正(テーゼ):株式は保有期間が長くなるほどリスクが小さくなる
時間分散の考え方では、株式のようなリスク資産は、保有期間が長くなるほど損失の確率が低下し、長期平均に近いリターンに収束するとされています。実際、過去のデータからも株式の保有期間が長くなるほど最良・最悪リターンの幅が縮まることが示されています。このことから、長期投資によって短期の暴落を乗り越えることができるため、若い投資家は株式比率を高めてもリスクを抑えられるという考えが生まれます。
さらに、投資期間が10年以上の長期投資では、株式の短期的なボラティリティを吸収しやすく、複利効果を享受できるため、より攻撃的な資産配分を選択できるといわれています。市場全体は長期的には上昇傾向にあり、市場リスクは短期・中期投資家にとってより大きな問題であるという点も、株式の長期保有がリスクを低減すると考えられる根拠です。
反(アンチテーゼ):株式のリスクは長期保有で必ずしも小さくならない
一方で、金融規制当局などは、株式に対する時間分散の考え方に警鐘を鳴らしています。株式は常にリスクのある投資であり、長期保有しても安全になるわけではないという見方です。実際に、長期保有していても突然の暴落によって大きな損失を被る可能性があり、2008~2009年の金融危機では、20年近く株式を保有していた投資家が資産を大きく失った例がありました。投資家は長期にわたって市場にとどまる余裕があるかどうかを十分検討する必要があり、失業や医療費など予期せぬ出来事により途中で売却せざるを得なくなる場合には、長期保有の戦略が機能しない可能性があります。学術的にも、長期保有によるリスク低減は錯覚に過ぎないという批判があり、長期投資のメリットを享受するには資金の拘束や経済構造の変化といった長期的な不確実性を考慮する必要があります。
債券のリスクと満期 — 長期債ほどリスクが高い
債券における主要なリスクは金利変動リスクです。固定利付債の価格は金利と逆方向に動き、市場金利が上昇すると債券価格は下落し、金利が下がると債券価格は上昇します。特に重要なのが満期期間であり、債券の満期が長いほど金利変化によって価値が影響を受けるリスクが高くなります。長期債は金利変動の期間が長くなるため、金利上昇局面では保有期間中に価格が大きく下落する可能性があり、一般的に同種の短期債より金利変動リスクが大きいとされています。
このため、長期債は投資家に高い金利を提供してリスクに報いるものの、金利が上昇した場合の価格変動は短期債より大きくなります。他方で、投資家が債券を満期まで保有すれば、日々の価格変動は実際の損益に影響せず、最終的に利息と元本の支払いを受け取ることができます。つまり、長期債のリスクが大きいというのは、満期前に売却した場合の価格変動リスクを指しており、満期保有を前提とするならばリスクは限定的です。ただし、長期債保有中にインフレ率が想定以上に上昇すれば、実質利回りは低下します。
弁証法的総合(ジンテーゼ):時間とリスクの関係の複雑さを踏まえた投資戦略
株式については、長期保有によって短期の価格変動を平均化し、損失確率を低下させる「時間分散」効果が見られるという統計的事実があります。しかし、長期保有によるリスク低減は絶対ではなく、長期でも大きな下落が起こり得ること、将来の経済環境の変化やライフイベントにより途中売却を余儀なくされる可能性を考慮すると、「株式は長期なら安全」という単純な命題は誤りです。株式のリスクは、保有期間の長さよりも投資家のリスク許容度・流動性ニーズ・分散投資の有無に左右されます。
債券では、満期が長いほど金利変動による価格変動リスクが大きくなり、短期債より高い利率で投資家に報いる傾向があります。しかし、これは満期前に売却する場合の話であり、満期まで保有するなら価格変動リスクは大きな問題ではありません。金利水準が低い環境では長期債の価格下落リスクが高まり、金利上昇局面で大きな損失を生む可能性があります。そのため、債券投資でも「長期だから安全/危険」と一概に言えません。
結論と要約
- 株式は保有期間が長くなるほどリターンの幅が収束し、損失確率が低下する傾向があるため、長期投資家は短期的なボラティリティを受け入れつつ高いリターンを目指すことができる。
- 株式の長期投資は万能ではなく、長期でも暴落が起こり得るため、流動性やリスク許容度を考慮した適切な資産配分が不可欠である。
- 債券は固定利付であり、満期が長いほど金利変動による価格変動リスクが大きくなる。長期債は短期債より高い利回りを提供するが、金利上昇局面では価格下落幅も大きい。
- 満期保有を前提とするならば、債券の金利変動リスクは実現損失につながりにくいが、途中で売却する場合には価格変動リスクを負う点に留意する。
このように、株式も債券も「時間」によってリスクの質が変わります。株式では時間がリスクを平均化し、債券では長期ほど金利リスクが高まるという正反対の特性があるものの、どちらも単純な図式には還元できません。投資家は自らの目的とリスク許容度を踏まえ、株式と債券を組み合わせた分散投資や保有期間の管理によって適切なリスクコントロールを図ることが重要です。

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