金融緩和時代における最終防衛資産:金投資はなぜ新興国投資を凌駕するのか

はじめに

金への投資と新興国(Emerging Markets, EM)への投資は、いずれも国際的に注目されている資産クラスである。本稿では「金投資は新興国投資に勝る」という命題を弁証法的に検討する。まず金と新興国投資の性質を整理し、近年のデータや政策動向を踏まえて現状を確認する。次に、命題を支持する正(テーゼ)と反対の立場である反(アンチテーゼ)を提示し、最終的に両者を統合する合(シンセシス)を導き出す。なお、新興国は外貨準備に占める金の割合が低く、インフレや政治的リスクに弱いと指摘されていること、そして中央銀行による金購入が近年急増していること、現代の国際経済では金融緩和が広く行われていることを踏まえる。

定義と前提

金投資:金地金や金ETFへの投資を指し、利息や配当はないが、貨幣価値を超えた実物資産としてインフレヘッジや安全資産としての役割がある。標準的な研究では、長期間(40年以上)にわたり金がインフレに対して価値を保つ傾向が示され、主要な通貨と負の相関を持ち、地政学的な不確実性の際には安全資産として機能する。

新興国投資:株式や債券など新興国の資産への投資であり、経済成長による高リターンが期待される一方、政治的・経済的リスクや通貨下落リスクが大きい。新興国は外貨準備の大部分をドルやユーロなどに依存し、金の割合は低い(多くの国で10%未満)。そのためインフレや政治的リスクに脆弱であると指摘される。

現代の金融環境:パンデミック後の経済低迷と新自由主義的なマネタリズムの影響により、主要国は金利を引き下げ、量的緩和を続けている。2025年には先進国中央銀行が32回の利下げを行い、合計850bpの金融緩和となり、新興国でも3,085bpの利下げが実施される。米連邦準備制度のバランスシートは2021年の約4.2兆ドルから2022年には7.4兆ドルへ拡大し、インフレ率は2022年に9.1%と40年ぶりの高さに達した。こうした通貨膨張が金需要の背景となっている。

資料から見る現状

中央銀行の金保有の状況:ロシアの外貨準備凍結をきっかけに新興国中央銀行は金の購入を加速し、2022年以降は1,000トン以上の金が毎年買い増しされている。世界的に見ると先進国は外貨準備に占める金の比率が60〜70%であるのに対し、新興国は多くが10%未満である。中国は外貨準備のうち金保有割合が5%未満、インドは7%程度にとどまる。金への比重が小さいことは、ドルやユーロの価値下落や政治的制裁に対して脆弱となる。

金購入の理由:IMFの研究では、2000年代以降金を積極的に購入しているのは新興国だけであり、14カ国の「積極的多様化国」が確認されている。その背景には、経済・金融・地政学的不安が高まり安全資産として金を求めること、制裁により外貨資産が凍結されるリスクへの対策がある。世界金協会の中央銀行調査(2025年)では、回答者の95%が今後12か月で世界の金準備が増加すると予想し、43%が自国の金準備を増やす意向を示した。特に新興国の中央銀行ほど金購入意欲が強い。

安全資産としての金:標準的な研究は、金が長期的にインフレをヘッジし資産の価値を保持することを示す。1970年代の高インフレ期には金価格が年率35%で上昇し、2020年代前半のインフレ時にも金価格が急騰した。さらに金は特定の政府の信用に依存しないため、外貨準備が制裁で凍結されても安全に保有できる。新興国中央銀行が金を国内に移送する動きも安全性を重視したものと解釈される。

新興国投資のリターンとリスク:新興国は人口増加や都市化に伴う高成長が期待でき、株式投資などで高いリターンを得られる場合がある。しかし、政治的な不安定性やガバナンスの脆弱さが価格変動を大きくし、通貨や資本規制のリスクも存在する。金は利息を生まないが、金利上昇期には価格が下落することもある。

