東西金融戦争としての金保有

正(テーゼ) – 中央銀行の金買いによる価格上昇の論理

  • 歴史的な需要の高まり
     近年は世界の中央銀行による金の購入が急増し、2024年の買い付け量は1,000トンを超えて過去最高を記録した。これにより、中央銀行保有の金準備は約3万6,000トンへと増加し、金のシェアは準備資産全体の約2割まで上昇した。
     とりわけ中国、インド、ロシア、ブラジル、南アフリカなどBRICS諸国はドル依存からの脱却を目指して大量の金を買い集めている。
  • ドルに依存した国際金融システムへの不信
     米国の巨額の財政赤字と金融緩和により、ドルの購買力に対する懸念が高まっている。金は無国籍で価値を長期にわたり維持する資産であり、紙幣の増刷から自国の外貨準備を守る手段として東側諸国は金を選択している。
     フォン・グライアーツ氏は、西側諸国の中央銀行が紙幣を刷り続けてドルの覇権維持に固執する一方、東側諸国は「本物の通貨」である金を積み上げており、これは金融を通じた覇権争いだと指摘した。
  • 地政学的な安全資産としての役割
     ウクライナ戦争や中東情勢などの地政学リスクの高まりは、法定通貨よりも金の安全性を際立たせている。有事の際には金が武器購入や他国からの輸入代金支払いに使えることから、各国は実物資産としての金を重視している。
     この流れが続けば、供給が限られた金の価格はさらに上昇し、数倍になるという予測がなされている。

反(アンチテーゼ) – 中央銀行買い一辺倒の見方への反論

  • 買い付けペースの鈍化と価格の影響
     金価格は2025年に入って急騰し、1オンス4,000ドルを突破した。この高値は中央銀行にとっても負担となり、2025年7月の純買いは月間10トン程度と以前より減速している。銀行によっては価格上昇を理由に購入を控えたり、保有金を売却した例もある。
     従って、中央銀行の買いが一方的に価格上昇を押し上げ続けるわけではなく、価格が高騰すると需要は慎重になる。
  • 金保有比率は依然として限定的
     中国の金準備は2,300トン強で、外貨準備全体の約7%に過ぎない。多くの新興国にとって金は準備資産の一部であり、米ドルやユーロなどの通貨や米国債と併用している。
     西側諸国も一定量の金を保有し続けているが、流動性確保や利子収入を得るために米国債などの金融資産を多く組み込んでおり、金のみを重視するポートフォリオにはしていない。
  • 価格形成の要因は多様
     金価格の上昇には中央銀行の需要以外に、インフレや金利の動向、株価調整、ETFや先物取引による投資資金の流入など複数の要因が絡んでいる。2025年の金価格急騰は、米国の利下げ観測やドル安へのヘッジ、AIバブルへの警戒など民間投資家の需要が大きく、中央銀行だけがけん引役ではない。
     逆に金利が上昇すれば金の機会費用が高まり、投資家や中央銀行の需要が減退する可能性もある。
  • 代替資産と金融技術の進展
     ビットコインなどの暗号資産や各国が検討する中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、金以外の価値保存手段として注目されている。若年層を中心に暗号資産への投資が拡大しており、金の「唯一の安全資産」としての地位は相対的に低下しているという見方もある。

合(シンテーゼ) – バランスの取れた視点と今後の展望

  • 金の役割は「補完的な保険」
     中央銀行が金を準備資産に組み込むのは通貨リスクの分散と市場のストレス耐性向上を目的とするものであり、それ自体がドル体制崩壊を意味するわけではない。金は長期的な価値保存手段として重要だが、国際取引を円滑にするには流動性や信用が必要であり、ドルやユーロ、人民元と並存する多通貨体制が現実的だろう。
  • 中央銀行の多様なポートフォリオ
     堅調な金買いは続くとしても、金利環境や外貨準備の構成変化によってペースは変動する。各国は金・外貨建て資産・自国通貨資産をバランスよく持つことで経済や金融政策の自由度を確保しようとしている。
     特に新興国では自国経済の安定化や通貨信用力向上のために金を積み増しているが、西側諸国は依然として国際金融市場で流動性の高い国債や外貨預金を中心に据えている。
  • 投資家への示唆:分散とリスク管理
     個人投資家にとっても金はインフレや通貨下落に対するヘッジとなるが、価格変動は大きく利子や配当が生まれないため、資産全体の一部として保有するのが適切である。株式や債券、不動産、暗号資産などと組み合わせ、長期的視点でリスクとリターンを調整することが重要だ。
     金価格が短期的に急騰している局面では過度な期待は禁物であり、価格調整の可能性も念頭に置くべきである。
  • 将来のシナリオ
     地政学リスクや金融システムへの不安が続けば金需要は強く、中央銀行も購入を継続するだろう。一方で、経済が安定し金利が高止まりする局面では金への関心が薄れ、価格調整が起こる可能性もある。
     長期的には西側と東側の金融秩序が分岐し、多通貨・多資産の世界が進展する中で、金はその基軸資産の一つとして重要な役割を果たし続けるだろう。

要約

金価格が近年上昇している背景には、中国やロシアなど新興国の中央銀行が外貨準備を金に振り向け、ドル偏重を是正しようとしている動きがあるとの見方がある。フォン・グライアーツ氏はこれを「金融戦争」と位置づけ、金が覇権国家の勢力を示す指標になると主張し、金価格は今後何倍にも上昇すると予測する。一方で、実際の中央銀行の買い入れは価格高騰によって鈍化することがあり、外貨準備に占める金の比率は依然として限定的である。金価格は中央銀行需要だけでなく、インフレ見通しや金利、金融市場のリスク、ETFなど民間投資家の動きにも左右される。暗号資産やデジタル通貨の台頭もあり、金が唯一絶対の安全資産であるとは言い切れない。したがって、金は通貨や金融資産を補完する保険として有用であり、投資家や国家は分散と長期的なリスク管理の観点からバランスのとれた資産配分を目指すべきである。

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