正:安定と回復への動き
- マクロ経済の回復と物価安定
- 欧州中央銀行(ECB)のスタッフ予測では、ユーロ圏の実質GDP成長率は2025年1.4%、2026年1.2%、2027年1.4%と、危機の時代を脱した緩やかな成長が続くと見込まれている。インフレ率も2025年2.1%から2026年1.9%へ低下し、2028年にはECB目標の2%に戻る見通し。
- 欧州各国政府は積極的な財政政策に舵を切っている。ドイツでは、緊縮財政から大規模投資へ転換し、10年間でGDPの約12%に相当する5,000億ユーロ規模の特別基金を創設するなど、インフラや気候対策への支出を拡大する方針を打ち出したと報じられている(欧州委員会予測)。
- 南欧・アイルランドの成長エンジン化
- スペインは、民間消費とEU復興基金による投資、観光回復を背景に他の欧州主要国を上回る成長を続けている。OECDによれば、スペイン経済はここ数年安定的で、移民による労働力増加がGDP per capitaの年成長率を0.7ポイント押し上げた。2026年のGDP成長率は2.2%、2027年は1.8%と予測されており、国内需要が引き続き成長の牽引役になる。
- ギリシャは欧州債務危機後の改革とEU復興基金による投資効果から、2026年に2.4%成長、政府債務比率の大幅低下を政府が見込んでいる。投資と消費の拡大が主要因であり、2018年の支援終了後に投資適格を回復したことも追い風となっている。
- アイルランドは2025年に10%超の異例の成長を遂げるとOECDは予測しており、これは米国の関税引き上げを前にした医薬品輸出の前倒しが主因である。しかしこの効果が剥落する2026年には成長率が2.1%に減速し、2027年には2.8%へ持ち直すと見込まれている。国内需要(多国籍企業活動を除いた部分)は2025年に3.7%伸びるが、2026年は2.3%に鈍化する。
- 防衛費拡大とEUの制度改革
- 2025年のNATO首脳会議では、加盟国に対し2035年までにGDP比3.5%を核心的国防費、さらに1.5%を関連インフラやサイバーセキュリティに充て、合計5%への引き上げを目標とすることが合意された。
- EUでは防衛費増額に対応するため、安定成長協定の「逃避条項」を適用して国防関連支出を財政規律から除外する方針が示され、SAFE(Security Action for Europe)と呼ばれる1500億ユーロ規模のローン制度が導入されつつある。これにより加盟国はEU債を通じて低利融資を受け、共通調達が促進される。
- 金融政策の正常化と安定
- ECBは政策金利を2%に引き下げた後、インフレが目標付近に落ち着いたことから、2025年末の時点でさらなる利下げの必要はないとの見方が支配的である。
- Reutersのエコノミスト調査では、回答者の大多数が2026年末まで金利が据え置かれると予想しており、「金利は良い位置にある」とECB当局者が発言したと報じている。これは物価安定と緩やかな成長が両立している証左である。
反:構造的・地政学的課題
- ドイツ・フランスの停滞とエネルギー問題
- 欧州の牽引役であったドイツは、ロシア産ガス停止による電力コスト高騰と輸出競争力の低下により、2023〜24年に2年連続でマイナス成長となった。2025年以降もエネルギー高、弱い消費、構造改革の遅れが課題として残り、電力価格は2022年に235ユーロ/MWhへ急騰した後、2025年も依然120ユーロ超で推移しエネルギー集約産業を圧迫している。
- フランスでは政局不安と財政赤字の拡大が投資を抑え、成長率はユーロ圏平均を下回っていると指摘されている。
- 南欧・アイルランドに潜むリスク
- スペインの成長はEU復興基金と移民に支えられているが、人口高齢化、低い生産性、医療や住宅供給不足が中長期的課題であり、OECDも「中期的な財政持続性と成長のために構造改革が必要」と強調している。
