会社役員に賃金台帳は必要か

主題の背景

  • **法定三帳簿(労働者名簿・賃金台帳・出勤簿)**は、労働基準法で従業員を雇う事業場に作成・保管が義務付けられている。賃金台帳には労働者の氏名や性別、賃金の計算期間、労働日数・時間、支給額、控除額等を支払いの都度記入する必要がある。
  • 役員は会社の経営に関わる立場であり、労働者ではなく委任契約に基づく「役員報酬」を受けるため、労働基準法では賃金台帳の作成義務から除外されている。しかし、労働契約を結び従業員の職務を兼務する場合は労働者と同様に賃金台帳の記入対象となり、役職名だけでなく実態で判断される。
  • **一人別徴収簿(源泉徴収簿)**は、給与や賞与の支給額・社会保険料控除・源泉徴収税額を個人別に記録し、年末調整や源泉徴収票作成に利用する帳簿であり、国税庁の雛形を用いて作成するが提出義務は無く、年末調整を円滑に進めるための帳簿である。賃金台帳と源泉徴収簿を兼用するフォーマットもあり、兼用する場合は税務書類としての保存期間(通常7年)が適用される。

弁証法による論考

正(テーゼ) – 「役員に賃金台帳は不要で一人別徴収簿で足りる」とする立場

  1. 労働者ではないため法定義務が無い
     労働基準法では賃金台帳の作成義務は労働者に対して発生する。役員は会社の指揮命令下で労務提供する「労働者」に該当しないため、原則として賃金台帳を作成する義務はない。
  2. 役員報酬は委任契約に基づく報酬であり残業等の記録が不要
     役員報酬は株主総会等で決定される報酬であり、労働時間や割増賃金の概念が適用されない。従って、労働日数・労働時間といった賃金台帳特有の項目を記録する必要がなく、源泉徴収簿で報酬額・控除額等を把握すれば十分という主張がある。
  3. 税務上は源泉徴収簿の整備で足りる
     一人別徴収簿(源泉徴収簿)は、給与・賞与と源泉税額を一年間個人別に記録するものであり、年末調整や源泉徴収票作成に利用される。源泉徴収簿の作成自体に提出義務は無いが、年末調整の資料として必要で、国税庁も雛形を公表し利用を勧めている。役員報酬が給与所得に該当するため源泉徴収簿に記録しておけば、賃金台帳を別途作成する必要はないという見解である。

反(アンチテーゼ) – 「役員にも賃金台帳(または同等の記録)が必要」とする立場

  1. 社会保険・税務の実務で賃金台帳に準じた管理が求められる
     社会保険労務士法人の記事は、「役員でも給与明細や賃金台帳に準じた管理が必要で、源泉徴収や社会保険手続きに活用される」と明記している。健康保険・厚生年金の被保険者となる常勤役員の場合、保険料控除額を記録する目的で賃金台帳を作成すべきだと指摘されている。
  2. 役員報酬の証拠資料として有用
     法人税法上、役員報酬は原則「定期同額給与」でなければ損金算入できない。記帳代行サイトでは、毎月同じ金額で支給している証拠を残すために賃金台帳のような支給記録を残しておくべきと助言している。家族役員への報酬など税務署が実態を疑いやすいケースでも、賃金台帳形式で支給実績を明確に示すことが重要である。
  3. 兼務役員など労働者に該当する役員も存在
     役員であっても企業と雇用契約を結び、従業員として業務を行って賃金を受け取る場合は労働者とみなされ、賃金台帳の作成対象となる。役職名ではなく実態で判断されるため、兼務役員や「使用人兼務役員」などは賃金台帳作成を怠ると是正勧告を受ける可能性がある。
  4. 賃金台帳と源泉徴収簿の兼用は可能だが役割が違う
     賃金台帳と源泉徴収簿は別の書類であり、後者は源泉所得税計算のための帳簿で提出義務はない。一方、賃金台帳は労働法令の法定帳簿であり、罰則を伴う義務がある。実務上は両者を兼用した「源泉徴収簿兼賃金台帳」が用いられるケースもあるが、賃金台帳としての必須項目が含まれていないフォーマットでは代用できない。

合(ジンテーゼ) – 双方の主張を統合する視点

  • 法的義務の範囲を踏まえ、役員の実態に合わせて柔軟に対応する
     労働基準法は労働者を保護する法律であり、役員は原則として対象外で賃金台帳の法定義務はない。しかし、役員でも従業員業務を兼務する場合や社会保険に加入する場合は労働者同様の管理が求められる。また、法人税・所得税に関する証拠資料として定期同額給与や控除額を明確に残すことが、税務調査や社会保険の算定時に役に立つ。
  • 記録は「一人別徴収簿」だけでなく、賃金台帳または役員報酬台帳で補完する
     一人別徴収簿は源泉徴収税額の計算・年末調整を目的とした帳簿であり、給与や控除額を年単位で整理できる。役員報酬額・控除額の記録がこの帳簿に含まれていれば税務上は支障がない。しかし、労働契約や社会保険の観点では、労働時間・労働日数などの情報まで含めた賃金台帳に準じた記録が求められる場合がある。よって、役員報酬台帳や源泉徴収簿兼賃金台帳といった形で、必要事項を網羅した帳簿を用意することが望ましい。
  • 実務上の推奨
     役員が労働者に該当しない場合も、税務・社会保険・株主への説明責任を考慮すると、役員報酬に関する記録を賃金台帳形式で作成し、源泉徴収簿と合わせて保存するのが安全策である。兼務役員や家族役員はもちろん、報酬額が変動する場合には特に注意し、適切な記録を残しておくことが経営上のリスク回避につながる。

まとめ

役員が賃金台帳を作成すべきかどうかは、法的義務と実務上の利便性のバランスで判断する必要がある。労働基準法上、役員は労働者ではないため賃金台帳の作成義務はない。一方で、役員報酬は給与所得として源泉徴収の対象となり、年末調整のために「一人別徴収簿(源泉徴収簿)」の作成が不可欠である。

しかし、役員が従業員の業務を兼務している場合や社会保険に加入している場合は、労働者とみなされ賃金台帳の記録が必要となる。また、税務調査や株主への説明責任を考えると、役員報酬の支給実績や控除額を賃金台帳形式で残すことが望ましく、実務上は源泉徴収簿と賃金台帳を統合した帳簿を利用するケースが多い。

従って、一人別徴収簿だけで完全に済むわけではなく、役員の実態に応じて賃金台帳または役員報酬台帳を作成することが最適解である。

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