金融立国と金準備:スイスとルクセンブルクに見る中立性と外貨準備


はじめに

金(ゴールド)は価値保蔵手段として古くから利用され、中央銀行の外貨準備に占める割合はその国の政策姿勢や資本市場の性質を映します。世界有数の金融センターであるスイスとルクセンブルクは金保有量こそ大きくありませんが、外貨準備に占める金の割合が時期によって大きく変動し注目されています。本稿では、世界黄金協会(WGC)などのデータや各国の公式資料を基に、両国の金保有比率の推移を示し、金融センターとしての役割や「永世中立国」という国際法上の地位との関係を弁証法的に考察します。

外貨準備に占める金の比率の推移

世界黄金協会の資料によれば、スイスとルクセンブルクの金保有量と外貨準備に占める金の割合は次のように推移しています。数値は金価格に基づいた推計値で、最新公表値は2025年までです。

年月金保有量(トン)外貨準備に占める金の割合
2023年12月スイス1,040.07.9 %
2024年11月スイス1,039.99.4 %
2025年1月スイス1,040.010.3 %
2025年10月スイス1,039.9412.6 %
2024年12月ルクセンブルク2.26.3 %
2025年2月ルクセンブルク2.27.1 %
2025年10月ルクセンブルク2.249.60 %

上表から、スイスは金保有量をほぼ一定に保ちながら金価格の上昇と外貨準備構成の変動により比率が上昇し、ルクセンブルクは金の絶対量が小さいため外貨準備総額の変化に応じて比率が大きく変動することがわかります。

スイス:金融大国と永世中立国

金融センターとしての特徴

スイスはチューリッヒやジュネーブを中心とした世界有数の金融センターです。スイス銀行業界の団体によると、金融セクターは2023年末時点で約8兆4,000億CHF(約9兆米ドル)を運用し、その45.2 %は外国居住者による資産です。このセクターはGDPの約9 %を占め、16万人以上を直接雇用しており、世界最大の国際ウェルスマネジメント拠点として認知されています。この広大な金融ネットワークと安定したマクロ経済体制が資本逃避先としての魅力を高めており、金保有比率の変動要因にも影響を与えます。

永世中立国と金

スイスは1815年のウィーン会議(パリ条約付属文書)で永世中立国として公式に認知され、武力紛争への参加や軍事同盟への加盟を禁じられました。中立性は内政的な統合や国際的信頼の源であり、外交における仲裁や仲介の役割を支えています。この中立性は財政面にも影響し、スイスフランの信用度を高め、金融センターの安定性を支えています。

金保有政策

スイス国立銀行(SNB)は長年にわたり金保有量を1,040トン前後に固定しています。2025年9月末の中間決算報告では金の量は変わらず、金価格の上昇により評価益が生じたことが報告されています。SNB資産運用部門は金を戦略的資産配分には含めず、リスク管理の一要素として見なしていると述べています。つまりスイスは金融センターとしての信認と独自通貨の強さを背景に、多様な外貨資産を重視しつつ金を一定量保有しています。

ルクセンブルク:小国の金融センターと中立性の変遷

金融センターとしての特徴

人口約64万人のルクセンブルクは世界有数の投資ファンド拠点であり、国際銀行や保険会社など多様な金融機関が集まっています。政府広報サイトによれば、金融センターには25か国以上から120以上の国際銀行が集まり、約60,000人を雇用し約1,000億ユーロの資産を管理しています。投資ファンドの総額は5兆ユーロを超え、欧州最大かつ世界第2位の投資ファンドセンターとなっています。このような国際金融センターとしての機能が国家財政を支える点はスイスと共通します。

中立性の歴史

1867年のロンドン条約でルクセンブルクは「永久中立国」として列強の共同保証を受けましたが、その中立はドイツ軍の侵攻により度々破られました。第二次世界大戦後、政府は中立政策が侵略抑止にならなかったと判断し、国際秩序への参画を選択します。公式サイトによれば、戦後に中立を放棄し国際連合、ベネルクス、OEEC、欧州評議会、北大西洋条約機構(NATO)などの創設メンバーとなりました。現在のルクセンブルクは永世中立国ではなく、国際協調を積極的に進めています。

