1. 定立(主張):高水準の金価格が金鉱株に与える恩恵
- 金鉱株は金価格の上昇に対してレバレッジ効果を持つ
- 金価格が上昇すると、金生産者の売上は採掘コストより早いペースで増える。例えば、金鉱株が利益を得るモデルでは、コストが 2,000ドル/オンスの場合、金価格が 3,000ドルから 3,500ドルへ 16.7%上昇しただけで、1オンスあたりの利益が1,000ドルから1,500ドルへ増加し、50%の増益となる。この運営レバレッジが、金価格の上昇時に金鉱株の株価が金そのものよりも大幅に上昇する理由となっている。
- 多くの大手金鉱会社は1オンスあたり 1,500〜1,700ドルの**全維持費(AISC)**で採算が取れる設計になっているため、金価格が 3,700ドル前後にある現在、1オンスあたり1,700ドル以上のマージンが得られ、固定費の高いビジネスモデルゆえに利益率が大きく改善する。
- 利益率とフリーキャッシュフロー(FCF)の大幅改善
- 2025年は金鉱セクター全体のフリーキャッシュフローが急増し、ROIC(投下資本利益率)は数年ぶりの高水準となった。
- 金鉱会社のコストはおおむね 1,100ドル/オンス程度に抑えられ、金価格が 3,600ドルを超えたことで「数十年ぶりに最も厚い利益率」が得られている。アナリストは金鉱会社のFCFマージンを約 30%と推定しており、好財務によって株主への配当や自社株買いに資金を回す余力が生じている。
- 供給面の抑制と構造的な支援要因
- 2010年代初頭のバブル崩壊を経て金鉱会社は過剰投資を反省し、新プロジェクトには保守的な価格前提で15〜20%の内部収益率を要求するなど資本支出に慎重になっている。
- 探鉱予算の削減や環境・規制上の制約により新鉱山開発まで7〜10年かかるため、供給増は追いつかず、高い利益率は持続しやすい。
- 同時に、各国中央銀行はロシアの外貨凍結や地政学リスクを背景に金準備を増やしており、2022年以降は毎年1,000トン以上を純買付して金をユーロに次ぐ第2の準備資産に押し上げた。世界金評議会によれば、2025年10月の中央銀行の金買付は53トン(前月比36%増)と依然堅調で、ポーランド銀行は準備に占める金比率目標を30%に引き上げた。こうした公式セクター需要は金価格を構造的に支えている。
- したがって、株式市場調整に備えた攻撃的な防衛資産
- 金鉱株は高い金価格下で利益とFCFが増加し、資本抑制や公式セクター需要の継続によって構造的な支援を受けている。金そのものが安全資産であるのに加え、金鉱株は配当や自社株買いを通じた株主還元も期待でき、米国株式市場の調整局面に備えた「攻撃的な防衛資産」と位置づける余地がある。
2. 反定立(反論):金鉱株投資が抱えるリスク
- 金鉱株は高ボラティリティな株式であり、金と同じ「安全資産」ではない
- 金鉱株は金価格のレバレッジ投資である一方、一般的に金価格に対する感応度の高さが高い株価変動率となって表れる。金鉱株は上昇局面で金を大きく上回ることがあるが、下落局面でも損失が拡大し、金そのものとは異なる市場リスクを負う。
- また、金鉱株は株式市場の一部であり、市場全体の急落時には金価格が上昇しても株価が下落する場面がある。モトリーフールの分析によれば、金鉱株は金の価格に対して劣後するリスクがあり、鉱山開発コストの超過や財務問題、経営の失敗といった要因によって下落することがある。
- 会社固有の事業リスクと新規供給の壁
- 金鉱会社は環境規制・地域社会との調整・政治リスクに直面し、採掘コストの高騰や操業停止のリスクを抱える。
- 探鉱投資の停滞により埋蔵量の枯渇が懸念され、将来の生産増が不透明であることから大手企業が小規模企業を買収する可能性があり、事業統合が株価変動要因となる。
- さらに、金価格下落時にはレバレッジ効果が逆回転し、利益が急減する。DWSのレポートでは、金鉱株は金価格に連動するが企業固有のリスクや鉱業特有の不確実性があり、金が急落するとネガティブなレバレッジが働くことを指摘している。
- 構造的支援の限界
