生前譲渡は得か損か:みなし贈与と7年ルールが突きつける不動産承継の現実


序論:テーマと弁証法的枠組み

日本の相続では不動産が大きな割合を占め、親が所有するマンションを子へどのように引き継ぐかで税負担が大きく変わります。本稿では、「生前に譲渡することが有利だ」という主張(テーゼ)と、それに対する反論(アンチテーゼ)を示し、最後に総合的な判断(ジンテーゼ)を示します。

テーゼ:生前譲渡のメリット

  • 遺産分割トラブルの予防と意思の反映:生前にマンションの帰属を決めておけば、死後に「誰が住むか」などをめぐる争いを避けられ、親の意向を明確にできます。
  • 資産管理の早期移転:高齢の親に代わって維持管理や家賃管理を子が行うことで、親の負担が減り、子の不動産所得として課税されます。
  • 暦年贈与・相続時精算課税の活用:年間110万円の贈与税非課税枠や、相続時精算課税制度で累計2,500万円まで贈与税が非課税となり、2024年からは同制度を選んでも年間110万円の基礎控除が加わりました。マンションの持分を段階的に移転することも考えられます。
  • 相続税評価の圧縮:賃貸中のマンションは、実勢価格よりも相続税評価額が低くなることが多く、相続財産の圧縮につながります。

アンチテーゼ:生前譲渡のリスクと税負担

  • 贈与税の負担:名義を無償で子へ移せば贈与税がかかり、110万円を超える部分に10〜55%の累進税率が適用されます。不動産は高額なので税額が大きくなりがちです。
  • 低額譲渡による「みなし贈与」:市場価格より大幅に安く売却すると、時価との差額が贈与とみなされ贈与税が課税されます。目安として時価の70%未満は「著しく低い」とされ、50%以下ではほぼ確実に贈与と認定されます。
  • 譲渡所得税:取得価額より高く売却すると利益に対して譲渡所得税(長期保有20.315%、短期保有39.63%)がかかり、親族間売買では3,000万円特別控除などの特例を使えません。
  • 登録免許税・不動産取得税などの付随費用:名義変更には固定資産税評価額×2%(土地は1.5%)の登録免許税がかかり、贈与でも売買でも同率です。また、不動産取得税は固定資産税評価額の3〜4%で、相続以外では課税されます。
  • 相続税への影響と7年ルール:2024年以降、生前贈与の持ち戻し期間が3年から7年に延長され、7年以内の贈与は相続税の計算に加算されます。
  • 他の相続人との調整:特定の子にだけ譲渡すると他の相続人の遺留分を侵害する恐れがあり、特別受益とみなされる可能性があるため、事前に合意を得る必要があります。

ジンテーゼ:総合的な対応策

  • 適正価格での売買を基本とする:固定資産税評価額や市場価格に近い価格で売買し、著しく安い価格設定を避けることで「みなし贈与」のリスクを下げます。
  • 非課税枠を活用した段階的移転:年間110万円の非課税枠を利用して持分を複数年に分けて移転し、相続時精算課税制度を併用することで負担を抑えます。
  • その他の特例の活用:20年以上婚姻した夫婦間の自宅贈与では2,000万円まで非課税、住宅取得資金の贈与は省エネ住宅1,000万円(その他500万円)まで非課税とする特例があります。ただし不動産そのものの贈与には適用されないため、資金援助と不動産移転を組み合わせる工夫が必要です。
  • 相続まで待つ方法の検討:相続による名義変更なら登録免許税が0.4%と低く、不動産取得税は非課税です。また、相続税には3,000万円+法定相続人一人当たり600万円の基礎控除があり、この範囲内なら税負担が発生しません。
  • 専門家への相談と他の相続人への配慮:贈与・売買契約書を作成し、登記手続きを正確に行い、他の相続人の合意を得ることが重要です。税務署や税理士、司法書士に相談して適切な手続きと書類を整え、トラブルや追徴課税を回避すべきです。

主な税金の概要

  • 贈与税:受贈者が負担し、110万円まで非課税。超過分に10〜55%の累進税率。
  • みなし贈与:時価の70%未満での譲渡は贈与と認定されやすく、50%以下ならほぼ確実。
  • 譲渡所得税:長期所有は20.315%、短期所有は39.63%。親族間売買では特別控除が使えない。
  • 登録免許税:贈与・売買は固定資産税評価額×2%(土地は1.5%)、相続は0.4%。
  • 不動産取得税:固定資産税評価額の3〜4%。相続では非課税。
  • 印紙税:売買契約書は契約金額に応じた印紙税が必要。贈与契約書で記載金額がない場合は200円。
  • 相続税:基礎控除を引いた残額に累進税率。生前贈与の持ち戻し期間は7年。

結論

生前に親のマンションを子へ譲渡することには、遺産分割トラブルの防止や資産管理の早期移転というメリットがあります。一方で、贈与税・譲渡所得税・登録免許税・不動産取得税といった税負担が多岐にわたる上、時価より著しく低い価格での譲渡は贈与税の対象となります。2024年以降の改正で持ち戻し期間が7年に延び、年間110万円の非課税枠や相続時精算課税制度の基礎控除など新しい制度が整備されましたが、適正な価格設定と非課税枠の活用が不可欠です。資産規模や家族構成によっては相続まで待つ方が税負担を抑えられる場合もあり、税務・法律の専門家に相談しながら慎重に検討することが求められます。

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