アルゼンチン中間選挙にみる自由改革の試練と民主主義の限界


序論

2025年10月26日に予定されているアルゼンチンの中間選挙では、下院257議席の半数と上院72議席の3分の1が改選され、政権与党「自由前進(LLA)」にとって初めての中間評価となります。ミレイ大統領は財政均衡と自由市場改革を掲げ、インフレ抑制と債務再編を急進的に進めてきました。選挙に勝利できなければ、改革継続に必要な法律が通らず、米国によるペソ買い支えや通貨スワップなどの支援が長続きしないという懸念もあります。


正(テーゼ):改革の成果と期待

  • マクロ指標の改善:政権発足当時に前年比211%を超えていたインフレ率は2025年9月には31.8%まで低下し、貧困率も一時52.9%まで悪化した後31.6%に改善しました。IMFは2025年の実質GDP成長率を約4.5%と予想し、短期的な景気回復の兆しが見えます。
  • 市場と投資家の評価:急激な財政緊縮と規制緩和は外国投資家に好感され、ペソや国債は一時反発しました。米国政府はペソ買い支えや200億ドルの通貨スワップ協定を締結するなど支援を表明しています。
  • 改革継続への意欲:ミレイ政権は労働法の自由化、減税、年金制度改革などを進めるため、下院で3分の1以上の議席確保が不可欠と公言しています。これは、大統領が行使した拒否権を上下院の3分の2で覆されないようにするためであり、改革推進に不可欠と見なされています。

反(アンチテーゼ):課題と反対意見

  • 生活実感と格差:インフレ率は下がったものの賃金上昇が追いつかず、失業率は7.6%と高止まりしており、庶民の生活は依然厳しいとの声が多い。急進的な緊縮財政に伴う公共支出削減は社会保障を圧迫し、貧困層や中間層に不満を招いています。
  • 政治基盤の脆弱さ:与党LLAは下院37議席・上院6議席と少数派で、地方の知事との関係も悪く、多くの州で同党は候補者を擁立できていません。9月のブエノスアイレス州議会選挙でペロン派の「祖国の勢力」に約14ポイント差で敗北して以降、支持率は低迷しています。
  • 汚職と信頼低下:政府信頼指数は中間選挙に向けて低下し、与党関係者の汚職疑惑や資金提供問題が相次いで発覚しました。投資家や米国政府も、ミレイ氏が選挙で勝利できなければ支援が続かないことを懸念しています。
  • 社会的・民主的懸念:改革手法は「ショック療法」とも言われ、チリ軍政時代の急激な自由化を想起させます。アルゼンチンでは民主的手続きの下で実施されているものの、労働者や反対勢力からは不平等を拡大するとの批判があります。

合(シンセシス):統合と展望

ミレイ政権の改革は短期間でインフレと財政赤字を抑制し、投資環境を改善するという大きな成果を上げました。しかし、国家経済の好転と生活者の満足度には時間差があり、急進的な緊縮策が社会的不安を増幅させています。長期的な成功のためには以下が必要と考えられます:

  1. 経済改革と社会政策の両立:財政均衡を維持しつつ、医療・教育・社会保障など基礎的サービスを守るための制度改革が欠かせません。貧困層の負担を和らげる補助金制度や労働再訓練プログラムの導入が、国民生活と自由化の両方を支えます。
  2. 汚職防止と信頼回復:政権内の腐敗を徹底的に排除し、透明性の高い行政を構築することが支持率回復の鍵です。政治資金の透明化や役人の倫理規定の強化が不可欠です。
  3. 政治連携の強化:改革を実現するためには、LLA単独では不十分であり、他党と連携して議席を積み上げる必要があります。PROなど保守系政党との協力は既に一部の州で進められており、今後も州知事や中道勢力との合意形成が求められます。
  4. 民主的プロセスの尊重:チリの軍政下とは異なり、アルゼンチンでは民主主義の枠組みの中で改革を進めねばなりません。野党との対話や社会的合意を軽視すると改革自体が後退する危険があります。

要約

アルゼンチンの2025年中間選挙は、ミレイ政権が推し進める大胆な自由市場改革への支持と批判が交錯する重要な試金石です。インフレ率の劇的な低下や貧困率の改善など改革の成果が見られる一方、賃金停滞や失業率の高さ、汚職スキャンダル、地方選での敗北によって支持基盤は揺らいでいます。改革継続には下院の3分の1の議席確保と他党との連携が不可欠であり、社会的不満を緩和しつつ信頼を取り戻すことが今後の鍵となるでしょう。

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