金価格高騰と中国の脱ドル戦略

背景

2025年に入って金価格は50%以上急騰し、10月には史上初めて1オンス=4,000ドルを突破した。この高騰は、米国政府の機能停止懸念や世界的な金融・政治不安、トランプ大統領の貿易・財政政策への懸念など複数の要因が重なって起きた。中国人民銀行はこれに合わせて10か月連続で金を買い増し、保有量は2,300トンを超える規模に達している。上海金取引所は香港にオフショア倉庫を設け、人民元建ての金取引契約を創設するなど、米ドル中心の金融システムからの脱却を目指す動きが進んでいる。

テーゼ(正):金は脱ドル戦略の鍵

  • 安全資産としての金の役割:金は米国債やドルの代替として各国の外貨準備に利用される。中国人民銀行は米国債の比率を減らす一方で金を積み増しており、金価格の高騰はこうした保有資産の価値を高めている。人民元建ての金取引市場を拡大することで、中国は世界の貿易決済をドルから人民元に移行させるインフラを整えつつある。
  • 多極的金融秩序への布石:中国は友好国の中央銀行に金購入を促し、保管場所を中国の倉庫に移転させる構想を提案している。これは金を介して同盟国との金融的結び付きを強化し、西側の金融システムへの依存を減らす狙いがある。金の国際市場で人民元建て取引が増えれば、ドルの覇権に対抗し得る多極的な決済インフラが生まれる可能性がある。

アンチテーゼ(反):金だけではドル覇権を揺るがせない

  • 金の流動性と取引コストの問題:金は現物資産であり、保管・輸送コストが高い。国際取引における流動性はドルやユーロと比べて限定的で、大量の貿易決済を金で行うのは現実的ではない。金市場の規模も世界金融システム全体を支えるには小さく、価格が急騰すれば投機的要因の影響を受けやすい。
  • 人民元への信頼の課題:人民元は資本規制や不透明な金融制度への懸念から国際的な利用が限定的である。中国国内の法制度や政治リスクを理由に資産を人民元ベースに移すことをためらう国や企業も多い。金価格の上昇が中国の金準備を押し上げても、それだけで人民元の国際的信認が高まるとは限らない。
  • 米ドルの強み:ドルは未だ圧倒的な決済通貨であり、世界の外貨準備の大半を占める。米国は深い資本市場と法制度を備え、ドル建て資産の流動性と透明性が高い。トランプ政権の不確実性が投資家に不安を与えているとはいえ、ドルの地位をすぐに脅かすことは難しい。

ジンテーゼ(合):金とドルが並立する多極的金融秩序

  • 補完的役割の認識:金の価値は、通貨価値への不安やインフレ懸念が高まるほど上昇しやすい。一方、ドルは依然として国際金融の基盤であり、完全に代替するものではない。中国の金戦略はドルへの依存度を下げる手段の一つに過ぎず、金はリスク分散や外交的レバレッジのための資産と見るのが妥当である。
  • 複数資産による準備体系:米ドル、ユーロ、人民元、金など複数の資産を組み合わせた外貨準備は、単一通貨への過度な依存リスクを低減する。中国の動きは、世界各国が似たような多角化戦略を採用するきっかけとなり、多極的な金融秩序を促進する可能性がある。
  • 長期的な展望:人民元の国際化には、金融市場の透明性向上や資本規制の緩和、法治の強化など長期的改革が不可欠である。金はその過程で信認を補強する役割を果たすが、世界の基軸通貨を短期に変える力はない。結果として、金とドルが補完し合う形で新しい均衡が形成され、より多元的な金融秩序が現れるだろう。

要約

2025年の金価格急騰は、米国の政治経済的不確実性と世界的なリスク回避の高まりを背景に起きた。中国はこの高騰を追い風に金保有を大幅に積み増し、香港に人民元建て金取引市場を整備するなど、ドル依存からの脱却を目指す戦略を進めている。しかし金の流動性や人民元の国際的な信頼には課題が残り、米ドルの覇権を直ちに揺るがすほどの力はない。結果として金はドルを補完する資産として位置づけられ、複数資産による外貨準備が広がることで多極的金融秩序が模索されると考えられる。

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