『円安は止まらない』世界的ドル安に逆行する日本円の独り負け

問題設定:なぜ円安が止まらないのか

2025年秋の為替市場では、世界的に米ドルが弱含むなかで日本円だけが独り負けの様相を呈し、対ユーロでは史上最高値を更新した。唐鎌大輔氏(みずほ銀行チーフマーケット・エコノミスト)や多くのエコノミストは、単なる日米金利差では説明できない円安の進行を指摘し、国内外の市場参加者の円売り姿勢を「高市トレード」「日本売り」と呼んでいる。

以下では、円安の要因を弁証法的視点から整理する。


テーゼ(命題):市場の期待に沿った投機的な円売り

  • 高市新総裁誕生とリフレ期待 – 自民党総裁に高市早苗氏が選出されたことで、市場には「利上げは遅れ、財政は拡張的になる」との思惑が広がり、株式上昇・円売り・債券売りが加速した。高市氏は物価高を「コストプッシュ型」と言い切っておらず、拡張財政に傾く可能性が高いと見なされている。
  • 短期的には金利差が材料 – 米連邦準備制度(FRB)の利下げ再開により日米金利差は縮小し、理論上円高に向かうはずだが、市場は高市政権の出現で日銀の利上げが遅れると予想し、円安を織り込んでいる。リスク選好の高まりや株価上昇も投機的な円売りを支えている。
  • ドル安でも円が下落 – 2025年は米ドルの名目実効レートが下落しているが、円の実効レートもさらに弱く、ドルよりも円の下落圧力が強い。投資家はユーロやスイスフランといった他の主要通貨を選好し、円を避ける傾向が強まっている。

このテーゼは、円安が「高市トレード」によって短期的にエネルギーを得ており、日米金利差や市場の期待といった要素が円売りを誘発していることを強調する。


アンチテーゼ(反対命題):構造的な日本経済の弱さ

  • 金利差だけでは説明できない – 東京財団の分析では、マイナス金利政策からの正常化を市場が織り込んでも円安が止まらず、円安は内外金利差では説明できないと指摘される。貿易赤字の定着やエネルギー価格高騰で日本の対外収支が弱くなっていることが背景にある。
  • 輸出産業の縮小とデジタル赤字 – 家電や半導体など従来の輸出品が輸入超過に転じ、自動車と資本財に依存する輸出構造になっている。さらに、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が進むほど、高付加価値のコンサルティングやソフトウェアなどの専門サービスを海外から輸入する必要があり、「その他サービス収支」の赤字が拡大している。
  • 「レパトリ神話」の崩壊 – 過去には外貨を稼ぐ日本企業が危機時に資金を国内へ還流させ、急激な円高を招く「レパトリ神話」が存在した。しかし現在は海外で得た利益が現地で再投資され、国内に戻らないため、対外純資産が円を支えない。所得収支黒字が為替相場にほとんど影響しないと理解されるようになったことが、円安を助長している。
  • 財政リスクと政治不安 – 唐鎌氏は、円金利上昇にもかかわらず円安が進行している現状を「日本売り」と表現し、これは単なる金融政策の問題ではなく、日本の財政拡張観測や政策不透明感が国への信認低下につながっていると警告する。投機筋は財政リスクが明確なテーマになればさらに円売りを仕掛ける可能性があり、財務大臣人事など政治の動きが為替に大きな影響を及ぼす。

このアンチテーゼは、円安の背後にある深刻な構造問題や投資家の不信を浮き彫りにし、政策金利だけでは円安を是正できない状況を示している。


ジンテーゼ(総合命題):短期的投機と長期的構造要因の複合

  • 円安は市場期待と構造弱点の重層現象 – 高市政権に対する期待から短期的な円売りが進んでいることは事実だが、円が世界的なドル安局面でも独り負けしているのは、日本経済の構造的な弱さが投資家に意識されているためである。日米金利差が縮小しても円高に向かわないのは、国内企業の海外投資やデジタル赤字、貿易赤字が円への需要を押し下げているためである。
  • ユーロ円高値更新は円安の副産物 – ユーロ/円が最高値を更新しているが、ユーロ自体は対ドルで2009年の高値を大きく下回っており、ユーロ高の反映ではない。EUによる共同債発行への期待がユーロの基軸通貨性を高める可能性はあるものの、現時点では円の弱さが主因である。
  • 政策対応の王道は実質金利・財政規律・産業育成 – 唐鎌氏は、円の信頼回復には①名目金利ではなく物価を考慮した「実質金利」をプラスに戻す、②財政規律を明確にする、③貿易赤字を縮小できる産業を育成することが必要だと述べる。日本銀行が利上げを再開し実質金利をプラスにすること、財政の持続可能性を示すこと、新しい産業・輸出の柱を育成することが求められる。
  • 円安は進行しやすいが逆転もありうる – NLI基礎研究所のレポートは、高市政権の発足に伴い短期的に円安が進みやすいが、FRBの利下げ継続とドルの信認低下により、数カ月〜1年のレンジでは円高ドル安に向かうと予想している。ただし、財政拡張が大きくなるほど円安リスクは高まり、国内勢の対外投資とデジタル赤字が円高のペースを鈍らせると指摘する。

ジンテーゼとして、現在の円安は「高市トレード」に象徴される短期的な投機だけでなく、長年の貿易・サービス収支悪化や国力低下といった根本的要因が絡み合った結果である。政治が金融政策に過度に依存するのではなく、財政健全化と産業競争力の再生を同時に進める必要がある。


要約

  • 市場心理と投機:高市早苗氏の総裁選出後、市場は利上げ遅延と財政拡張を織り込み、株高・円安を生む「高市トレード」が進展。FRBの利下げでドルが弱含むにもかかわらず、円はさらに売られている。
  • 構造的な弱さ:日本の貿易・サービス収支の悪化やデジタルサービス輸入の増加により、円安は金利差だけでは説明できない。対外純資産が国内に還流しない「レパトリ神話」の崩壊も円の支えを弱めている。
  • 政策インプリケーション:実質金利の正常化、財政規律の明確化、輸出産業の再構築が円の信認回復には不可欠であり、単なる利上げだけでは十分ではない。中長期的にはFRBの利下げに伴うドル安が円高要因となるが、国内の構造要因がそれを相殺する可能性がある。

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