金保有政策

ルクセンブルク中央銀行(BCL)の金保有量は約2.2トンでほぼ一定です。外貨準備総額が小さいため、金価格や他の資産の変動によって金の比率が5 %から9 %程度の範囲で増減しています。ユーロ圏の一員で独自通貨を持たないため、外貨準備は欧州中央銀行システムの規制下で管理されています。金保有は主に金融安全弁として維持されますが、スイスのように自国通貨の信用を支える役割は小さいと考えられています。

弁証法的考察:金保有比率をめぐる論点

テーゼ:中立国・金融センターにとって金は不可欠な安全資産である

  1. 政治的独立と信任 – スイスは永世中立国として軍事同盟に属さないため、有事に外貨調達の制約を受けるリスクがあります。金は信用リスクのない資産であり、緊急時に国際決済や通貨防衛に利用できます。ルクセンブルクも小国であり地政学的リスクに脆弱なため、金保有が安全弁となります。
  2. 金融市場のショックヘッジ – スイスとルクセンブルクは世界有数の金融センターであり、金融危機や為替変動の影響を受けやすい。金は他の資産と逆相関を示すことが多く、リスク分散に寄与します。例えば2024〜2025年の金価格上昇により両国の金比率が高まり、外貨準備全体の価値を下支えしました。
  3. 国民の歴史的信頼 – スイスでは金備蓄が国家の象徴とされ、2014年には金準備を増やすべきかを問う国民投票が行われました。否決されたものの、金保有の意義が広く議論されました。ルクセンブルクでも金保有は国際金融センターとしての信用の裏付けとなります。

アンチテーゼ:過度な金依存は機会コストを高め、多様な外貨資産が重要である

  1. 金は利息を生まない – 金は利子を生まないため、保有比率を高めると投資収益率が低下します。SNBは金を戦略的配分に含めず、外国債券や株式で運用益を確保していると述べています。
  2. バランスシート拡大と比率低下 – スイスは2008年以降の為替介入や資産購入でバランスシートを大きく拡大したため、金の相対的比率が低下しました。金保有量が一定のため、金価格が上昇しても比率の影響は限定的です。金融センターとしては収益性と流動性を高めるために多様な外貨資産を持つ必要があります。
  3. ルクセンブルクのケース – ルクセンブルクはユーロ圏加盟国で独自通貨を持たないため、金保有の絶対量が小さく、比率が高く見えるのは外貨準備総額が小さいからです。政策的には投資ファンドや銀行資産の健全性、AAA格付け維持などが重要視されています。

ジンテーゼ:金融センターと中立性のバランスを取りながら金を補完的に保有する戦略

両国の政策を総合すると、金保有は政治・経済面の安全資産として重要ですが、金融センターとしての収益性と流動性を確保するため外貨資産の多様化が不可欠です。スイスは永世中立国で独自通貨を持つため金を一定量維持しつつ外国債券や株式を積極的に運用しています。一方、ルクセンブルクは中立を放棄して国際協調を進める小国であり、金融産業の安定性が国益の中心です。金保有比率は外貨準備総額の小ささから高くなりますが、政策的な重みは大きくありません。今後も金価格が上昇すれば比率はさらに上昇する可能性がありますが、両国とも金を外貨準備の一部と位置づけ、柔軟な運用を続けるでしょう。

おわりに(要約)

スイスとルクセンブルクは世界的な金融センターであり、外貨準備のあり方は金融業と国家の中立性に密接に関わっています。スイスは1815年から永世中立国として認められ、金融セクターがGDPの9 %を占める強固な金融立国です。金保有量は約1,040トンと一定ですが、金価格の上昇によって外貨準備に占める比率が2023年の約8 %から2025年末には10〜12 %へ上昇しました。SNBは金をリスク評価の一要素として扱い、多様な資産運用で収益性を確保しています。ルクセンブルクは第二次世界大戦後に中立を放棄し、NATOなど国際機関の創設メンバーとなりました。人口が少ないにもかかわらず世界第2位の投資ファンドセンターとして巨額の資金を扱い、AAA格付けを維持していることが特徴です。金保有量は約2.2トンと少ないものの、外貨準備総額が小さいため比率が2024年の約6 %から2025年末には9 %超に上昇しました。両国は金を安全資産として保有しつつ、金融立国としての収益性と流動性を高めるため外貨資産の多様化を図っていることが分かります。

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