序論
2025年には金価格が過去に例を見ないほど上昇し、10月にはロンドン市場の午後価格で1オンスあたり4,170ドルを超える局面もありました。この急騰は単に投機熱だけでなく、世界的な地政学リスクの高まり、米国の財政・金融政策への不信感、主要通貨の価値に対する疑念など複数の要因が重なった結果です。とりわけ、各国中央銀行が外貨準備における米ドル比率を減らし金保有を増やす「脱ドル化」の動きが顕著で、2022年以降、中央銀行は毎年1,000トン超の金を購入しています。こうした背景のもと、金の役割を弁証法的に検討することは、投資家にとって有用な視座を提供します。
主張(テーゼ):金は依然として安全資産として機能する
- 地政学リスクと政策不透明性
2025年の金価格急騰を直接的に引き起こしたのは、ウクライナ戦争の長期化や中東情勢の緊張、米中対立の激化、そして米国の保護主義的政策などによる世界的な不確実性の高まりです。歴史的に見ても、戦争や国際政治の危機が深刻化すると投資家は安全資産へ資金を移し、その代表格として金が選ばれてきました。2025年には金ETFへの資金流入が久々に高水準となり、投資家需要が金価格の押し上げ要因になっています。 - 中央銀行の「脱ドル化」と積極的な金買い
トランプ政権以降の米国財政赤字や利下げ圧力を受け、米ドルの長期的価値に疑念が生じています。こうした中、中国やロシアを筆頭に多くの中央銀行が保有する外貨準備から米ドルを減らし、その分を金に振り向けています。世界金評議会の調査によれば、各国中央銀行の95%が今後12か月以内に保有金を増やすと答え、43%が自国の金準備を実際に増やす予定であると回答しています。中央銀行が買い手に回れば、需給バランスが逼迫し価格上昇圧力になります。 - インフレヘッジと通貨価値の希薄化への対抗
過去数年、米国をはじめとする主要国は財政出動や量的緩和を繰り返し、マネー供給量が急増しました。これに伴うインフレ懸念から、貨幣価値の希薄化を嫌った投資家が金を選好する傾向が強まりました。実際、インフレ期待が高まった1970年代や2020年代初頭に金価格は大きく上昇しており、金は伝統的にインフレ期の資産防衛手段として重視されてきました。 - ETFなど金融商品によるアクセスの容易化
現物の延べ棒やコインを保有するには保管料や保険料が必要で一般投資家には敷居が高いですが、金ETFの登場により低コストで金価格に連動する投資が可能になりました。2025年にはETFへの資金流入が過去最高水準に近づき、金への投資需要を底上げしています。
反論(アンチテーゼ):金は非生産的でボラティリティも高い
- 利息や配当を生まない非生産的資産
金は貨幣や株式のような配当や利息を生みません。そのため、投資家は価格上昇のみを頼りにしなければならず、機会損失が大きいことが指摘されています。特に利回りの高い債券や株式と比べると、金保有は収益を生まないため長期的な複利効果を得にくく、資産形成の「主役」にはなり得ないとする見方があります。 - 価格変動の大きさと相関関係の変化
通常は株式相場と逆相関とされる金価格ですが、2025年には株価と金価格が同時に上昇する局面が見られ、相関関係の変化が指摘されています。英スターリング大学の研究では、1987年以降の金市場のボラティリティを分析した結果、2005年以降は金が株式と同じようなリスクパターンを示し、プラチナの方が「安全資産」としての性質を保っていることが分かりました。この研究は「金の安全資産としての役割は薄れつつある」と警鐘を鳴らしています。 - 投資コストと保管コスト
金を現物で保有する場合、保管・保険に費用がかかり、ETFであっても信託報酬が引かれます。Morgan Stanleyの投資ガイドは、金や他の貴金属は短期・長期ともに価格変動が大きく、利息や配当を生まないため「現在収入を必要とする投資家には適さない」と注意を促しています。また、流動性が高いとはいえ、金価格が下落局面にある場合には売却しても元本割れのリスクがあります。 - 安全資産神話の崩壊可能性
世界的な金価格高騰は一部には投機的要因が含まれていると指摘されています。経済学者の分析では、2024〜2025年の金価格上昇の主因は経済不確実性の上昇であり、中央銀行の買い増しやインフレ期待の寄与度は限定的だと推計されました。このため、不確実性が収束すれば金価格が大きく調整するリスクがあり、歴史的にも2008年の金融危機時に一時的な売り浴びせで急落した例があることから、「有事の金」と盲信することへの批判も存在します。
統合(ジンテーゼ):金は分散の一部として位置付けるべき資産
以上のように、金は地政学リスクや通貨への不信が高まる局面で強い上昇圧力を受け、安全資産として一定の役割を果たしますが、一方で無利息・無配当であり価格変動も大きい非生産的資産であるという欠点が存在します。この矛盾を統合的に捉えるならば、金は資産運用における「脇役」としての位置付けが適切です。
- 資産分散の一要素
株式や債券が主役となる中で、全体ポートフォリオの1割前後を金に配分することで、極端な市場ストレス時の資産価値急減リスクを軽減できます。特に今後3〜5年は地政学リスクが続く可能性が高く、中央銀行の金買いも継続する見通しです。ドルコスト平均法による積み立てなど、長期的視点で少額ずつ保有することで価格変動リスクを抑えられます。 - 長期的な価値保存手段
金は数千年にわたり価値保存手段として認識されてきた歴史があります。現代でも先進国・新興国の中央銀行が準備資産として保有していることから、その普遍的価値は揺らいでいません。通貨価値の希薄化が続く限り、金は一種の「無国籍通貨」として持続的な需要があると考えられます。 - 投資戦略の一貫としての柔軟性
金への投資は現物・ETF・金鉱株など多様な手段があり、投資家の経験や目的によって選択肢が変わります。初心者や少額投資家は金ETFで手軽に価格連動のメリットを得られ、相続や長期保有を目的とする人は現物保有の利点を享受できます。ただし、いずれの場合も過度な比率にしないことが重要です。
まとめ
2025年に金価格が歴史的高値を更新した背景には、世界的な不確実性と中央銀行による脱ドル化の動き、インフレ懸念、米国金融政策への不安など複合的な要因があります。金は依然として地政学リスクに対する安全資産として機能し、中央銀行による大量購入が需給を引き締めているため、中期的には高値が続く可能性が高いでしょう。しかし、金は利息や配当を生まない非生産的資産であり、価格変動も大きく、最近では株式と同じ方向に動く傾向が指摘されています。こうした利点と欠点を踏まえると、金は長期資産形成の「主役」ではなく、分散投資の一要素として位置付けるのが合理的と言えます。資産全体の中で無理のない割合を金に振り向け、不確実性に備えつつも過度な集中は避ける――これが弁証法的な視点から導かれる合理的な投資戦略でしょう。

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