序論
2025年末の南アフリカ経済を巡っては、政府や国際機関が成長見通しを相次いで引き上げ、主要格付け会社S&Pは約20年ぶりに同国の外貨建て長期信用格付けを引き上げた。一方で金価格が4000ドル超まで急騰したことで、ヨハネスブルグに上場する金鉱株が大きく買われた。この二つの動向には相関関係があるように見えるが、南アフリカ経済にとって良い兆候なのか、それとも一時的な追い風に過ぎないのかを弁証法的に検討する必要がある。
テーゼ:成長見通し引き上げと金鉱株の隆盛は景気回復の表れ
2025年11月、S&Pは南アフリカの外国通貨建て長期信用格付けを「BB」へ引き上げ、見通しを「ポジティブ」とした。報告書では、国有電力会社エスコムの改善や財政の健全化を理由に挙げ、政府が電力や物流の改革を進めていることが成長を支えるとした。S&Pは実質GDP成長率を2024年の0.5%から2025年は1.1%に回復し、2026~28年は平均1.5%まで加速すると予想した。国際通貨基金(IMF)の2025年12月時点の「第4条審査」報告でも、2025年の成長率は1.3%と前回予想を上方修正しており、引き上げの背景には年初からの民間消費の強さやインフレ鈍化がある。格付けの引き上げにより投資家心理が改善し、南アフリカ株全体が堅調に推移することは、資本市場を通じて経済活動を下支えする。
同じ頃、金相場が世界的な景気懸念や米国の利下げ観測を背景に急騰し、一時史上最高値を更新した。南アフリカは世界で最も深い金鉱床を抱え、金価格上昇の恩恵を受けやすい。10月には金価格が初めて4,000ドルを超えたことでヨハネスブルグ証券取引所に上場する金鉱株が急伸し、ゴールド・フィールズやアングロゴールド・アシャンティは1日で3%超上昇、シバニェ・スティルウォーターは5%高となった。金の安全資産としての魅力が高まった結果、金鉱株は2025年に過去二十年で最も良好な年を迎えたとの報道もあり、ブルームバーグは主要3社の株価が年初来でおよそ3倍に跳ね上がったと伝えた。金鉱株の上昇は外貨収入の増加や株式市場の活況につながり、経済全体の景況感を押し上げる要素と考えられる。
アンチテーゼ:成長率は低水準にとどまり、金鉱株の恩恵も限定的
しかし、楽観的な見通しには慎重な見方もある。まず、S&PやIMFが示した成長率は1%台前半であり、人口成長を考慮すると1人当たり所得はほとんど伸びない。南アフリカは失業率が30%超と高止まりし、電力供給不足や物流の停滞が慢性化している。格付け引き上げは好材料であるものの、投資不足や教育・医療など社会資本の制約が解消されない限り、持続的な高成長は望みにくい。
また、金鉱株の高騰が国民全体に恩恵をもたらすかは疑問である。南アフリカの金生産量は1970年には世界トップで1,000トンを超えていたが、老朽化した地下鉱山や投資環境の不透明さにより、2024年には90トン程度まで減少した。国内大手鉱山会社は成長機会を求めてオーストラリアや北米など海外に資源を移しており、雇用や税収の波及効果は当時ほど大きくない。金鉱株の価格は国際金価格に連動して大きく変動するため、短期的には株主や投資ファンドが恩恵を受けても、金価格が下落すれば急反落のリスクがある。2025年後半には金価格の急騰が過熱との見方も広がり、米金利の行方や地政学リスクが変化すれば株価上昇は一服する可能性が高い。
総合:景気改善の兆しはあるが、構造改革と産業多角化が鍵
南アフリカ経済の成長見通し引き上げと金鉱株の隆盛は、一見すると経済再生の証しのように映る。エスコムの改革や財政健全化で信用力が改善し、国際的な投資家の視線が集まる中、金価格上昇は株式市場の追い風になっている。だが、1%台の成長は低水準であり、広範な失業や貧困を解消するには不十分である。金鉱業はかつてほど国内経済を支えておらず、国内の投資・産業政策の遅れが長期的な競争力を削いでいる。
このように、景気に対する楽観と悲観の双方を統合するためには、短期的な追い風を利用しつつ、エネルギー・物流改革の加速、教育や技能育成、労働市場改革、規制の透明性確保など構造的な課題に取り組むことが必要だ。また、金とプラチナに依存したモノカルチャーから脱却し、製造業やサービス業、再生可能エネルギーなどへの投資を拡大することが、資源価格の変動に左右されない持続的成長への道を開く。金鉱株の隆盛は南アフリカが再び注目される契機であり、これを構造改革の推進力へと昇華させることが求められる。
要約
南アフリカでは2025年、S&Pが20年ぶりに信用格付けを引き上げるなど、政府の改革努力を評価する形で経済見通しが上向いた。国際機関も実質GDP成長率を約1%台前半に上方修正した一方、金価格が4,000ドルを超える史上高値を付けたことでヨハネスブルグ市場の金鉱株が急騰し、主要3社の株価は年初来で数倍となった。しかし1%台の成長はなお低く、電力や物流の制約、失業の高さなど構造的問題は残る。金鉱業の国内生産は往年の水準の1割以下に落ち込んでおり、多くの鉱山会社は海外に資産を移しているため、株高の恩恵が広く行き渡るわけではない。短期的な追い風を持続的な発展につなげるには、エネルギーとインフラ改革の実施、投資環境の改善、人材育成と産業の多角化が不可欠である。

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