背景と文脈
2025年11月1日から2027年12月31日まで、中国の財政部と税務総局は金市場向けの付加価値税(VAT)制度を改正した。改正前は、上海黄金交易所(SGE)の取引は“即徴即退”制度により実質的に無税で、ジュエリー会社などがSGEから金を引き出し再販売する際には付加価値部分のみ(13%)に税が掛かっていた。改正後は用途によって扱いが分かれ、投資目的で引き出す金は従来通り13%の付加価値部分のみ課税されるのに対し、非投資目的(ジュエリー・工業用など)に引き出す場合の控除率が13%から6%に引き下げられた。その結果、ジュエリー価格は上昇し、非会員のクライアントも同じ扱いになっている。
正(肯定面)
- 市場の正規化と透明性の向上 – 新制度はSGE会員と非会員の税扱いを差別化し、会員であることのメリットを強めることで取引を公式な取引所に誘導する仕組みとなっている。これは金の流通経路を監視しやすくし、長年問題となっていた非公式な取引を減らす効果が期待される。
- 投資需要への配慮 – 投資用の金地金やETFなどは従来通り実質無税の扱いが維持され、金を資産保全手段として保有したい個人や機関投資家の需要を支える。不動産市場の低迷や将来の金利低下への期待も重なり、投資需要は引き続き堅調と予想されている。
- 業界の革新促進 – ジュエリー価格の上昇は販売競争を価格からデザインや品質へと転換させる可能性があり、硬足金や異素材との組み合わせなど新しい製品開発を促す。業界再編が進み、大手企業が資本力とデザイン力で優位に立つことで、商品の多様化や品質向上が期待される。
- 税収増と政策一貫性 – 金取引以外でもプラチナやダイヤモンドに対する税優遇廃止が同時期に発表されており、貴金属全体で税制の平準化と財源確保を狙う一貫した政策が見える。
反(否定面)
- ジュエリー需要への打撃 – 非投資用途の控除率が6%に引き下げられたことで、ジュエリー製造業者の税負担が増え、販売価格が4%前後上昇する。中国の金ジュエリー需要は金価格と逆相関の傾向があり、価格が1%上がると需要が0.7%減るというモデルもあるため、需要減退が懸念される。
- 中小事業者への影響 – 会員でない地方銀行や独立系ジュエリー店は控除率の引き下げにより仕入れコストが約7ポイント上昇し、大手会員企業に比べ不利となる。株式市場では改正発表直後に主要ジュエリー小売企業の株価が9〜12%下落したことから、利益圧迫への懸念が強い。
- 価格差の拡大とリサイクル抑制 – 小売価格は上昇する一方、リサイクル価格はSGEの基準価格に連動しており差が広がるため、家計が保有する古いジュエリーの売却意欲が低下し、リサイクル市場が萎縮する恐れがある。
- 税逃れ的行動の誘発 – 消費者が税負担を避けるために投資用地金を購入して職人に加工させる「持込み加工」が増える可能性があると指摘されており、政策の意図に反してジュエリー市場の透明性が低下しかねない。
合(総合評価)
- 新制度は、長年続いた金市場の優遇を是正し、税収を確保しつつ市場を公式な取引所に集約することを目指したものである。投資需要を保護しつつ、非投資目的の取引に適切な税負担を求めるという政策目標は合理的だが、短期的にはジュエリー需要や中小事業者に負担をもたらす。
- 市場はこの変化に順応しつつある。現時点でジュエリー価格は既に上昇し、卸業者の在庫補充意欲も低下している。一方で、投資用金地金やETFには追い風が吹き、SGE会員による取引の集中が進むことで市場監督が強化される。
- 今後、ジュエラーは価格競争から品質・デザイン競争へと軸足を移し、硬足金や異素材との組み合わせなど新しい製品を提供することで需要を維持しようとするだろう。同時に、政府が中小企業支援策や段階的移行措置を講じることで改革の負担を和らげる必要がある。
- 全体として、このVAT改革は中国の金市場に透明性と秩序をもたらす一方、ジュエリー消費に逆風となる。消費者の行動変化や業界の革新次第では、市場は新しい均衡を形成し、政策目標と民間利益を両立させる可能性がある。
要約
2025年11月に施行された中国の金市場向け付加価値税改革は、投資目的の金には従来の優遇を維持する一方、ジュエリーなど非投資目的の金に対する税控除率を13%から6%へ引き下げる二層構造を導入した。これは取引を上海黄金交易所へ集約し、市場透明性を高める狙いがある。結果としてジュエリー価格は上昇し、中小ジュエラーはコスト増に苦しむ一方、投資用金地金やETFにはほぼ影響がなく、投資需要は堅調に推移するとみられる。政策は市場の秩序化や税収増という利点があるが、消費抑制や事業者負担、税回避的行動といった副作用もある。業界の革新や政府の支援策がこの矛盾を乗り越える鍵になるだろう。

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