関税戦争の反省から生まれた秩序 ― GATT・IMF・ドル基軸

序論 – 大戦と経済ブロックの反省

1930年代の世界経済はアメリカの高関税政策(1930年のスムート・ホーリー関税法)を契機に各国が競合的な関税引き上げと輸入割当を行い、世界貿易が急減した。同法は輸入関税を約20%引き上げ、経済学者が反対を唱えたにもかかわらず導入された。その結果、2年以内に20カ国以上が同様の「隣人いじめ政策」を採用し、1929~1934年に国際貿易は65%も減少した。この貿易縮小と金本位制の硬直性は世界恐慌を悪化させ、各国を閉鎖的なブロック経済へと追いやり、ナショナリズムと軍事的対立を助長した。第二次世界大戦後、連合国は「関税やブロック経済の再発を防ぐことが平和と繁栄の鍵である」と認識し、自由貿易と国際協力の制度設計に取り組んだ。

ブレトンウッズの双子:GATTとIMF(テーゼ)

GATT – 貿易自由化の枠組み

1947年のジュネーブ会議では23カ国が関税撤廃と数量制限の廃止を目指す関税および貿易に関する一般協定(GATT)に署名した。これは国際貿易機関が設立されるまでの暫定的な取り決めと位置付けられたが、貿易自由化を促進する有力な道具となり、1995年の世界貿易機関(WTO)創設まで使用された。GATTの本質的な原則は「無差別貿易」であり、最恵国待遇条項によってある国が関税を引き下げた場合、それが全加盟国に自動的に適用された。ジュネーブ、アナシー、トーキー、ケネディ・ラウンド、東京ラウンド、ウルグアイ・ラウンドなど八回の多国間交渉を通じて、工業製品の平均関税は1947年の40%から1993年には5%未満へと大幅に下がった。ウルグアイ・ラウンドでは追加削減と農業補助金の縮小、サービス貿易協定を含む包括的な協定がまとめられ、WTOが創設された。

IMF – 為替安定を図る金融の番人

ブレトンウッズ会議(1944年)では、短期的な経常収支不均衡に苦しむ国へ資金を融通し、各国が保護主義的な政策に走らないようにするため国際通貨基金(IMF)が創設された。IMFは米ドルと金を中心とした固定為替制度の下で協議の場と流動性供給機能を提供し、為替レートの安定化を図った。現在は固定相場制が崩れた後も「危機時の金融支援機関」として機能している。IMFは具体的なプロジェクトではなく危機に直面する国へ財政支援を提供し、経済政策の調整期間を確保する。融資は危機を防ぐ予防的な金融支援も含み、適切な政策の実行を通じて民間投資家の信認を回復させ、経済安定と成長を促す。低所得国向けには無利子・長期返済の融資制度がある。

ドル基軸体制

固定為替制度の中心に据えられたのが米ドルだった。米国の巨大な経済規模と金融市場の深さ、自由な資本移動により、ドルは国際準備通貨・決済通貨として世界中で使用され続けている。連邦準備理事会の2025年版報告では、2024年にドルは公表された世界外貨準備の58%を占め、ユーロ(20%)、円(6%)、ポンド(5%)、人民元(2%)などを大きく上回った。ドルのシェアは2001年の72%からは低下したが1995年水準に戻っただけであり、対ロシア制裁後も目立った減少はない。多くの国は自国通貨をドルに連動させており、2019年時点で約半数の国が自国通貨をドルにアンカーしていると推計されている。ドル建て米国債は依然として安全資産として保有され、2025年第1四半期には発行済み米国債の32%を海外投資家(公的・民間)が保有している。

反対的視座(アンチテーゼ)

GATT/WTOへの批判と保護主義の復活

  • 貿易の不均衡と国内産業への影響:低関税と自由化は世界貿易を拡大したが、先進国では雇用流出や所得格差が拡大し、労働者層の不満が高まった。EU離脱(Brexit)や米国の2018年以降の関税政策は、この不満が政治的圧力となった例である。
  • 途上国の利益配分問題:GATT/WTO体制は豊かな先進国の利益に偏るとの批判もある。農業補助金や非関税障壁は依然として残り、南北格差が拡大したと指摘される。
  • 多国間協定の停滞:ドーハ開発アジェンダが停滞するなど、近年のWTO交渉は政治的対立により停滞し、各国は多国間協定よりも二国間・地域連携(TPP、RCEPなど)に傾斜している。この動きは多角的貿易体制への信頼低下を示す。

