ユーロ基軸通貨化をめぐる検討


問題提起(テーゼ)

  1. ドル支配の揺らぎとユーロへの期待
    ラガルド総裁のブログは、世界経済で「ドル一極体制」が揺らぎつつあることを出発点にしている。ドル離れは急激ではないが、米国債に対する信頼の低下や金保有の増加など、世界の投資家が価値の保存先を分散する動きが見える。
  2. ユーロの潜在力:世界最大の貿易圏と通貨使用率
    EUは72カ国にとって最大の貿易相手国で、世界のGDPの約40%に相当する取引を行っている。ユーロは世界第2位の通貨で、外貨準備の約20%を占め、貿易インボイスの約40%で使用されている。大規模で統合された市場と規模の経済は、ユーロが国際的に普及する素地を持つ。

反論(アンチテーゼ)

  1. 経済基盤の脆弱性と安全資産の不足
    ユーロ圏は米国に比べて経済成長が低迷し、資本市場も各国で分断されている。AA格以上の安全資産の供給量はEU全体のGDPの50%弱に過ぎず、米国の100%超と比べ見劣りする。そのため、世界の資金が「ユーロより金」という状況が続いている。
  2. 地政学的な信頼性の不足と制度的な障壁
    ブログでは、ユーロの国際的地位向上には「地政学的信頼性」が不可欠としながらも、EUが軍事・外交面で十分なハードパワーを持たない点を認めている。また、現在の意思決定では単一国の拒否権が改革を阻んでおり、重要事項を多数決に移行させないと迅速な行動ができない。
  3. 市場での実績不足
    TIC統計からユーロ圏への資金の流入は見られるものの、米国債の売却が一時的な現象である。ドル離れが本格化していない以上、ユーロは「自動的に基軸化するわけではない」とする見方が存在する。

統合(ジンテーゼ)

  1. 三本柱の強化による好機の活かし方
    ラガルド総裁は、ユーロの国際的役割を高めるための「三本柱」を提示した。
    • 地政学的信頼性の向上:欧州が同盟を尊重しつつ防衛力を強化し、軍事的自立を進めること。対外貿易での交渉力を高め、同盟国への安全保障を提供することで世界の信頼を獲得する。
    • 経済的強靭性(成長・資本市場・安全資産):単一市場と資本市場同盟の完成、規制負担の軽減、共同債の発行による安全資産の拡大を推進し、域内成長と投資の促進を図る。
    • 法制度・機関への信頼:EUの法の支配やECBなど独立機関の安定性を強調するとともに、迅速な意思決定に向けて多数決への移行を進める。
      これらを進めることでユーロに対する市場の信頼を高め、ドル代替通貨としての地位を確立する可能性がある。
  2. 歴史的文脈からの教訓
    ブログでは、基軸通貨は不変ではなく、ポンドからドルへの交代など歴史的な交替があったことを指摘していた。現在の「グローバル・ユーロ・モーメント」は、EUが統合を深化させることで新たな基軸通貨を形成するチャンスである。
  3. 総合的な視点
    ユーロが基軸通貨になるには、ドルから自然とバトンを受け取れるほど単純ではなく、経済・政治・制度の三本柱を同時に整備する必要がある。一方で、分散化・多極化が進む国際通貨システムにおいては、基軸通貨が複数存在するデュアル・システムが再来する可能性もあり、ユーロがその一角を占める未来も現実味を帯びている。

要約

  • 世界秩序の変化:米ドル支配の揺らぎと金志向の高まりを背景に、ユーロの国際化が注目されている。
  • EUの強み:EUは世界最大の貿易圏で、ユーロは外貨準備の約20%を占める。貿易通貨としての使用率も40%に達する。
  • 課題:経済成長の低迷、資本市場の分断、安全資産供給不足、地政学的ハードパワーの弱さ、意思決定の遅さが障壁となっている。
  • 三本柱の提案:ラガルド総裁は、(1) 地政学的信頼性、(2) 経済的強靭性、(3) 法制度・機関への信頼という三本柱を強化する必要を訴えている。
  • 未来像:EUが軍事・防衛統合や共同債発行、資本市場同盟を進めれば、ユーロはドルに次ぐ基軸通貨として存在感を高める可能性がある。

以上より、ユーロ覇権の実現は容易ではないが、世界の通貨秩序が多極化する中、欧州が統合を深化させることで「グローバル・ユーロ・モーメント」を活かす余地は大きいことが示唆される。

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