国市場で選ぶ新興国株ETF:低コスト分散と中国リスク

アメリカ市場には、米国外の新興国株式に投資する多様なETFが上場している。これらのETFは、低コストで広い市場エクスポージャーを提供することから個人投資家にも人気が高い。本報告では代表的なETFの概要を整理し、投資アプローチの違いと、新興国投資をめぐる議論を弁証法的に考察する。文中の数値は各運用会社の最新資料に基づく。

新興国市場の概観

新興国は人口増加や中間層の拡大を背景に長期的な経済成長が期待される一方、政治・規制リスクや米ドル高による資金流出に晒されやすい。2020年代前半は米国株が力強く上昇したのに対し、新興国株は中国の景気減速や規制強化の影響もあり冴えない展開だった。投資家はこうしたリスクとリターンのバランスを考えながら、指数連動型やアクティブ型など複数のETFを使ってポートフォリオを構築する。

主なETFの特徴

下表では、米国市場に上場する主要な新興国株ETFの概要をまとめる。各ETFは採用する指数、保有銘柄数、経費率、国別・セクター別の比率が異なる。表の後に個別解説を記す。

ETF名概要・指数・コスト特徴
IEMG (iShares Core MSCI Emerging Markets ETF)MSCI Emerging Markets IMI(大・中・小型株を網羅)に連動。経費率0.09%。約2,684銘柄を保有し、上位には台湾積体電路製造(約9.3%)、テンセント、アリババ等が名を連ねる。低コストで投資ユニバースが広く、時価総額が小さい企業まで取り込む。中国28.5%、台湾19.4%、インド17.8%など国別比率が高い。
VWO (Vanguard FTSE Emerging Markets ETF)FTSE Emerging Markets All‑Cap China A Inclusion Indexに連動し、大・中・小型株を網羅。経費率0.07%と低い。約6,059銘柄を保有し、上位には台湾積体電路製造(10.1%)、テンセント、アリババが入る。運用資産残高が大きく流動性が高い。国別比率は中国34.6%、台湾21.3%、インド19.0%など。
SPEM (SPDR Portfolio Emerging Markets ETF)S&P Emerging BMIを追随し、経費率0.07%。約3,035銘柄を保有し、上位銘柄は台湾積体電路製造、テンセント、Samsung SDIなど。情報技術や金融の比率が高く、中国33.8%、台湾20.7%、インド18.5%に集中。
SCHE (Schwab Emerging Markets Equity ETF)FTSE Emerging Index(ネット・リターン版)に連動。経費率0.07%。約2,164銘柄を保有し、純資産は約114億ドル。上位は台湾積体電路製造(12.04%)、テンセント、アリババなど。手数料が安く、ポートフォリオ回転率が低い(約6.7%)。国別比率は中国35.7%、台湾21.0%、インド18.6%。
AVEM (Avantis Emerging Markets Equity ETF)指数連動ではなく、ファクター重視のアクティブ運用。割安かつ収益性の高い銘柄を選好し、約3,696銘柄を保有する。経費率0.33%。中国(28.6%)・台湾(21.9%)・インド(16.9%)・韓国(12.1%)などに分散され、トップ銘柄は台湾積体電路製造(7.6%)。ファクターを考慮したポートフォリオによりバリュー株や高収益企業の比重が高い。
EEM (iShares MSCI Emerging Markets ETF)MSCI Emerging Markets Index(大・中型株)に連動。経費率0.72%と高め。1,197銘柄を保有し、上位は台湾積体電路製造(6.6%)、テンセント、Samsung Electronicsなど。老舗ETFで流動性が高いが経費率は高い。セクター比率は情報技術25.4%、金融22.2%、消費財13.5%。国別では中国31.1%、台湾19.4%、インド15.2%、韓国10.9%。
EMXC (iShares MSCI Emerging Markets ex China ETF)中国を除くMSCI新興国指数(大・中型株)に連動。経費率0.25%。約685銘柄を保有し、トップは台湾積体電路製造(16.0%)、Samsung Electronics (5.0%) など。中国の規制リスクを回避したい投資家向け。国別では台湾23.4%、韓国17.4%、インド15%などに分散。
VEXC (Vanguard FTSE Emerging Markets ex‑China ETF)FTSE Emerging Markets ex China Indexに連動。経費率は概ね0.10%前後と低い。大・中型株をサンプリング手法で組み入れ、インド、ブラジル、南アフリカ、台湾などに投資する。中国の比率をゼロにした構成で、テクノロジーや原材料など他国セクターへ比重が移る。

以下では、表で挙げたETFについて個別に解説し、そのメリットと課題を論じる。

iShares Core MSCI Emerging Markets ETF (IEMG)

IEMGは新興国の大・中・小型株全体をカバーするため、約2,600銘柄という広範な分散を実現している。経費率0.09%とコストが低く、配当を含めた実質的な管理費も抑えられている。ただし、組入比率が中国や台湾に偏りやすく、半導体大手の台湾積体電路製造(TSMC)へのウエイトが高い点は注意が必要である。大・中・小型株を含むため流動性に劣る銘柄も多く、短期売買には適さない。

Vanguard FTSE Emerging Markets ETF (VWO)

VWOは世界最大規模の新興国ETFで、保有銘柄数は約6,059と圧倒的に多い。経費率0.07%と非常に低く、長期保有向けのコスト効率が高い。中国と台湾で全体の半分以上を占めるが、採用する指数に中国A株(内国株)が含まれるため、中国の現地株式市場にもアクセスできる点が特徴である。大量の銘柄を含むため、時価総額加重とはいえ分散効果が高い。

SPDR Portfolio Emerging Markets ETF (SPEM)

