フォートノックスに金が保管されているのか否か―弁証法的考察

はじめに

アメリカ合衆国ケンタッキー州フォートノックスには「米国金地金貯蔵庫(U.S. Bullion Depository)」があり、米国財務省が所有する金の一部が保管されている。高い警備のため一般人は立ち入ることができず、公開される情報も限定的である。このため、**「フォートノックスに本当に金があるのか」**を巡って肯定論(あるとする側)と否定論(ないとする側)が対立し、2025年にドナルド・トランプ前大統領や起業家イーロン・マスクも金の存在を疑問視する発言をした。本稿では公的資料や最近の報道に基づき、両論を対比して評価する。

肯定論 – 金は存在するという主張

米国政府の公式情報

  • 保管量と現状
    米国造幣局(U.S. Mint)の公式サイトによると、フォートノックスは生産施設ではなく「米国の貴金属地金の備蓄を保管する施設」であり、2024年10月の更新時点で約1億4,730万オンス(約4,580トン)の金が保管されている。これは財務省が保管する金の約半分に相当する。金は標準的な地金バー(長さ約7インチ、重さ約400オンス)として保管され、純度検査のためごく少量が取り出される以外は「長年にわたり金の移動はない」と明記されている。金は米国の資産として帳簿価額42.22ドル/オンスで評価されており、市場価格とは異なる。
  • 監査と視察
    1974年には会計検査院(GAO)と財務省の委員による監査が実施され、147.4 百万トロイオンスの金が13の保管室にあると報告された。この際、一般の疑念を払拭するため議員や記者がフォートノックスを視察し、写真撮影が許可された。また2017年8月にはスティーブン・ムニューシン財務長官とミッチ・マコネル上院院内総務らが視察し、当時のケンタッキー州知事マット・ベヴィンは「非常に厳重な警備で、何かをこっそり持ち出すことは不可能だ」と述べている。
  • 最近の発言
    2025年2月の報道では、トランプ氏やマスク氏の疑念に対し、財務長官スコット・ベッセントは「毎年監査を行っている。すべての金がそこにあるとアメリカ国民に保証できる」と反論している。元財務長官ムニューシンも「私が視察した際には金はあった」と述べ、必要なら監査は容易に行えると語った。さらにフォーブス誌は、米国造幣局のデータを引用し、フォートノックスには147.3 百万トロイオンスの金があり、これは財務省の全備蓄の59%に当たると報じている。
  • 警備の厳重さ
    2011年の米下院公聴会で財務省監察官エリック・ソーソン氏は、フォートノックスの安全性について「核兵器の管理に携わった経験があるが、あの金庫のような警備は見たことがない」と述べている。元フォートノックス職員のダグ・シモンズも、巨大な金塊を運び出すには大量の車両と大規模な作戦が必要になり、誰も気づかないはずがないと述べている。

要約

公的な資料や高官の証言は、フォートノックスに大量の金が存在し、厳重な警備の下で保管されていることを示している。定期的な内部監査や1974年および2017年の部分的な視察が行われ、金の存在が確認されている。公式データでは現在も約1億4,730万オンスの金が存在し、財務長官は「全てそこにある」と明言している。

否定論 – 金が存在しないという主張

否定論の主張は主に完全な独立監査が長期間実施されていないことと、情報の非公開性に起因する。これらの不透明さから陰謀論や政治的な疑念が生まれている。

主な論点

  • 完全監査の欠如
    2011年の米下院公聴会では、議員が「全面的な監査は1953年以来行われていないと聞いている」と述べ、監査報告の公開が不十分であると批判している。議員らは金塊の番号や精査結果のリストまで公開すべきだと主張し、透明性を求めた。フォートノックスではGAOと財務省による内部監査が続いているが、外部の独立監査人による完全監査は報告されていない。
  • 陰謀論と政治的疑念
    2025年2月、ドナルド・トランプ前大統領は「フォートノックスに金があるか確認するために向かう。誰かが金を盗んだかもしれない」と発言し、イーロン・マスク氏はソーシャルメディア上で「金はまだあるのか、それとも無くなっているのか」と問いかけ、施設のライブ映像公開を要求した。トランプ氏はさらに「ドアを開けて中を見よう。金がなければ怒る」とも述べ、陰謀論を助長した。こうした発言は2025年の金価格高騰と政府債務増大への不安と結び付けられており、政権に対する支持層へのアピールとも考えられる。
  • 陰謀論の内容
    NPR系番組「On Point」では、陰謀論者が「公式備蓄の金塊は偽物のタングステン製ではないか」「金は秘密裏に海外に貸し出されているのではないか」と主張している様子が紹介されている。番組ではトランプ氏の発言を「真実を暴くための自分自身の調査」と揶揄し、司会者はフォートノックスの最後の訪問が2017年であったことを指摘して「金が何十年も見られていないという主張は誤り」だと批判した。

要約

否定論者は、外部機関による完全監査が1950年代以来行われていないことや、施設へのアクセスが厳しく制限されていることから、「金が存在しない」あるいは「偽の金塊が混ざっている」と推測している。また、トランプ氏やマスク氏など有力者が疑念を示すことで陰謀論が拡散している。しかし、これらの主張は証拠に乏しく、公的資料では否定されている。

弁証法的考察と統合的評価

  1. テーゼ(肯定論): 公式記録ではフォートノックスに147.3 百万オンスの金が存在し、GAOと財務省による監査が継続している。2017年の高官視察や財務長官の証言から、金の存在が確認されている。施設の警備は極めて厳重であり、金を秘密裏に運び出すことは現実的でないと元職員が証言している。
  2. アンチテーゼ(否定論): 一方で、1953年以降に完全な外部監査が行われていないという批判や、金の真正性・所在に関する資料が十分公開されないことから、陰謀論が生まれている。政治家による発言やソーシャルメディアでの煽動が疑念を拡大し、「金が無いのではないか」という主張が広がっている。
  3. ジンテーゼ(統合): 両者の主張を踏まえると、フォートノックスに金が存在する可能性が高いが、透明性の不足が不信感を生んでいると言える。公的データや歴史的監査は金の存在を示しているものの、完全な外部監査が長期間実施されていないことは事実であり、陰謀論の温床となっている。したがって、国民の信頼を高めるためには、GAOや独立第三者による包括的な監査結果を定期的に公開するなど、情報公開を強化することが望ましい。

さらに、専門家が指摘するように、1971年のニクソン・ショック以降米ドルは金と交換されなくなっており、金塊が通貨の裏付けとなっているわけではない。つまり、仮に金が減っていたとしても米国金融システムの根幹が直ちに揺らぐわけではない。こうした歴史的背景も周知することで、不必要な陰謀論や金融不安の拡大を抑えられるだろう。

結論

  • 米国造幣局の公式情報と公的監査記録は、フォートノックスに大量の金が保管されていることを示している。また2017年の視察や2025年の財務長官の発言など、最新の証言も金の存在を裏付けている。
  • 否定論は主に完全な外部監査の欠如と情報の非公開性に基づくものであり、ドナルド・トランプ氏やイーロン・マスク氏の発言が陰謀論を拡散させているが、その主張を裏付ける具体的な証拠は示されていない。
  • 弁証法的に両者の主張を統合すると、金の存在は高い蓋然性で確認される一方、透明性を高める努力が必要である。定期的な外部監査や情報公開を実施することで、不信感や陰謀論を抑制し、公的資産への信頼を強化できるだろう。

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