割引率の国籍はどこに属するのか:キャッシュフロー通貨を軸とした考察


序論と基本原則

  • 割引現在価値法(DCF)では、将来キャッシュフローを現在価値に引き直すために割引率を設定する。その割引率はリスクフリー金利とリスクプレミアムで構成され、一般に10年国債利回りがリスクフリー金利として使われる。
  • ダモダラン教授は「キャッシュフローが名目値なら割引率も名目値を、実質値なら実質割引率を使うべきだ」と述べ、加えて「割引率はキャッシュフローを見積もる通貨と一致させるべきであり、企業の所在地ではなくキャッシュフローの通貨が基準になる」と強調している。

カナダ国債利回りを用いる立場(命題)

  1. キャッシュフローがカナダドル建ての場合の整合性
    多くのカナダ企業は売上・費用・税金をCADで計上しており、キャッシュフローをCADで予測するのが自然である。ダモダラン教授は「キャッシュフローが見積もられる通貨で割引率を測定すべき」と述べている。このためCAD建てキャッシュフローにはCAD国債の利回りが整合的とされる。
  2. インフレ・通貨リスクの反映
    カナダの経済環境やインフレ期待は米国と異なる。カナダ国債は国内のインフレや金融政策を反映するので、CAD建てキャッシュフローの購買力をより正確に示す。
  3. 為替リスクと計算の整合性
    CADキャッシュフローを米ドルに換算して米国金利で割引することも理論的には可能だが、カナダ金利と米国金利の差は将来の為替レートに反映される(金利平価)ため、どちらの通貨で計算しても同じ結果になる。しかし計算の一貫性を保つためにはCADで割引し最後に為替レートで換算するほうが分かりやすい。
  4. 会計報告通貨との一致
    会社がカナダドルで財務報告を行っている場合、投資家はCADで記載された数値を基準に評価するため、CAD国債利回りが自然に選択される。

米国国債利回りを用いる立場(反対命題)

  1. 米ドル建て評価の整合性
    ダモダラン教授は逆に「キャッシュフローをUSDに換算して評価する場合は米国国債利回りを使用するべきだ」とも述べている。米国市場に上場してUSDベースで分析される場合、キャッシュフローをUSDに換算して割引率も米国国債に合わせる方が一貫性がある。
  2. 投資家の基準
    米国の投資家は投資先企業を米国国債利回りを基準に評価する。カナダ企業がADRなどで米国市場に財務情報をUSDで報告する場合、米国国債利回りをリスクフリー金利とみなすことが一般的である。
  3. クロスリスティングと資本コスト
    クロスリスティングにより企業の流動性が高まり情報開示が進むことで投資家のリスク認識が改善し、資本コストが低下するという研究がある。米国規制や開示基準に従うことで投資家は企業リスクを米国基準で評価しやすくなり、米国国債利回りが基準とされることもある。
  4. USD建てでの資金調達・配当
    一部のカナダ企業は米国市場で債券や株式をUSD建てで発行し、配当もUSDで支払う。その場合キャッシュフローが実質的にUSDに連動するため、米国国債利回りを用いるほうが合理的である。

統合的考察(総合)

弁証法的に両立する考え方を統合すると、割引率にどちらの国債を用いるかは上場市場ではなく評価通貨に依存するという点にまとめられる。主なポイントは以下の通り:

  • CAD建て評価:キャッシュフローをCADで見積もり評価する場合はカナダ国債の利回りをリスクフリー金利として採用し、カナダの市場リスクプレミアムやベータを用いる。上場市場が米国であっても会計報告通貨がCADならこの方法が整合的。
  • USD建て評価:キャッシュフローをUSDに換算して評価する場合は米国10年国債利回りを用い、USDベースのリスクプレミアムやベータを使う。元のCADキャッシュフローを為替レートでUSDに変換し、割引率と通貨を揃えることで整合性が保たれる。
  • 理論的な一致:利子率平価が成立すれば、どちらの通貨で評価しても現在価値は同じになる。計算過程とリスクプレミアムの見積もりが違うだけであり、キャッシュフローと割引率の通貨を一致させることが重要である。
  • 実務的判断:企業がどの通貨で財務報告を行い、投資家がどの通貨で企業価値を認識しているかが重要である。

結論

カナダ企業の割引率に使用するリスクフリー金利は、キャッシュフローを評価する通貨に合わせるべきであり、企業所在地や上場市場だけで決めるものではない。

  • CAD建てキャッシュフローを評価するならカナダ国債利回りが妥当であり、カナダ経済のインフレや政策金利を反映できる。
  • USDベースで評価する場合や財務報告がUSD建ての場合は米国10年国債利回りを用いるのが適切。
    どちらの通貨を用いる場合でも、キャッシュフローと割引率の通貨および名目/実質の性質を揃えることが最も重要である。

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