① 金準備の過去20年の推移
テーゼ(売り手から買い手への転換)
- 2000年代の終わりまで:売り手優位 – 1990年代から2000年代前半にかけて、欧州の中央銀行を中心に金準備の売却が進み、2000年に中央銀行がネット・セラーとなった。世界金協議会は、2010年まで中央銀行が金をネット売却していたが、2010年に21年ぶりにネット買い手に転じたと述べている。この時期はドル建て資産や米国債が外貨準備の主軸であり、金の比率は低下していた。
- 2010〜2017年:穏やかな買い戻し – 金を売却していた中央銀行もリスク分散を理由に徐々に金準備を積み増し、年間購入量は平均400〜500トン程度で推移した。
アンチテーゼ(急増する買い手)
- 2018年:再評価の転機 – 世界金協議会の報告によれば、2018年には中央銀行が651トンの金を購入し、1971年以来最大となった。これは前年から74%増であり、ロシアや中国などの新興国が積極的に買い増した。
- 2022〜2025年:異例の高水準が続く – 2024年の金需要レポートによると、2022年の中央銀行の年間純購入量は1,000トン超で、記録的な1,045トンに達し、2023年(約1,051トン)・2024年(1,045トン)と続けて1,000トンを超えた。2025年は第3四半期までの累計購入量が634トンで前年より減速したものの、高水準を維持している。世界金協議会の2025年CBGR調査では、過去3年連続で年間1,000トン超の購入があり、前10年平均(400〜500トン)を大きく上回ると指摘している。
- 背景要因 – 地政学リスクや経済制裁、インフレ懸念により、ドルや米国債への依存リスクが意識され、“無国籍資産”としての金が外貨準備のなかで再評価されたと分析される。世界金協議会の調査では、回答者の95%が今後1年で世界全体の金準備が増加すると予想し、73%がドルの比率低下を見込んでいる。
ジンテーゼ(サイクルの統合)
2000年代の売却局面と近年の購入局面は矛盾しているように見えるが、金融システムの構造変化に応じたサイクルとして捉えられる。紙幣や米国債など信用資産の信認が高い時期には金の保有が抑えられ、金融危機や制裁リスクが高まると金の需要が急増する。2010年に中央銀行がネット買い手へ転換したのは、リーマン・ショック後の信用不安が背景にあり、その後の大規模緩和と負債膨張が金の役割を再び浮上させた。2022年以降の急増は、ロシアへの制裁や米中対立など地政学的分断が加速したことで金が選好されていることを示す。つまり、金準備の変化は「信用→不信→再評価」の循環を表し、外貨準備の運用における弁証法的な調整である。
② 外貨準備に占める金の割合(国別)
テーゼ(高比率国家の見方)
- 欧米主要国は高比率 – 国際通貨基金(IMF)や世界金協議会が公表する2025年9月時点のデータによれば、米国は金保有量8,133.5トンで外貨準備の**77.8%を金が占め、ドイツも3,350.2トンで77.5%**とほぼ同じ比率。イタリア(74.2%)やフランス(74.9%)も高比率であり、オランダ(68.0%)、ポルトガル(84.2%)など欧州各国が続く。ポルトガルやウズベキスタンの比率は80%を超え、金を通貨価値の支柱と位置付ける。
- 世界平均15% – 同じデータによると、世界全体で金が外貨準備に占める比率は15.2%、ユーロ圏全体では56.4%。欧米の高比率は過去の金本位制の歴史やユーロ導入時に金を裏付け資産とした経緯から来ている。
アンチテーゼ(低比率国家と多様化)
- 中国や日本は低比率 – 中国は保有量2,298.5トンに対し金比率6.7%、日本は845.9トンで**6.8%**と低い。これらの国は外貨準備が極めて大きく(日本の公式準備資産は2025年11月時点で約1.36兆ドル)、米国債など流動性の高い資産が中心であるため、金の比率は相対的に低くなる。
- 分散戦略の多様化 – 新興国でも比率のばらつきが大きい。ロシアは2,332.7トンの金で比率29.5%、トルコは50.1%と高めで、通貨防衛や米ドル依存の軽減が目的とされる。一方、インドは900トンの保有量で13%に留まり、需要は増加傾向ながら比率は抑えめである。