IMFへの批判

  • 厳しい条件と主権制約:IMF融資は構造改革や緊縮政策を求め、社会的コストや主権への干渉が問題視される。アジア通貨危機時の韓国や東南アジア諸国におけるIMFプログラムは失業と所得格差を拡大したと批判された。
  • 民主的正統性の欠如:IMFの議決権は加盟国の出資額に比例するため、新興国・途上国の発言力が不十分で、米国や欧州主要国が議決権を実質支配している。21世紀に入り、中国をはじめとする新興国はAIIBや新開発銀行などの代替機関を設立し、IMFの改革を要求している。
  • ドル中心主義の偏向:固定為替制の崩壊後もIMFはドル基軸体制を実質支える役割を持っているが、ドルの金融政策や金利変動は世界経済に大きな影響を与えるため、各国の通貨政策の独立性が制約される。特に米国が利上げを行うと新興国から資本が流出し、金融危機を招きやすい。

ドル基軸への挑戦

  • ドルシェアの徐々の低下:ドルの準備資産シェアはピーク時の72%から58%へと下降しており、ユーロや人民元、カナダドルなど多様な通貨が備えられている。金の保有比率も2015年の10%以下から2024年には23%超へ上昇し、金が備蓄代替資産として再評価されている。
  • 金融制裁と“ドルの武器化”:米国が対ロシア制裁にドル決済網を利用したため、対抗措置としてロシアや中国は人民元やルーブル建て決済を促進し、スイフト代替のCIPSやデジタル人民元を開発している。これを“デ・ドル化”の動きと見る論者もいる。
  • デジタル通貨と暗号資産:中央銀行デジタル通貨(CBDC)やドル・ステーブルコインの普及は米ドルの役割を変容させる。連邦準備理事会によれば2025年4月時点でドル連動型ステーブルコインの時価総額は約2,200億ドルに達し、一部の途上国では現金代替として使用されている。

総合(シンセーシス) – 新たな国際経済秩序へ

  1. 多極通貨体系とドルの相対的地位の維持:ドルは依然として世界最大の準備通貨であり、国際銀行間決済や商品取引の中心に位置している。しかし、ユーロや人民元、金、暗号資産といった代替手段の台頭はドル独占の時代から多極通貨体系への移行を示している。ドルは絶対的優位性を失いつつも、高い流動性・安全性・米国の地政学的影響力によって相対的優位性を保持し続けると考えられる。
  2. GATT/WTOと新自由主義の修正:世界貿易の拡大によって貧困削減や技術革新が実現した一方、国内格差や環境破壊も顕在化した。これに対し、持続可能な自由貿易への転換が模索されている。例えば、気候変動対策やサプライチェーンの安全保障を理由とする“グリーン関税”や友好国とのリショアリングが議論されている。今後の貿易体制は市場効率だけでなく社会・環境的配慮を組み込んだハイブリッド型になるだろう。
  3. IMF改革と新興国の台頭:IMFは途上国代表の発言権拡大や気候変動・パンデミック対応など新たな融資機能を整備している。またBRICS諸国が独自の決済システムや通貨バスケットを提唱しており、IMFの改革を促す圧力となっている。将来の国際金融秩序は、IMFを中心とした多国間協調と地域金融安全網(CMIMやAIIBなど)が補完し合う形に進化する可能性が高い。

まとめ

  • 過去の教訓:1930年代の高関税とブロック経済が世界恐慌を悪化させ、第二次世界大戦の一因となった。これを反省し、戦後の指導者たちは自由貿易と為替安定を重視した。
  • テーゼ:GATTは最恵国待遇と無差別原則により関税を大幅に削減し、世界貿易を拡大させた。IMFはドルと金を基軸とした固定為替制度下で短期的資金支援と協議の場を提供した。ドルは安全な準備資産として世界の外貨準備の58%を占め、依然として国際金融の基軸である。
  • アンチテーゼ:自由化の恩恵が均等に配分されず国内産業や社会に打撃を与えたことから保護主義が台頭し、WTO交渉は停滞している。IMFは厳しい条件付融資や民主的正統性の欠如で批判され、新興国は代替機関を創設。ドルの支配は徐々に低下し、金融制裁やデジタル通貨がデ・ドル化の動きを加速させている。
  • シンセーシス:国際経済は完全な自由放任から持続可能性と安全保障を考慮するハイブリッド型へ移行している。ドルは依然として中心的役割を維持するが、ユーロ・人民元・金やデジタル通貨などが存在感を高め、多極通貨体系が進展している。GATT/WTO体制とIMFは新興国の発言権拡大や新たな政策目的への対応を迫られつつ、協調と改革の中で生き残ると考えられる。

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