関税で揺さぶり、株価で妥協する:2025年TACOトレードの予見可能性

問題の背景

2025年に復活したトランプ政権は、2024年の大統領選挙後「リベレーション・デー関税」を発動し、中国や欧州からの輸入品に最大300〜350%の高関税を課すと発表した。株価は急落したが、後に関税が緩和されたり発動時期が延期されるという観測が広がると市場は持ち直した。この一連の動きから、トランプ氏が関税で市場を揺さぶり、株価が下落すると緩和に転じて株価を押し上げるという循環を投資戦略化した「TACO(Trump Always Chickens Out)」トレードという言葉が投資家の間で広まった。

2018年の中間選挙直前にもトランプ政権の対中関税強化が株式市場の急落を招き、ナスダック指数は4.4%下落、S&P500は数週間で約9%下落した。この暴落は中間選挙前の共和党に不利に働いたと指摘され、研究者は報復関税が2018年の共和党票に負の影響を与えたことを明らかにしている。こうした経験を踏まえ、2025年のTACOトレードも予見可能だったとする声がある。本稿ではこの主張について肯定論と否定論を整理し、統合的に検討する。

肯定論―TACOトレードは予見できた

過去の行動パターンの継続

トランプ氏は2018年にも強烈な対中関税を宣言して市場を混乱させ、株価暴落後に「米国民のための素晴らしい取引をする」と軟化させた。結果として選挙直前に株価が回復し、「関税による揺さぶり→後退」というパターンが形成された。このサイクルは2025年にも繰り返され、4月2日の「リベレーション・デー関税」発動でS&P500が一時12%下落した後、トランプ氏が期限延長やレート引き下げを示唆すると株価がほぼ回復した。この歴史的反応から、投資家が「トランプ氏は最終的に妥協する」と読み、TACOトレードが意識されるようになった。

投資家心理と政策当局の信号

2025年夏頃にはニュースサイトや投資分析が「TACOトレード」を盛んに取り上げ、トランプ政権が株価下落を見て関税を下げると予想する投資家が多かった。トランプ氏が「手りゅう弾を投げてから交渉する」戦術を取り、市場反応を見て軟化するため、投資家がこのパターンに賭けている。こうした見方により、短期的な株価急落が買いの機会になるという考えが広まり、TACOトレードは事前に意識されていたと言える。

2018年中間選挙の経験による学習

2018年中間選挙前、中国が大豆や豚肉に報復関税をかけるなど「トランプ支持地域」を狙った報復で農業州が打撃を受けた。この経験により、共和党は2018年の中間選挙で下院を失い、報復関税が選挙上のコストをもたらしたとする分析がある。このため2025年の投資家は、トランプ氏が2026年中間選挙では選挙前に株価を下落させないよう、逆に選挙後に関税強硬策を取るのではないかと予想した。

利害関係者の存在

2025年10月、財務長官スコット・ベッセントは「株価が下がったからといって交渉はしない。我々は米国経済にとって最善のことをするために交渉する」と述べ、市場の下落を気にせず関税を続ける方針を示した。この発言は、株価下落を容認しつつ適当な時期に関税を調整して株価を押し上げる余地を示唆しており、TACOトレードを狙う投資家にとって予測材料となった。

以上の点から、過去の行動パターン、投資家心理、2018年中間選挙の学習効果、政府高官の発言などを総合すると、2025年のTACOトレードは一定程度予見可能であったとする根拠が見いだせる。

否定論―予見は困難だった

トランプ氏の予測不能性

ReutersのBreakingviewsは、TACOトレードという市場の信念は危険であり、トランプ氏がいつも関税を引き下げるとは限らないと警告している。記事では、トランプ氏が日本などに25%の関税を課す可能性を示唆し、国内産業を急速に立ち上げる余裕もないため、10%程度の関税が妥協ラインになるかもしれないが、必ずしもそうならないと指摘された。投資家がTACOトレードを当てにすればするほど、トランプ氏は株高を支持の証しと受け取り、逆により高い関税を実施する可能性があるというパラドックスも指摘されている。

政策当局の姿勢変化

Fortune誌は、株式市場が記録的高値を更新してもトランプ氏は関税を撤回する様子を見せず、高値を根拠にさらなる関税を正当化していると報じた。Bank of AmericaやJ.P.モルガンのアナリストは「TACOトレードは行き過ぎで、今回は後退しないかもしれない」と警告している。さらにベッセント長官は株価下落を「ビジネスのコスト」にすぎないと述べ、下落を恐れない姿勢を強調したことから、TACOトレードの前提が崩れ、市場の反発で関税を撤回させることは困難になったと考えられる。

選挙政治の複雑性

2025年4月、共和党のテッド・クルーズ上院議員は「トランプ氏の関税が長引き景気後退に陥れば、2026年の中間選挙は血みどろになる」と警告した。与党内部でも関税の政治的リスクを懸念する声があり、政治的事情によって予測通りの行動をとる保証はなく、突如強硬策を続ける可能性もある。

陰謀的推測への注意

一部では「中間選挙後に関税を使って株価を操作し、TACOトレードでベッセント氏ら利害関係者が儲ける」といった陰謀論的な見方がある。しかし、公的にはベッセント長官が「株価下落を交渉材料にしない」と明言しており、そのような利益誘導の証拠は確認されていない。むしろ関税政策は国内生産の再興や安全保障を目的とする長期戦略として説明されているため、株価操作目的と断定するのは適切ではない。

統合的な視点

弁証法の第三段階として、肯定論と否定論の双方を統合して現象の全体像を捉える必要がある。TACOトレードは、トランプ氏の交渉術としての関税カードがもたらす市場の期待と不安を反映している。2018年の中間選挙前には関税強硬策で株価が急落し、その後の軟化で市場が回復した。2025年も同様に4月の関税発動直後に大幅な株価調整があり、後に緩和が示唆されると反発した。こうした経験から「トランプ氏は最終的に折れる」と読む投資家が増え、TACOトレードが形成された。

しかし、2025年後半には政権側が株価下落をものともしない姿勢を示し、テッド・クルーズら共和党議員も長期的な関税が景気後退を招き中間選挙に不利になると警告したように、政治的な緊張が高まっている。関税政策は国内製造業の再興や安全保障を掲げた長期ビジョンと結び付いており、単純に株価との連動だけで予見するのは危険である。TACOトレードは投機的には意識されたものの、その成功は今後の政策判断や国際情勢に大きく左右されると言える。

要約

  • TACOトレードとは何か:トランプ氏が関税で市場を揺さぶり、株価が下落すると緩和に転じて株価を押し上げるという市場の経験則。
  • 予見可能性の根拠:過去の行動パターンの継続、投資家心理、2018年中間選挙の学習効果、ベッセント長官の発言などから2025年のTACOトレードはある程度予測され、市場参加者は急落時に買い戻す戦略を取った。
  • 予見が困難な要素:トランプ氏の予測不能性、政権の株価軽視姿勢、政治情勢の変化、投資家の過信が政策を強硬化させるパラドックスといった要素があり、必ずしも過去のパターン通りにはならない。
  • 統合的評価:TACOトレードは過去の経験からある程度予見できたものの、政治・経済情勢が複雑に絡むため自明ではない。中間選挙後に関税を利用して株価を操作するという陰謀的見方には根拠が薄く、政策目的や国際交渉の文脈を踏まえた慎重な分析が求められる。

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