米国金需要動向(2025年第3四半期)をめぐる弁証法的検討


テーゼ:ETF主導の金需要急増と価格高騰

世界黄金協議会(WGC)が2025年11月に発表したレポートによると、米国の金需要は第3四半期に前年同期比58%増の186トンに急増した。消費(ジュエリー+バー・コイン)需要が33%減少したにもかかわらず、上場ゴールドETFへの大規模な資金流入が需要増を牽引した。北米のETF流入は約160億ドルとなり、世界全体の62%を占め、結果として金需要は大きく上振れし、ETFの保有量も約2,000トンに膨らんだ。

この資金流入は価格にも強く影響した。ロンドン金市場協会(LBMA)のPM価格は四半期平均3,456.54ドル/オンスと過去最高を更新し、前年同期比40%上昇。9〜10月には史上最高値を連続で更新し、年内50回目の新高値を記録した。金取引量も過去最高で、米国の金先物・オプションの平均日次取引額は約1,040億ドル、ETFは50億ドルに達し、両者合わせると世界流動性の約3分の1を占めた。10月には取引量がさらに増え、1日当たり1,587トン(約2,080億ドル)相当を記録した。

アンチテーゼ:需要構造の偏りと潜在リスク

  • 消費需要の減速とセクター偏重
    ジュエリー需要は前年同期比12%減の25トン、バー・コイン需要は64%減の7トンと、2017〜19年の低迷期以来の水準に落ち込んだ。技術用途の金需要も米国で2%減、日本で4%減と低迷し、実物需要が伸びていない。
  • ETF依存による脆弱性
    報告では、ETF流入が過去10年平均(21トン)程度であれば総需要が大幅に減少していたと指摘され、需要増がETFに依存していることを示している。北米ETFへの年初来流入の大半が米国ファンドからであることも地域偏在のリスクを示す。
  • ボラティリティと投資家行動
    金価格は史上最高値を連発した後に8%以上の調整を経験し、その間に取引量がさらに膨張した。WGCの別レポートでは、10月の世界ETF総資産は5,030億ドルと過去最高を更新したが、欧州では約45億ドルの流出が発生し、北米でも月末までに10億ドル近い流出が起こった。価格高騰と利確が相まって需給が急変しやすいことが浮き彫りになっている。
  • 投資家予測のばらつきと過熱感
    主要金融機関の予測では、モルガン・スタンレーは金価格が2026年半ばに4,500ドル/オンスへ上昇するとしつつも、現在の相場が過熱しており、価格変動で他資産へ資金が移動するリスクや中央銀行の売却による下押しリスクを警告している。各社の2026年価格目標は4,000〜5,000ドル台と幅があり、過度な楽観には注意が必要である。
  • 地域差と地政学要因
    WGCのETFフロー分析によれば、欧州では史上2番目の月間流出(約45億ドル)が起きた一方で、アジアでは約61億ドルの流入があり、その多くが中国からだった。欧州の流出は利益確定やポートフォリオ・リバランスによるとされ、地域間で需要の温度差が大きい。アジアでは米中緊張や成長減速への懸念が安全資産志向を高めている。

ジンテーゼ:金融化された金市場とポートフォリオ戦略への示唆

上記のテーゼとアンチテーゼを踏まえると、2025年の米国金市場は従来の宝飾・産業用途主体の市場から、ETFを通じた金融商品としての需要に大きくシフトしている。金はインフレや地政学リスクへのヘッジ、低金利下の資産多様化手段として注目を集め、中央銀行の買いも支えとなっている。半面、需要の過半がETFという流動性の高い投資チャネルに集中しており、価格が急騰・急落するたびに資金の出入りが激しくなっている。

このような環境では、次の点が重要である。

  • 金の役割を再定義する
    金は高成長資産ではなく、ポートフォリオ全体のリスク分散やインフレヘッジを主な目的とする資産として位置付けるべきである。消費需要や産業用途が低迷している状況では、価格の過度な上昇は持続性に疑問が残る。
  • ETF普及による金融化の影響を理解する
    ETFへの資金流入は金市場の流動性を高める一方で、投資家心理による価格変動を増幅する。北米主導の流入が一転して流出に転じれば短期的な価格急落を招く可能性があり、投資家はETFと実物(バー・コイン)を併用し、流動性リスクや小口バーのプレミアムを考慮する必要がある。
  • 地政学・金利動向のモニタリング
    米中関係の緊張や政府閉鎖、株式市場の過熱感など不確実性が高まる局面では金が買われやすい。一方で、金利上昇やドル高が進むと調整圧力が強まるため、各国中央銀行の買い・売り動向や地域別フローの変化を注視する必要がある。
  • 慎重な予測の採用
    多くの金融機関が2026年に4,000〜5,000ドルの金価格を予想しているが、モルガン・スタンレーなどはボラティリティや政策変更の影響を警告している。投資家は長期的な資産配分を検討する際に楽観・悲観の両シナリオを想定し、金への過度な集中を避けるべきである。

要約

2025年第3四半期の米国金需要は、上場ETFへの巨額流入により前年同期比58%増の186トンに達し、LBMA金価格も1オンス3,456ドルと史上最高水準を更新した。一方でジュエリーやバー・コインなどの消費需要は大幅に減少し、産業用途も低迷するなど、需要は投資チャネルへの依存が強まっている。金取引量は急増し、10月には1日当たり2,080億ドル相当の取引が行われたが、高値追いから大きな流出も生じた。今後は金市場の主役がETF等の金融商品に移りつつあることを踏まえ、金をインフレや地政学リスクに備える分散・ヘッジ資産として位置付け、長期的な資産配分の中で慎重に利用する姿勢が求められる。

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