はじめに
個人所有のマンションを法人に移す場合や、長期保有したマンションを相続する場合には、それぞれ税務上のリスクが存在します。特に低額譲渡と相続税評価額と市場価額の乖離は、課税当局が問題視するテーマです。本稿では、弁証法の枠組み(正–反–合)を用いてこれらのリスクを多角的に考察し、最後に要点をまとめます。
第Ⅰ部:個人所有マンションを法人に譲渡する場合の低額譲渡リスク
1. 正:低額譲渡を行う理由と期待されるメリット
- 将来の相続税対策や資産保全
不動産を法人に移すことで将来の相続財産の規模を縮小し、相続税の負担を抑えることを狙うケースがあります。また法人所有にすることで個人の賠償責任から切り離しやすくなります。 - 所得分散やキャッシュフローの調整
法人所有に切り替えることで管理経費を法人の損金としやすく、個人の所得税負担を軽減できる効果が期待されます。 - 将来的な資産承継の簡便化
個人のまま家族に引き継ぐと登記の移転手続きが必要ですが、法人株式を承継させる方が手続きが簡単になる場合もあります。
2. 反:低額譲渡が引き起こす税務リスク
- みなし譲渡課税
譲渡価額が時価より著しく低い場合、税務上「時価で譲渡したもの」とみなされ、譲渡所得の収入金額が実際の売却価額ではなく時価で計算されます。たとえば時価1億円の土地を4千万円で売却しても、譲渡所得の収入金額は1億円とされます。 - 買主側の受贈益課税
個人から法人への低額譲渡に該当すると、法人側は時価で取得したものとみなされ、時価と購入価額との差額は受贈益として法人税の課税対象となります。差額分が株主への贈与と認定される場合もあり、同族会社では贈与税が課される可能性があります。 - 半額基準と「著しく低い価格」の判定
所得税法では低額譲渡の基準を「時価の2分の1未満」と明示していますが、贈与税や法人税では一律の基準がなく個別事情を考慮して判定されます。時価とは不特定多数の第三者間で成立する取引価格を指し、関連者間取引では時価より少しでも安い価格が問題視されやすいです。 - 理由なき低価格は贈与税の対象
個人同士の低額譲渡では、買主は時価と購入価格の差額を贈与とみなされ贈与税が課されます。同様に個人から法人に資産を安く売る場合も、差額が株主への贈与と認定されるリスクがあります。 - 資料不備や査定根拠の不足が追徴原因
低額譲渡が問題とされる典型例として、売買価格の決定根拠(第三者の査定書や鑑定書)の欠如や取引目的・プロセスの説明不足が挙げられます。根拠のない低価格設定は内部利益操作とみなされやすく、追徴課税につながる可能性があります。
3. 合:低額譲渡リスクへの対応策
- 適正価格での取引
低額譲渡とみなされないためには、実勢価格に基づいた適正な売買価額を設定することが基本です。公認不動産鑑定士による鑑定書や複数の不動産業者の査定書を準備し、価格決定の合理性を文書化しておきます。 - 時価が下がる合理的事情の提示
建物の老朽化や賃借人の退去リスクなど、市場価値が下がる正当な理由を具体的な資料で説明することで、低額譲渡の指摘を避けられる可能性があります。 - スキームの検討
グループ内で不動産を移転したい場合、単純な低額売買ではなく、合同会社設立や合併など別の手法を使って会計上の調整を行う方法も検討されます。 - 税務相談の実施
取引前に税理士に相談し、所得税法・法人税法・贈与税法の観点からリスクを分析します。国税庁の事前照会制度を利用して税務上の取扱いを確認する方法も有効です。
第Ⅱ部:長期保有マンションを相続した場合に相続税評価額と市場価額が乖離した場合のリスク
1. 正:評価乖離を利用するメリット
- 相続税の圧縮効果
不動産の相続税評価額は、土地は路線価方式または倍率方式、建物は固定資産税評価額で求められ、一般に時価より低くなります。たとえば時価5,000万円の土地なら相続税評価額は約4,000万円(80%)、時価3,000万円の建物なら固定資産税評価額が約2,100万円(70%)となり、節税効果が見込めます。 - タワマン節税の歴史的効果
マンションの相続税評価額と市場価格の乖離率は平均約2.34倍、評価水準は約42.7%とされ、市場価格1億円のマンションが相続税評価額4,270万円で評価されたため大きな節税効果がありました。この乖離の大きさが節税策を生み、富裕層が高層マンションを購入する動機になっていました。 - 長期譲渡所得の税率優遇
相続した不動産を売却する場合、所有期間が5年を超えると長期譲渡所得として所得税・住民税合計20.315%の税率が適用されます。相続では被相続人が購入してからの所有期間を引き継ぐため、被相続人が長期保有していたマンションは相続後すぐに売却しても長期譲渡所得として扱われる可能性が高く、この点がメリットとなります。
2. 反:評価乖離の大きい相続マンションに対するリスク
- 相続税評価の見直しによる追徴課税リスク