弁証法の展開

正(テーゼ) – 金投資は新興国投資より優れている

  • 安全資産・インフレヘッジとしての価値:金は希少性があり貨幣価値から独立しているため、インフレや通貨下落時に購買力を維持しやすい。1970年代や2020年代の高インフレ期には金価格が他の資産を凌駕した。金保有割合の高い先進国は、外貨資産の凍結やドル基軸通貨の弱体化リスクに備えている。
  • 新興国の脆弱性:新興国の外貨準備における金の割合は10%以下と低く、大半をドルやユーロに依存している。このため、インフレや政治的リスクが高まると外貨資産の価値が毀損し、財政危機に陥る可能性が大きい。金は制裁に強く、第三国が凍結できない資産であるため、リスクヘッジとして優れている。
  • 国際金融環境の変化:主要国が金融緩和を行い通貨供給を拡大しているため、紙幣の価値が希薄化している。2025年には先進国中央銀行が合計850bpの利下げを実施し、過去10年以上で最大規模の緩和となった。米国ではバランスシート拡大が進み、金購入の材料となっている。貨幣価値が下がる環境下では金が相対的に強さを発揮する。

反(アンチテーゼ) – 新興国投資の利点と金投資の弱点

  • 高成長リターンの可能性:新興国は人口増加や工業化に支えられた高成長が期待でき、株式や債券への投資は金よりも高いリターンを得る場合がある。長期的に経済成長が進むと企業利益が拡大し、資本市場が発展するため、投資家はキャピタルゲインや配当を享受できる。
  • 金の無利息・ボラティリティ:金は利息を生まないため、保有しているだけではキャッシュフローが得られない。また、金価格は金利動向に敏感であり、政策金利が急上昇すると金価格が下落する局面もある。金は安全資産といわれるが、短期的な価格変動は大きく、特に政策が引き締めに転換した際のパフォーマンス低下が指摘される。
  • 分散投資の観点:新興国投資にはリスクがあるものの、分散ポートフォリオに組み入れることでリスク調整後リターンを高めることができる。金だけに集中すると、他資産が好調な局面で機会損失が生じる可能性がある。

合(シンセシス) – バランスのある視点

  • 役割の違いを認識する:金と新興国投資は目的が異なる。金は価値保存・リスクヘッジとしての役割を担い、新興国投資は成長を取り込む役割である。両者を併用することで、ポートフォリオ全体のリスクを抑えながらリターンを高められる。
  • 新興国の金需要は成長要因:IMF研究や世界金協会の調査では、金購入を積極的に行うのは主に新興国であり、今後も外貨準備における金の比率を引き上げる意向が強い。経済規模の拡大に伴って新興国中央銀行は金保有を増やすと考えられ、これは金価格の支援材料となる。つまり、新興国投資から得られる成長利益の一部が金市場に流入し、金投資のリターンを押し上げる可能性もある。
  • 金融緩和環境の持続とリスク管理:金融緩和が長期化する場合、インフレや通貨の信頼性低下が続き、金が安全資産として選好される。一方で、利上げや金融引き締めが再開されれば新興国資産が上昇する局面が訪れるかもしれない。したがって、経済サイクルに応じて金と新興国の配分を調整する柔軟な戦略が求められる。

結論

金投資が新興国投資に「勝る」と断定するのではなく、両者の性質や役割を理解した上で適切に組み合わせることが重要である。金はインフレや地政学的不安が高まる局面で資産を守る安全弁として有効であり、特に外貨準備における金の比率が低い新興国では、その重要性が高まっている。一方、新興国投資は高成長の恩恵を受ける可能性があり、経済拡大局面では金を凌ぐリターンを提供する。現代の金融緩和環境では金の需要が構造的に増加しているものの、金のみでは長期的な資産形成に限界がある。弁証法的には、金投資の安全性と新興国投資の成長性を統合したバランス型アプローチが合理的な結論となる。

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