ベッセント財務長官発言に見る米中経済対立の弁証法

中国に対するスコット・ベッセント米財務長官の「世界の足を引っ張っている」との批判は、稀な直言ゆえに市場に衝撃を与えました。長官はフィナンシャル・タイムズの取材で、北京が希土類輸出の新たな規制を導入したのは自国の景気の弱さを隠すためであり、世界経済を道連れにしようとしていると語りました。レーニン的なビジネスモデルに例え、「顧客を痛めつける政策は結局自分に跳ね返る」と断じています。同時期、米国株は急落しており、長官の発言は投資家の不安を煽りました。

しかし、中国の希土類規制には対抗措置としての側面もあります。北京は米国が中国企業をブラックリストに載せたり、両国の貿易交渉で港湾利用料を引き上げたりしたことへの報復だと説明し、「挑発的で損害を与える行動を取ったのは米国だ」と反論しています。中国政府は希土類の輸出に関する技術情報の提供を求めるのは安全保障上必要な措置だと主張し、米国の追加関税をダブルスタンダードと非難しました。このため、ベッセント長官のコメントをそのまま「中国の悪意」と受け取るのは一面的です。

加えて、現在の中国経済は不動産不況や内需の低迷に直面しており、政策当局は成長目標達成のために追加刺激策を検討しています。工業生産や小売売上高の伸びはここ一年で最も弱く、失業率は上昇し、住宅価格は下落が続きます。こうした脆弱さから北京は希土類や半導体部材の統制を強化して産業政策を守ろうとしており、これが対外的には保護主義に映ります。

米国側には中国との対立を強めたくない事情もあります。米国株の時価総額はGDPの2倍以上(約217%)に達し、日本(約157%)、インド(約134%)より大きく、世界屈指の“資産依存経済”です。株価が下がれば、株式保有の9割を持つ上位1割の富裕層の消費意欲が急速に冷え込みます。米国内消費の半分をこの富裕層が担っていることから、株安は景気を直撃します。一方、中国の株式市場規模はGDPの約63%に過ぎず、ベトナム(約43%)、バングラデシュ(約7%)などと同程度です。この構造の違いから、株式市場のボラティリティは米国の方が国内経済への影響が大きく、対中強硬姿勢には自国株価急落への不安が透けて見えます。

さらに、米国株の3割近くを外国人投資家が保有しているため、米国で株価が下落すれば世界中に影響が及びます。現在は量子コンピュータ、燃料電池、暗号資産、小型原子炉、宇宙開発などの新興セクターに個人投資家の資金が殺到しており、ひとつの市場が崩れるとレバレッジ取引を通じて他の資産にも波及する危険が高まっています。金(ゴールド)までもがバブル気味となり、どのバブルが最初に破裂しても連鎖的な損失を生む可能性があります。

このように考えると、ベッセント発言の裏には二重の構図が見えます。米国は対中交渉で優位に立ちたいが、自国市場の脆弱性から過度な対立を避けたい。また中国は自国経済の弱さを抱えつつ、米国の制裁に対抗して資源や産業を守ろうとしている。相手に譲歩を迫るための強硬姿勢が、互いの脆弱性をさらけ出す結果となっているのです。希土類規制や港湾利用料の応酬は単なる貿易摩擦にとどまらず、両国の構造的な経済モデルの違い、金融市場の規模差、国内政治の思惑が絡み合った現象であり、一方的な非難では解決しません。

まとめ

  • ベッセント財務長官は、中国の希土類輸出規制を「顧客を痛めつけるレーニン的発想」と非難し、中国が世界経済を道連れにしようとしていると訴えた。
  • 中国はこれを米国の関税や企業制裁に対する報復と説明し、安全保障上必要な措置だと主張。双方が報復措置をエスカレートさせる状況にあり、単純な善悪では語れない。
  • 中国経済は不動産不況や輸出減速で減速しており、国内の脆弱性がこうした政策の背景にある。一方、米国経済は株式市場のGDP比が高く、株価下落による資産効果の逆風を受けやすい。
  • 米国株の下落は富裕層消費の落ち込みと外国人投資家の売りを招き、世界市場に波及する。AIや暗号資産などの投機的バブルが崩壊すれば連鎖的な混乱が起こる可能性もある。
  • 弁証法的に見ると、米中両国は互いに攻撃しつつ自国の弱点も抱えており、協調と対立のジレンマにある。世界経済はこの二大国の構造的相互依存のもとに揺れており、単純な非難では問題は解決しない。

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