国税当局は、相続税申告後に相続税評価額と市場売買価格が大きく乖離しているケースを把握し、路線価等ではなく鑑定価格等によって評価し直し課税処分をした事例があります。2022年4月19日の最高裁判決では、路線価に基づき約3.3億円で申告したマンションについて評価が4倍以上乖離していたため、通達に基づかない評価方法を認め、追徴課税を是認しました。 - 新しい区分所有補正率の導入
上記判決を受けて、国税庁は2025年1月1日以後の相続からマンションの相続税評価方法を改正し、市場価値の60%を目安とする区分所有補正率を導入しました。従来平均42.7%だった評価乖離率を60%まで引き上げ、乖離率がそれ以上の場合は相続税評価額を引き上げる仕組みです。これにより高層マンションだけでなく一般的な分譲マンションでも節税効果が縮小し、過度な節税は困難になりました。 - 課税公平性と経済合理性の観点からの否認
最高裁は、被相続人が高齢で死亡直前に多額の借入をしてマンションを購入し相続後すぐに売却した点などから経済合理性がないと判断し、租税負担の公平性を害すると認定しました。通達(総則6項)は「著しく不適当」と認められる場合に限って適用されますが、著しい乖離があれば適用される可能性があります。 - 相続後の売却時のキャッシュフローと課税リスク
評価額を低く申告した場合でも、相続後にマンションを売却する際の売却益が思ったほど伸びず納税資金を確保できないケースがあります。相続税評価額が低く抑えられたものの市場価格が下落して売却資金が不足することがあり、過度な評価圧縮は節税ではなく損失につながることがあります。 - 対策の効果縮小と新しいリスク
区分所有補正率によって評価が市場価値の60%まで上がるため、タワマン節税の効果は限定的になりましたが、借入金を活用した節税や小規模宅地の特例など残された節税余地を過度に利用すると再び否認リスクを招く可能性があります。相続税評価額と時価の差が大きい物件は売却後の譲渡所得税が増えるため、節税効果とのバランスを慎重に検討する必要があります。
3. 合:評価乖離をめぐる弁証法的総括と対策
- 適正な時価を意識した資産運用
評価乖離が大きいほど節税効果は高まりますが、その乖離が著しい場合には当局による再評価や否認の対象となります。市場価格に比べて極端に安い物件を相続税対策目的で取得する行為は避け、経済合理性のある価格で取得することが大切です。 - 新しい評価方法に基づいた相続税試算
2025年以後は区分所有補正率が適用され、市場価値の60%を目安とした評価になります。既にマンションを所有している場合でも、自らの物件にこの補正率がどの程度適用されるかを把握し、相続税額を試算することが必要です。必要に応じて他の資産への分散や納税資金の準備も検討します。 - 譲渡所得税への配慮
相続後に売却する場合は、被相続人が取得した日からの所有期間を引き継ぐため長期譲渡所得の税率が適用されやすいですが、取得費加算の特例や空き家の3,000万円特別控除など適用条件や売却時期によって税額が大きく変わります。早期の売却と長期保有のどちらが有利かを検討し、各種特例を活用できるか確認します。 - 専門家への相談と証拠書類の整備
相続税評価や譲渡所得税の計算は複雑であり、法令改正も多いです。評価方法の変更や通達の解釈を適切に把握するために、税理士や不動産鑑定士に事前相談することが重要です。相続時や売却時には価格査定書、鑑定書、ローン契約書などを保管し、取引の経緯や合理性を説明できるようにしておくことが求められます。
まとめ
個人所有のマンションを法人に譲渡する場合、時価より大幅に安い価格で売ると所得税法59条・施行令169条に基づき「みなし譲渡」として時価で課税され、買主法人には受贈益が計上されるなど税務リスクが高まります。低額譲渡の基準は時価の半額未満とされることが多いものの、贈与税や法人税では個別判断となるため安易な低価格設定は避けるべきです。
一方、長期保有したマンションを相続した場合は、従来固定資産税評価額や路線価により時価の40%前後で評価され大きな節税効果がありました。しかし、2022年の最高裁判決で乖離が4倍ものケースが否認され、2025年からは区分所有補正率の導入により相続税評価額が市場価値の60%程度まで引き上げられます。乖離が大きいまま相続対策を行うと追徴課税や売却時の資金不足といったリスクがあり、相続後の売却では被相続人の所有期間を引き継ぐため長期譲渡所得の税率が適用されることが多いものの、取得費加算などの特例や納税資金の準備が必要です。
これらのリスクに対応するには、取引・取得価格の妥当性を第三者の査定や鑑定で裏付け、法令改正を踏まえた最新の評価方法で相続税額を試算し、譲渡所得税や各種特例を含めた総合的な税務戦略を立てることが不可欠です。節税を目的とした不動産取引は経済合理性と税務リスクのバランスを見極め、専門家の助言を得ながら慎重に進めることが求められます。

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