行を促進したが、党内矛盾と世論の反発が潜在的な対立を孕んでいた。2018年中間選挙でその矛盾が表面化し、下院が民主党に移ることで分割政府が誕生した。ここでは権力の抑制とバランスが働き、議会の監視機能が強まった。最後に、こうした対立の蓄積は2020年選挙での政権交代と議会構成の再編という総合へと至った。弁証法は、議会の掌握状況が単に数の問題だけでなく、権力関係の変動とその後の政治過程にいかに作用するかを理解する上で有用な視角を提供する。
コメント