インドが「金銀で裏付けした通貨」を導入したという報道は、2025年秋ごろからソーシャルメディアや一部の陰謀サイトで拡散されました。しかし、公式発表や主要メディアの記事を確認すると、これらは事実ではありません。米ドル離れの動きなどを背景に「金本位制」への回帰を期待する観測記事はありますが、インドの中央銀行や政府は通貨を金や銀に直接紐づける方針を示していません。
実際には、インド準備銀行(RBI)は近年金準備を積み増しています。2025年10月のロイター報道によれば、世界的な金価格高騰を受けてRBIの金保有高は初めて1000億ドルを超え、外貨準備に占める金の比率は約14.7%と1990年代後半以来の高水準になりました。これでもルピーは依然として法定不換紙幣であり、金保有の増加は準備資産の多様化に過ぎません。世界の中央銀行が米ドル依存を減らすために金の比率を高めているという背景も指摘されています。
政府・中央銀行が現在力を入れているのは「デジタル・ルピー(e₹)」です。RBIのFAQでは、デジタル・ルピーは物理的な通貨をデジタル化した中央銀行デジタル通貨(CBDC)であり、RBIが発行し、現金と同様の決済の最終性と中央銀行保証を提供すると説明しています。ユーザーは銀行や決済事業者が提供するデジタルウォレットにe₹を保管し、QRコードで支払いができます。このデジタル通貨には金や銀の裏付けはなく、2022年12月から小規模な実証が続いています。
実証では一時的に1日100万件の取引目標を達成しましたが、銀行による販促終了後は利用が10分の1程度に減少し、RBIは新たなユースケース検討に時間をかける姿勢です。一方で政府は、価値の裏付けがない暗号資産の氾濫を抑制するため課税強化などで規制すると説明し、RBI保証付きのデジタル通貨を導入する方針を示しました。これは中央銀行の信用を背景にしたデジタル版ルピーであり、金銀に裏付ける構想ではありません。
要約すると、現在のインドは金準備を増やし、中央銀行デジタル通貨の試験運用を行うなど金融の近代化を進めていますが、金や銀を法定通貨の裏付けにするという公式な政策は存在しません。ネット上で流布された「量子金融システム(QFS)」「10対1の金銀比率」といった話は、陰謀論サイトが拡散した根拠のない噂にすぎないため、注意が必要です。

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