貸付用不動産の評価方法の見直し
相続税・贈与税において、貸付用不動産(賃貸不動産)の評価方法が見直されます。市場価格と相続税評価額(通達による評価額)との乖離を利用して税負担を大幅に圧縮する事例が指摘されているため、納税者の予測可能性を確保しつつ評価の適正化・課税の公平性を図る観点から、以下の措置が講じられます。
- 直前取得物件の時価評価:被相続人等が死亡前5年以内に対価を払って取得または新築した一定の貸付用不動産については、相続発生時点における市場に近い価格で評価できるようにします。具体的には、取得時の価格に地価の変動を反映して算出した価格のおおむね80%相当額を目安とする評価方法を導入し、実勢に即した評価額とします。これにより、直前に取得した不動産を利用した節税の抑制を図ります。
- 共同事業・信託型不動産の適正評価:不動産特定共同事業契約や信託受益権などに基づき保有する貸付用不動産については、取得時期にかかわらず、相続時点における適正な取引価額(実勢価格)によって評価します。運営事業者が提示する処分価格や買戻し価格、実際の売買実例価格、定期報告書に記載された価格などを参考に評価し、それらが無い場合でも上記と同様に取得時期等を考慮した適切な評価を行います。
※これらの評価方法の見直しは、令和9年(2027年)以降の相続・贈与から適用される予定です。新たな評価基準によって、貸付不動産に関する相続税等の課税が実態に即した公平なものになります。
教育資金一括贈与非課税措置の廃止
祖父母など直系尊属から教育資金をまとめて贈与された場合の贈与税非課税措置(いわゆる教育資金一括贈与の特例)は、2026年度税制改正において適用期限である令和8年3月31日をもって延長せず終了し、制度が廃止されることになりました。平成25年度から創設されていた本特例は、多くの利用があった一方で、富裕層による資産移転の手段となり格差の固定化につながる懸念が指摘されていました。また、高等教育の無償化や教育費負担の軽減策が進展したこと、新しいNISA制度の拡充による資産形成手段が整備されたことなど、政策環境の変化も考慮されています。以上を踏まえ、適用期限の延長を行わないとの判断が下されました。なお、令和8年3月末までに信託等に拠出された資金については、所定の要件の下で引き続き非課税とする経過措置が設けられ、既に拠出済みの教育資金については従来どおり非課税扱いが継続されます。
事業承継税制等の納税猶予特例の延長
中小企業や個人事業主の事業承継を円滑にするための相続税・贈与税の納税猶予制度について、適用期限や要件の延長措置が講じられます。主な延長措置は次のとおりです。
- 個人事業承継(個人事業用資産の納税猶予):個人事業者の事業用資産に係る相続税・贈与税の納税猶予制度について、事前に策定・確認が必要な個人事業承継計画の提出期限を2年6か月延長します。これにより、個人事業主が円滑に事業承継税制を利用できるよう、計画策定の猶予期間を長く確保します。
- 非上場株式等の事業承継(非上場株式等納税猶予の特例):中小企業の株式等について相続・贈与時の納税を猶予する特例措置(事業承継税制の特例)について、事業承継計画の提出期限を1年6か月延長します。これにより、後継者が非上場株式の承継猶予制度を引き続き利用しやすくし、事業承継支援を継続します。
- 医療法人承継(医業継続に係る納税猶予制度):医療法人の事業承継に伴う相続税・贈与税の納税猶予措置について、適用期限を3年延長します。また、関連法改正により医療法人制度(認定医療法人制度)の要件が見直された場合でも、新たな制度下の医療法人への承継について引き続き本納税猶予制度を適用できるようにする措置を講じます。具体的には、自費診療を行う外国人患者に対する料金設定要件の変更(社会保険診療報酬の最大3倍まで認容する新基準)に伴い認定医療法人制度が改正された後も、その新基準下で認定を受けた医療法人の承継について猶予適用を認め、制度の空白を生じさせないようにします。
- 農地等の承継(農地納税猶予の特例):生前贈与や相続により取得した農地について相続税・贈与税の納税猶予が認められる制度では、一定期間営農を継続した後に農地を処分した場合、猶予されていた税額の一部(利子税相当分)が免除される特例があります。この農地等を収用や換地などでやむを得ず譲渡した場合の利子税全額免除措置について、適用期限をさらに5年間延長します。これにより、農地の収用等が生じた場合でも引き続き税負担の軽減措置が受けられ、農地保有者の負担軽減と円滑な農地利用転換を支援します。
以上の延長措置によって、事業承継や資産承継に関する既存の税制優遇策が令和8年度以降も継続され、後継者不在や資金負担の問題で事業・資産の引継ぎを躊躇していたケースに一定の配慮がなされます。特に中小企業の円滑な世代交代や地域医療の継続、農地の有効活用などが引き続き促進される見通しです。
教育機関への寄附に係る非課税制度の見直し
相続財産を教育目的で寄附した場合の相続税非課税制度について、所要の見直しが行われます。具体的には、相続人が相続財産を一定の学校法人(専修学校の専門課程による教育を行う専修学校を設置することを主たる目的とする学校法人)に寄附した場合、その寄附財産に相続税を課さない特例制度があります。2026年度の税制改正では、この非課税制度の対象となる専修学校の「専門課程」の範囲を、学校教育法等の改正による専修学校制度の変更に合わせて調整します。令和6年度から専修学校の専門課程に単位制が導入されるなど教育制度が変更されることを踏まえ、新制度下でも寄附非課税措置の適用対象となる教育プログラムの範囲を明確化・拡充する措置を講じるものです。これにより、教育機関への寄附による相続税非課税の適用対象を現行制度の趣旨に沿って維持しつつ、新しい教育課程にも対応させることができます。
以上、2026年度(令和8年度)税制改正大綱における相続税・贈与税分野の改正点をまとめました。今回の改正では、資産課税の公平性確保や世代間の資産移転の適正化に重点が置かれており、不動産評価の適正化や富の集中是正、事業承継の円滑化など、多岐にわたる施策が盛り込まれています。これらの変更により、個人・法人を問わず資産の承継に関わる税負担の在り方が見直され、税制の公平・中立性の向上と次世代への円滑な資産移転が期待されます。

コメント