SPEMはS&P Emerging BMIに連動し、3,000銘柄超を保有している。経費率0.07%と低コストで、S&P指数を採用するため時価総額加重でも他のETFとは若干異なる構成になる。銘柄の上位10社の占有率は低く、セクター別では情報技術と金融が約4割を占める。中国の比率は約34%と高いが、インドの比率も18%を超え、分散性は高い。

Schwab Emerging Markets Equity ETF (SCHE)

SCHEはFTSE Emerging Index(ネット・リターン版)を追随し、経費率0.07%である。組入銘柄数は約2,164と少なめだが、大型株中心のため流動性が高い。ポートフォリオ回転率が低く、信託報酬以外の間接コストも抑えられている。上位5銘柄で25%前後を占め、特にTSMCの比率が高い。国別では中国と台湾が全体の半分以上を占める。

Avantis Emerging Markets Equity ETF (AVEM)

AVEMは指標を厳密にトラッキングするETFとは異なり、バリュー(割安)や収益性などのファクターを重視したアクティブ運用を行う。そのため経費率は0.33%と他のパッシブ型より高い。ポートフォリオは約3,700銘柄に分散しつつ、割安度の高い企業をオーバーウェイトするため、TSMCやテンセントの比率が他ETFより抑えられている。中国28.6%、台湾21.9%、インド16.9%などの比率で、韓国やブラジルも含めた分散が特徴。ファクター投資により市場平均を上回るリターンを狙うが、指数との乖離リスクも受け入れる必要がある。

iShares MSCI Emerging Markets ETF (EEM)

EEMはMSCI Emerging Markets Indexに連動する伝統的なETFで、保有銘柄数は約1,197と少なめである。経費率0.72%とコストが高く、より低コストのIEMGやVWOに資金が流れるようになっている。上位銘柄や国別配分はIEMGと似ているが、EEMは大・中型株に限定するため、半導体や中国企業の比率がやや低い。また古くからのETFで取引量が多く、流動性を重視する短期トレーダーには依然選好されている。

iShares MSCI Emerging Markets ex China ETF (EMXC)

EMXCは中国を除外した新興国指数に連動し、経費率0.25%である。上位銘柄はTSMCやSamsung Electronicsなど東アジアの半導体企業に偏りやすく、台湾・韓国で約40%を占める。中国の政治リスクや規制強化を回避したい投資家には有用だが、中国を除くことにより情報技術セクターへの偏重が強まり、逆にポートフォリオの集中リスクが高まる面もある。

Vanguard FTSE Emerging Markets ex‑China ETF (VEXC)

VEXCはFTSE Emerging Markets ex China Indexに連動し、経費率は0.10%程度と予想される。詳細な資料は少ないが、サンプリング手法によりインド、ブラジル、南アフリカ、台湾などに広く投資する。中国を除外することで指数全体のテクノロジー比率が下がり、資源国やインド株の比重が上がる。規模はまだ小さいが、将来的に中国リスクを避ける投資家から注目される可能性がある。

弁証法的考察

弁証法は命題(テーゼ)と反対命題(アンチテーゼ)、両者を統合する総合(ジンテーゼ)の三段階からなる。新興国株ETFを巡る投資選択にこの枠組みを当てはめると以下のようになる。

  1. テーゼ(命題):広範な市場を低コストでカバーするパッシブETFが最適。IEMGやVWO、SPEM、SCHEなどは経費率が0.07〜0.09%と低く、銘柄数も数千に及ぶため分散効果が高い。これにより国別・セクター別の偏りをある程度軽減し、新興国の経済成長を広く取り込むことができる。
  2. アンチテーゼ(反対命題):パッシブETFは中国や半導体企業に過度に依存しており、リスク分散になっていない。IEMGやVWOなど多くの指数は中国と台湾で全体の半分以上を占め、トップ銘柄のTSMCだけで1桁台後半の比率を持つ。中国では政府規制や地政学リスクが顕在化しており、半導体業界も景気循環の波が大きい。こうした偏重からリスクを避けたい投資家には、EMXCやVEXCなど中国を除外したETFや、AVEMのようにファクターを加味したアクティブETFが選択肢となる。
  3. ジンテーゼ(総合):複数のETFを組み合わせることで偏りを調整しながら新興国の成長を取り込む。低コストで幅広い指数に投資するパッシブETFを基礎にしつつ、中国リスクを軽減するためにEMXCやVEXCを追加し、またバリュー株や高収益企業に重点を置くAVEMを少量組み合わせることで、国別・セクター別の偏りを緩和しながら上振れを狙う構成が考えられる。投資家は各ETFの経費率、流動性、ファクター特性を理解し、自身のリスク許容度に応じて比率を調整することが重要である。

まとめ

新興国株式ETFは米国市場で数多く提供されている。主要なパッシブ型は、経費率の低さと広範な分散を生かして市場全体のリターンを享受することを目指す。一方、中国や特定企業への集中が避けられないため、エマージング市場特有の政治・産業リスクが表面化するとパフォーマンスが大きく揺さぶられる。中国リスクを避けるEMXCやVEXC、ファクター投資を取り入れるAVEMなどは、こうした課題に対する解決策として登場した。弁証法的に考えれば、単一のETFに依存せず複数のアプローチを組み合わせることで、新興国投資のメリットを最大化し、リスクを抑える道が見えてくる。

新興国投資は短期的な変動が大きく、相場急変時には耐える期間が必要となる。長期的に人口増加や経済成長の恩恵を受けるには、分散とコストに留意しながら自分に合ったETFを選び、定期的なリバランスで偏りを調整する姿勢が求められる。

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