理論を捨て、現実を観る

テーゼ(主張)

取材や講演でテスタ氏が繰り返し語ってきたのは、株で勝つことと経済を語ることは別物だという姿勢である。彼は二〇〇五年から相場に向き合い、二〇二四年まで毎年プラスで終えて累計利益一〇〇億円超という実績を持つ。その根底には以下のような考え方がある。

  • 値動きを見ることが最重要。企業のファンダメンタルズやマクロ経済を読み解くよりも、需給や市場心理から導かれる価格の動きを読み解く方が利益につながるとする。富士メディアHDへの投資では株主総会の日程や大量保有報告の提出期限からファンドの買い増しタイミングを逆算し、短期需給に乗ることで利益を得た。
  • イベントドリブンの手法。大型スポーツ大会、政治イベント、総会の議案否決といった「トリガー」に注目し、一般投資家より早く行動することが優位性になるとする。大量保有報告の修正やSNSのセンチメントを活用するなど、情報のスピードと価格反応のギャップを狙う。
  • 日本株への集中と現場感覚。国内に住み、日本の企業や社会の細かな変化を肌で感じられることが優位性であり、米国株など海外市場より勝ちやすいと考えている。高配当株や日経平均先物の売買を中心にしつつ、二〇二四年後半の「令和のブラックマンデー」ではディフェンシブ銘柄へ資金を移し配当収入を三億円近くまで増やした。
  • リスク管理と継続性。大暴落時でも破産しないよう、複数の口座に資金を分け防御を優先する。新しい手法はノートで半年以上シミュレーションし、段階的に資金を投入する。期待値が低いと判断したら無理にポジションを持たない。自分にプレッシャーを課すことで真剣さを保ち、取引記録を言語化して反省・改善を繰り返してきた。

アンチテーゼ(反対意見)

テスタ氏の成功が示すように、短期の値動きを読み、イベントを利用する手法は一部の投資家にとって有効である。しかし、以下の視点を無視すると長期的には危うさもある。

  • ファンダメンタルズ無視の限界。株価が短期的に需給で動くのは事実だが、企業の収益性や成長性、政策・景気といったマクロ要因が長期のトレンドを支える。二〇二四年以降、AIや半導体などの技術革新が企業価値を根底から変え、日本株以外の企業が牽引する領域も多い。値動きだけで投資すると、本質的に競争力を失った企業に捕まるリスクがある。
  • 情報優位の薄弱化。SNSやデータ分析が普及し、機関投資家やアルゴリズムは大量保有報告の修正やイベント日程を既に織り込んでいる。テスタ氏が情報を出すとフォロワーが先回りし需給が崩れることを彼自身が懸念しているように、イベント投資の妙味は急速に減っている。公開情報で戦う個人投資家が継続的に先んじるのは難しくなりつつある。
  • 日本市場の構造的課題。人口減少や成長率の低さ、規制の多さなどから、日本株が世界市場に比べて低迷する局面は多い。二〇二四年のような上昇局面はイレギュラーであり、米国株や世界株に分散投資をしないと機会損失が大きい。テスタ氏自身、二〇二四年十一月にオルカン(eMAXIS Slim全世界株式)を二億円購入し、米国株や高配当株を複数口座で運用するなどリスク分散を進めている。
  • 精神的負荷と人生の質。テスタ氏は朝トイレで吐いてからトレードを始めるほどのプレッシャーを自らに課し、家賃や車に大金を使って逃げ場をなくしてきた。それは彼の成功理由でもあるが、多くの人にとって再現可能な方法ではなく、健康や家庭、他の人生の楽しみを犠牲にする可能性が高い。

ジンテーゼ(止揚・統合)

弁証法的に考えると、短期の値動きに特化した手法と、長期のファンダメンタル・分散投資を重視するアプローチは対立しつつも補完し合える。以下のような統合的視点が導かれる。

  1. 値動きと基礎情報の両立
    値動きを細かく観察することで需給の歪みを捉え、イベント投資や短期トレードで利益を狙う。しかし、その背景にある企業の収益性や業界動向を理解しておけば、短期の反発を超えて伸びる銘柄を選別できる。AIや半導体、環境関連など将来性の高いテーマを把握し、日本株に限定せず世界的な成長分野も対象とすることが重要である。
  2. 局所優位とグローバル分散
    日本に住むことで得られる「肌感覚」を武器に日本株のイベントや流行を読みつつ、資金の一部はS&P500やオルカンなど世界に分散する。テスタ氏が米国株の口座やオルカンを導入したように、地理的な偏りを減らすことはパフォーマンスの安定につながる。国内外の金利・政策といったマクロ環境を把握し、リスクが高まれば防御に徹する姿勢は生かすべきだ。
  3. リスク管理とウェルビーイング
    多額の資金をかける前に十分なシミュレーションを行い、ポジションサイズを段階的に増やすなど、テスタ氏の慎重さは模倣すべき点である。一方で、プレッシャーによる精神的な負荷を減らす工夫として、長期資産形成はインデックス投資に任せるなどバランスを取る。投資を人生の一部として捉え、仕事や家庭、健康と両立することが重要である。
  4. 情報ツールの進化への適応
    AIによる自然言語モデルやデータ分析ツールが発達した現代では、SNSのセンチメント分析や大量保有報告の解析はアルゴリズムにとっても容易になった。個人投資家が優位性を維持するには、情報スピードよりも判断の柔軟性や独自の洞察が求められる。値動き・ファンダメンタル・マクロの三軸を統合し、想定外の事象に備える「二軸準備」を意識するとよい。

総じて、テスタ氏の経験は、勝つことより負けないことリスクを取らないための準備自分の感覚を磨く努力など多くの示唆を与えてくれる。一方で、それだけに頼ると市場の構造的変化や精神的負担を見落としがちになる。弁証法的な統合では、彼の実践的知恵を基礎としつつ、世界経済や技術革新の動向を学び、長期的な資産形成と短期の投機をバランスよく組み合わせることが推奨される。

要約

テスタ氏は二〇年連続でプラスを達成した「イベント投資」の達人であり、値動きと需給に基づく短期トレードや日本株への集中を重視する一方で、大暴落に備えたディフェンシブ銘柄への切り替えや複数口座によるリスク分散など防御を最優先する姿勢を崩さない。彼の手法は大量保有報告やSNSのセンチメントを活用するなど情報の早さを武器とするが、ファンダメンタルやグローバル分散、精神的負荷の問題点も指摘される。弁証法的に統合すると、短期の値動き観察と長期の基礎分析を組み合わせ、日本の肌感覚を生かしつつ世界株で分散し、シミュレーションと段階的投入によるリスク管理を徹底しながら投資を人生全体の幸福と調和させることが望ましい。

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