1. テーゼ:非常勤役員は社会保険に加入しなくてよいという通念
多くの中小企業では、非常勤役員は「労働者」ではないと理解され、健康保険や厚生年金などの社会保険の適用外とされることが多い。非常勤役員は経営に助言したり取締役会に出席したりするだけで、日常的に業務に従事せず、労働基準法の規制も受けないため、社会保険制度からも除外してよいという考え方が根強い。また、役員報酬を抑えることで社会保険料負担を避けたい企業も多く、税務・人件費の軽減策として非常勤役員制度が利用されている。実際、月額報酬を8万8千円未満(2025年時点)に抑え、勤務時間を週20時間未満に設定することで、社会保険の加入対象外にできるという実務的な方法論が紹介されることも多い。
2. アンチテーゼ:実態が労務提供なら非常勤でも加入義務がある
しかし、法令や通達では「法人から労務の対価として報酬を受ける者」は社会保険の被保険者とみなされると定められており、名目上非常勤であっても実質的に会社に雇用されている場合は加入義務が生じる。例えば、役員報酬が月額8万8千円以上である、週の勤務日数や時間が正社員の4分の3以上である、会社の指揮命令下で業務を行っている、役員会だけでなく日常的に社員への指示や管理業務を行っている等の場合は、役員でも社会保険加入者として扱われる。また、報酬額や時間にかかわらず、代表取締役などの業務執行権限を持つ者は「会社から常時使用される者」と解され、非常勤であっても加入義務があるとする見解もある。社会保険未加入のまま放置すると、後日遡及加入や保険料追徴のリスクがあることが指摘されている。
3. ジンテーゼ:肩書きではなく実態で判断し、適正な制度設計が必要
非常勤役員の社会保険適用の可否は、単なる「非常勤」の肩書きではなく、実際の勤務実態と報酬の性質によって総合的に判断される。社会保険加入を回避したい場合は、①会社に定期的に出勤せず臨時の取締役会等のみ出席する、②他社の役員や業務との兼務が多く特定の会社への従属度が低い、③社員への指揮監督を行わない、④報酬が実費弁償程度である、など「労務の対価ではない」ことを示す要素を整えることが重要である。一方、経営判断や業務遂行に常時関与して高額の報酬を得るのであれば、非常勤であっても社会保険に加入し、保険料負担を見込んだ報酬設計を行うべきである。実態と法令の解釈に齟齬がある場合は、日本年金機構や社会保険労務士に相談し、適法かつ合理的な役員制度を設計することが求められる。
要約
非常勤役員の社会保険適用は「非常勤」の肩書きだけで自動的に免除されるわけではなく、報酬や勤務実態によって加入義務が生じる場合がある。役員報酬が月額8万8千円以上、週20時間以上働くなど実質的に労働者に近い場合は社会保険に加入しなければならない。逆に、会議への出席や助言に限られ、報酬が実費弁償程度であれば加入義務は生じにくい。企業側は非常勤役員の業務内容と報酬を精査し、社会保険加入要否を適切に判断することが重要である。
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