- 中央銀行の金買付は確かに増えているが、金準備比率の上昇の大部分は金価格上昇による評価益であり、買付量そのものは総準備の増加分の5%程度に過ぎないとする分析もある。価格が高止まりすれば買付ペースが減速し、公式セクター需要が永続的に続く保証はない。
- 金価格自体も金利やドル相場などのマクロ要因に左右され、インフレ鈍化や金融引き締め局面では下押しされる可能性がある。その場合、金鉱株の利益率は急速に低下する。
- 金鉱株のパフォーマンスが金を下回った事例
- 2024年には金価格が大きく上昇したものの、金鉱株は堅調な決算やキャッシュフローを示しながら金本体の上昇率を大きく下回った。フランクリン・テンプルトンは、2024年の金市場において金鉱株が金のリターンに比べて出遅れたことが2025年の投資機会となると指摘している。
- その要因には投資家が金価格の持続性に疑念を抱き、株価に織り込むまで時間がかかることが挙げられる。また、業界の資本支出抑制やコストインフレが株主心理の圧迫要因となった。
3. 総合(統合的評価):金と金鉱株のバランスを考える
弁証法では、主張と反論の対立を踏まえてより高次の合意点を導きます。金と金鉱株に関する議論も同様です。
- 金鉱株は金に対する「成長性と配当」を兼ね備えた補完資産
- 高い金価格と供給制約の継続は金鉱株の利益率とFCFを押し上げ、株主還元の原資となる。世界的な中央銀行需要や地政学リスクは金価格を支えやすく、長期的に金鉱株の収益基盤が強化される。
- しかし、金鉱株は株式市場の変動や企業固有のリスクに敏感であり、単独で安全資産とは言えない。金そのものはポートフォリオのリスクを下げる分散資産としての役割が強いのに対し、金鉱株はその上乗せリターンを狙う攻撃的な資産である。
- ポートフォリオにおける位置づけ
- 金鉱株は、高い金価格と資本規律によるFCFの恩恵を享受できるが、金価格下落や市場急落時には値下がりが加速する可能性がある。
- そのため、金(安全資産)と金鉱株(レバレッジ資産)のバランスをとる「バー・ベル」型の配分が考えられる。DWSは金と金鉱株の混合が両者の利点を享受し、各自のリスクを抑える可能性を指摘している。
- 投資家は資産全体のリスク許容度や投資期間を考え、金鉱株への過度な集中を避け、広く分散されたポートフォリオの中で金・金鉱株を適切な比率で組み合わせることが重要である。
- 長期的視点と資本配分の見直し
- 金鉱会社の慎重な資本配分は利益率の維持に寄与しているが、供給不足や探鉱不足は長期的な成長を制約しうる。投資家は企業のAISCや資本政策、プロジェクトの質を確認し、資金繰り・財務健全性の高い企業を選別する必要がある。
- 中央銀行の金需要や地政学不安は金市場の構造的支援要因だが、金鉱株への投資はあくまでも金市場や株式市場の見通しに左右されることを忘れてはならない。
要約
- 金鉱株の強み(定立):高い金価格が続く中、金鉱株はコストがほぼ一定のため利益率が急拡大し、FCFマージンは30%に達している。固定費の高さによるレバレッジ効果により金価格の上昇率よりも利益が拡大しやすく、資本規律が保たれていることから配当や自社株買いも期待できる。中央銀行の金買付増や新規供給の制約が金価格を構造的に支えるため、金鉱株は攻撃的な防衛資産になり得る。
- リスク(反定立):金鉱株は株式であり、金そのものほどの安全資産ではない。高いレバレッジゆえにボラティリティが大きく、金価格が下落すると損失が拡大する。鉱山開発の遅延やコスト超過、財務問題など企業固有のリスクにさらされ、株式市場全体の下落でも影響を受ける。中央銀行需要の鈍化や金価格の調整が起きれば恩恵は縮小する可能性がある。
- 総合的評価:金鉱株は高金価格環境の利益拡大と配当・成長性を享受できる一方、金そのものよりリスクが高い。したがって、金鉱株を「攻撃的な防衛資産」として用いる場合は、金の保有と組み合わせたバランス型配分が望ましい。投資家は自らのリスク許容度と投資期間を踏まえ、企業固有のファンダメンタルズを精査した上で、金と金鉱株を補完的に保有することが重要である。

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