量子コンピュータの夢と現実

量子コンピュータは0と1の両方の状態を重ね合わせて計算することで膨大な計算空間を同時に探索できる。この特性により、現在のデジタルコンピュータでは非現実的な時間が必要な暗号解析、新薬分子のシミュレーション、AIの学習、物流や金融の最適化といった分野で大きなブレイクスルーが期待されている。実際、イオントラップや超電導、光学といった様々な方式で量子ビットを作る企業が上場し、投資家も「次世代コンピューティング」という物語に引き寄せられている。

しかし、この楽観的な見通しには反論も多い。量子ビットは周囲のノイズや温度変化に極めて弱く、状態が崩壊しやすい。量子もつれや量子干渉を安定して制御する技術は未解決で、誤り訂正のために大量の物理量子ビットを必要とする。超電導方式では極低温に冷却するための設備が膨大であり、光学方式やイオントラップ方式でも量子ビット数は数十〜数百に留まっている。こうした制約から、現段階で商用化されているのは、単一の最適解を求める「量子アニーリング」を使った配送ルート最適化程度で、汎用的な量子コンピュータはまだ実験段階にある。

さらに、市場に上場している企業の実態を見るとギャップは大きい。IonQはハードウェアからソフトウェアまで自社で手掛け、商用クラウドを通じてサービス提供する垂直統合モデルを採用し、2025年は約8,500万ドルの売上を見込むが、巨額の赤字を計上し続けている。アニーリング専業のD‑Waveは2025年第1四半期の売上が約1,500万ドルで、こちらも赤字だ。超電導のゲート方式で開発を進めるリゲッティは同四半期の売上が150万ドルと非常に小さく、光学方式のQUBTはほぼ無収入である。いずれの企業も資金調達により数億ドルの現金を保有しているが、キャッシュバーンが激しく、バリュエーションは投資家の期待を反映した「ストーリーストック」に近い。

この二つの見方を統合すると、量子コンピューティングは将来的に既存の計算の枠組みを破壊し得る潜在力を持ちながら、技術的・経済的な障壁が高く、現段階では実用化や収益化が限られていることがわかる。投資家は夢に投資する一方で、現実的には短期的な投機の対象となりやすい。技術の進歩が困難なのは事実だが、アニーリングやハイブリッドなアルゴリズムを通じて特定の分野では少しずつ成果が出ている。したがって、量子コンピュータ関連銘柄に対しては、長期的な技術革新の可能性と目先のキャッシュバーンリスクを天秤にかける姿勢が求められる。

要約:量子コンピュータは0と1の重ね合わせを利用して並列計算を行うため、暗号解析や新薬開発などで大きな潜在力を持つが、量子もつれや干渉の制御、エラー訂正など未解決の技術課題が多い。商用化されているのはアニーリングによる最適化用途程度で、上場各社はいずれも赤字であり、売上は数千万ドル規模に過ぎない。投資家の期待は大きいものの、現時点では「夢を買う」段階の企業が多く、技術の進歩と収益化のギャップを見極める必要がある。

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