ジンテーゼ(比率の決定要因と動学)
- 準備総額と政策目的のバランス – 金の比率は「保有量÷外貨準備総額」に過ぎず、外貨準備が膨大な国(中国、日本など)は金の比率が低く出る。逆に、外貨準備が比較的小さい国や伝統的に金を重視する国は比率が高くなる。また、米国や欧州の主要国は過去の金保有を維持しているため比率が高いが、実際には外貨準備運用の主役は米ドル建て証券であり、金の売買は限られる。
- 流動性 vs. 安全資産の弁証法 – 高比率国家は通貨価値の信用を補完する目的で金を重視し、政治的信用力や国際制裁への耐性を高める。一方で低比率国家は、為替介入や短期資金需要に備えるため流動性の高い外貨資産を重視する。流動性と安全性のトレードオフのなかで、金比率は各国の政策目標や経済規模によって調整される。世界平均が15%前後であるのは、この弁証法的な均衡の表れと考えられる。
③ 日本の金準備の特徴
テーゼ(堅実な保有)
- 量の安定 – トレーディングエコノミクスによれば、日本の金準備は2025年第2四半期以降845.97トンで横ばい。2000年以降の平均は779.84トンであり、2000年代初めの753トンから現在まで約90トン増加したが、2011年以降はほぼ一定である。
- 公式準備資産に占める小さな比率 – 財務省によると2025年11月末時点の日本の公式準備資産は1兆3,593億ドルで、そのうち金の評価額は約1,139億ドルである。このため金の比率は8%前後となり、欧米主要国に比べて低い。外貨証券(米国債など)が約9,964億ドルと圧倒的に多く、為替介入のための流動性を重視した構成になっている。
アンチテーゼ(金比率を上げるべきか)
- リスク分散の必要性 – 円安局面や米ドル金利上昇、米国財政リスクの高まりにより、外貨準備を米国債だけに依存する危うさが指摘される。金は無国籍資産であるため、制裁リスクや通貨危機に対するヘッジとして比率を引き上げるべきだという議論が存在する。
- 流動性の制約 – 一方で、日本は最大級の外貨準備を保有し、市場介入や国際決済のため即時に利用できる流動資産が不可欠である。金は安全資産だが、売却・貸借には時間やコストがかかるため、比率を大きく上げると外貨準備の機動性が低下する。このため当局は慎重な姿勢を取っており、金の積極的な買い増しは行っていない。
ジンテーゼ(日本の戦略的立ち位置)
- 安定重視の運用 – 日本は世界第3位の経済規模を背景に、外貨準備の規模で信認を担保し、金はあくまで“最後の担保”と位置付ける。金比率は低いが、保有量自体は世界トップ10に入るため、急激に増やすインセンティブは小さい。代わりに流動性の高い米国債や預金を通じて為替市場介入に備える戦略を選んでいる。
- 今後の展望 – 地政学リスクの高まりや脱ドル化の流れが強まれば、日本も金比率を緩やかに引き上げる可能性はある。しかし、莫大な外貨準備を抱える日本にとって、金の増額は規模に対して限定的な影響しか与えない。従って、金と外貨資産を組み合わせたバランス型ポートフォリオを維持しつつ、市場環境に応じて微調整することが現実的だろう。
要約
- 金準備の推移は、2000年代のネット売却期から2010年のネット買い転換を経て、2018年に651トン、2022年以降は1,000トン超と急増した。地政学リスクや制裁の高まりが背景にあり、金は無国籍資産として再評価されている。
- 外貨準備に占める金比率は国によって大きく異なり、米国や欧州主要国では70〜80%と高いのに対し、中国や日本は6〜8%と低い。世界平均は15.2%、ユーロ圏では56.4%であり、各国は流動性と安全性のバランスをとっている。
- 日本の金準備は約846トンで安定している。外貨準備総額が1.36兆ドルと膨大であるため、金の比率は低く、流動資産を重視する戦略が採用されている。将来的な地政学リスクに備え、金比率を緩やかに調整する余地はあるものの、現状ではバランス型運用が妥当と考えられる。

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