- ギリシャではEU復興資金の追い風が続くが、資金の使途が一巡すれば成長率が鈍化する可能性がある。債務が依然高水準であるため、金利上昇時の財政リスクが残る。
- アイルランドの成長は多国籍企業の活動に大きく左右されており、関税変更や税制改革が急ブレーキとなるリスクを含む。OECDは米国関税による前倒し輸出の反動で2026年の成長が2.1%に落ち込むと予測しており、国内需要も鈍化すると指摘している。
- 金利と物価を巡る不確実性
- ECBの利上げ準備は予測の域を出ない。多数の経済学者は金利の据え置きや必要であれば追加利下げを見込んでおり、過度な金融引き締めは景気の腰折れを招く恐れがある。
- 防衛費増額は需要刺激になる一方、マルチプライヤーは中程度に留まるとの分析もある。フィンランド銀行は、防衛費が主に消費支出や輸入品購入に向かう場合、成長効果は一時的であり、巨額の公的債務が増える可能性を指摘している。
- 地政学的リスクと貿易摩擦
- 米中関係悪化に伴う関税の引き上げや、米国大統領選挙の結果による貿易政策の不透明感は、欧州の輸出産業にとって大きな外生ショックである。ドイツやアイルランドのような輸出依存国では、外需減退の影響が顕著になる。
- ウクライナ戦争の長期化もエネルギー価格や投資心理に悪影響を与え続ける。
合:持続的成長への道筋と政策課題
弁証法的に見れば、欧州経済は「回復基調」と「構造的課題」という二つの力が拮抗している。好循環を維持するには以下の統合的アプローチが求められる。
- 構造改革と投資の両立
- ドイツ・フランスなど主要国は、緊縮財政から脱しインフラと気候投資を加速させる一方、エネルギーコスト削減や規制改革により競争力を高める必要がある。高齢化社会に対応するため労働市場改革と移民政策の整備も重要となる。
- 南欧諸国はEU復興基金の活用だけでなく、デジタル化・グリーン投資・教育改革を通じて生産性を高め、移民の包摂や税制改革で財政基盤を強化すべきだとOECDは提言している。
- 財政・金融政策の協調
- ECBはインフレと成長動向を見ながら柔軟な政策運営を続け、物価安定を維持しつつ長期金利を過度に上昇させない工夫が求められる。利上げ・利下げの両方のシナリオを想定したコミュニケーションが必要であり、2026年に利上げを準備するとの見方と、利下げもあり得るという見方を統合する姿勢が求められる。
- 各国政府は、防衛費やインフラ投資の増加が財政赤字を押し上げないよう、長期的には歳出の質と税制改革を通じて財政持続性を確保し、SAFEなど欧州共通の資金調達枠組みを活用しながら効率的な防衛産業への投資を進める必要がある。
- 統合と多極化のバランス
- 欧州内で成長エンジンが多極化している現状は強みでもある。南欧のサービス業成長と北欧・中欧の製造業、アイルランドやオランダのハイテク産業が補完し合う形で、内需と外需のバランスを取ることができる。
- 防衛と安全保障面でEU加盟国の一体性が高まる中、共通財政の拡大は政治的緊張を伴うが、長期的には地政学リスクの低減と産業基盤強化をもたらす。
要約
- 欧州経済は2026年に実質GDP成長率1.2%、インフレ率約1.9%へと安定的な回復基調に乗りつつある。南欧諸国やアイルランドの高成長が全体を押し上げ、EU復興基金や防衛投資が需要を支える。
- 一方で、ドイツ・フランスの停滞、高エネルギーコスト、貿易摩擦、移民・人口高齢化、財政規律などの構造的課題が残る。多国籍企業への依存が大きいアイルランドでは2026年以降成長が鈍化する見通しである。
- 防衛費の大幅引き上げとEUのSAFEローン制度は、新しい需要源となるが、債務増加リスクと経済効果の限定性に注意が必要である。
- 持続的な成長には、財政拡大と構造改革の両立、金融政策の柔軟運営、エネルギー転換と生産性向上が不可欠である。欧州が危機の連鎖を完全に脱するためには、新たな成長モデルの構築と政策協調が求められる。

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