背景 – 現行制度と論争の芽
日本の金融所得(配当金や株式譲渡益)は所得税15%・住民税5%の合計20%で分離課税されるため、高所得者ほど勤労所得に比べて低い税率が適用されます。このため申告所得が1億円を超えると所得税負担率が下がる「1億円の壁」が生じています。東京財団の分析では、金融所得を勤労所得と同じ税率で総合課税すれば高所得者の負担率は高まるものの、中低所得層には大きな増税になるため慎重な設計が必要と指摘しています。
2021年9月の自民党総裁選では岸田文雄氏、河野太郎氏、高市早苗氏の3人が金融所得課税の見直しに言及し、市場が神経質になりました。岸田氏が掲げた「1億円の壁」是正策は株価下落を招き「岸田ショック」と呼ばれ、就任後に撤回されました。
thesis(高市早苗氏の主張)
- 逆進性の改善と格差是正 – 高市氏は保守色の強い候補でありながら、2021年の月刊『Hanada』への寄稿「わが政権構想」において現行の金融所得課税が逆進的であり、不満は出るものの増税は避けられないと述べました。
- 具体策 – マイナンバーによって配当所得と株式譲渡益を名寄せし、年間50万円超の金融所得部分について税率を現行20%から30%へ引き上げると、約3,000億円の税収増が得られると試算しました。この財源を利用して給付付き税額控除(勤労税額控除)を導入し、低所得者に還付金を給付することで勤労インセンティブを維持しながら格差是正を図ることを提唱しました。
- 条件付き増税 – 第一生命経済研究所は2024年9月のレポートで「拡張的な財政政策を掲げていた高市氏ですら条件付きで株式譲渡所得の税率引き上げに言及していた」と指摘しており、高市氏自身も「インフレ率2%達成後」といった条件を示していたとされます。つまり景気回復を前提とした時限的な増税です。
antithesis(反対論・懸念)
- 貯蓄から投資への流れへの逆行 – 現行税率20%は海外資本流出を防ぐために導入された二元的所得税の一環であり、税率を一律に引き上げれば中低所得者の負担が重くなり、「貯蓄から投資へ」の流れを阻害するという意見が多い。東京財団のコラムは、一律の増税では合計所得1,000万円程度の人でも既に実効税率10.6%を上回るため負担が急増し、中低所得者にとって大幅な増税になると警告しています。
- 市場の反応と資金逃避 – 2021年総裁選で金融所得課税強化が取り沙汰されたとき株価が下落し、岸田政権はすぐに撤回しました。市場関係者からは「投資家が外国へ逃避する」との懸念が強く、2024年の総裁選レポートでも「石破氏以外に強化を掲げる候補者はいない」と指摘されています。新しいNISAの創設などで投資を促進している最中に増税すれば、株式投資の意欲が削がれ中間層の所得増効果が失われるという反対論があります。
- 政策転換と党内世論 – 2025年の三井住友DSアセットマネジメントのレポートは、総裁選有力候補の一部が「増税ゼロ」を掲げ、金融所得課税強化に反対していると整理しています。また、フラット税率で国際競争力を保つ必要があるという保守的な意見も根強い。
synthesis(統合的視点)
弁証法的に考えると、高市氏の増税提案は所得再分配機能の回復という正義を訴える一方で、投資環境への悪影響や景気への配慮という反対論も重い。両者を調和させるには次のようなアプローチが考えられます:
- 対象の絞り込みと段階的導入 – 現行税率の引き上げを一律に行わず、金融所得が一定額(高市氏は50万円と提案)を超える部分や超富裕層に限定して課税率を引き上げます。東京財団のコラムも、利子所得を除き一定以上の金融所得に対して税率を15%から30%へ引き上げる案が考えられると述べています。段階的な導入により中低所得層への負担を抑えます。
- 名寄せと納税環境の整備 – マイナンバーによる名寄せや国外財産調書制度など、金融資産把握の仕組みを整備して富裕層の租税回避を防ぎます。東京財団はマイナンバーの普及により国外送金等の情報交換が進み、適正課税の環境が整備されたことを指摘しています。
- 投資インセンティブの維持 – 新NISAやiDeCo(個人型確定拠出年金)の拡充によって、一般の投資家が非課税枠を利用できるようにし、課税強化による投資意欲低下を補います。第一生命経済研究所のレポートも、新NISAの創設により増税の網にかからない層が増えていることから、必ずしも増税とは限らないと指摘しています。
- 再分配の実現と勤労インセンティブの確保 – 高市氏が提案する給付付き税額控除は、所得の把握が進んだ現代において低所得層への再分配と勤労意欲の維持を両立させる有効な手段です。増税による税収をこのような制度の財源に充て、中間層の厚みを取り戻すことが重要です。
- 景気状況に応じた柔軟性 – 2024年の第一生命経済研究所レポートが指摘するように、景気や市場状況を踏まえた「条件付き増税」へと落ち着かせる考え方も有用です。インフレ率や賃金上昇率など客観的な指標を設定し、経済が回復している時期にのみ増税することで市場への悪影響を抑えます。
結論
高市早苗氏は2021年の総裁選で、年間50万円超の金融所得に対し税率を20%から30%へ引き上げるという具体的な増税案を提唱し、格差是正と低所得層支援を目的とした給付付き税額控除をセットで導入する構想を示しました。その後の市場反応や党内世論を踏まえ、2024年以降は明確な増税論を掲げていないものの、条件付きで資本所得税率引き上げに言及した経緯があり、金融所得課税の議論は今後も続くと考えられます。
弁証法的視点からは、高市氏の増税案と市場・投資重視の反対論の対立を、対象を富裕層に限定した段階的な税率引き上げと投資インセンティブ維持策を組み合わせることで統合できるでしょう。正確な所得把握と再分配制度を強化することで、格差是正と経済成長を両立させる税制改革が可能となると考えられます。
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