力による秩序と市場の反応 ― ベネズエラ介入が映し出すラテンアメリカと金の再評価

問題設定

2026年1月3日、米国(トランプ政権)はベネズエラの軍事施設を地上攻撃し、同国のマドゥロ大統領夫妻を拘束して国外に移送した。この出来事を受けてラテンアメリカ株式は急騰し、またスイス政府がマドゥロ氏の資産凍結に踏み切るなど西側の強硬姿勢が明らかになった。一方、中央銀行による金買い増しや脱ドル化の流れがさらに強まり、金価格は50日移動平均線を支持線に反発している。ラテンアメリカ市場の投資機会と金市場の見通しに対する期待は大きいが、これらは果たして持続可能なのだろうか。


A.テーゼ(肯定的観点)

  1. ラテンアメリカへの資金流入と割安感
    • ベネズエラでの政権転換をきっかけに地政学リスクの低下が期待され、ブラジルやメキシコなどラテンアメリカのETFや銀行・資源関連株が大幅に上昇した。
    • 2025年中南米株式は過去最高付近にあるにもかかわらず、新興国全体に占めるウェイトは依然として低い。中国の貿易摩擦やインド・ロシアのリスクを考えると、中南米は投資対象として相対的に魅力的で、株価収益率(PER)は先進国より低い水準にある。
    • 米国に近い地理と豊富な資源は長期的な経済成長の土台となるため、体制の安定化は株価の再評価に寄与する。
  2. 脱ドル化と金需要の増大
    • スイス政府がマドゥロ氏らの資産を凍結したことは、西側諸国が政治的理由で外貨資産を凍結できることを示し、新興国にとってドル資産への依存リスクが表面化した。
    • 中央銀行は外貨準備の一部を金に振り向ける傾向を強めており、2026年は世界で年間750〜760トンの公的金購入が見込まれる。価格が過去最高付近にあっても購入は継続し、100トンの追加購入があれば金価格を1.7%押し上げるとの試算もある。
    • 金は誰の負債でもなく、政治的圧力や制裁に左右されにくい資産であるため、代替準備資産として中央銀行の需要が下支えとなる。
  3. 安全資産としての金と市場テクニカル
    • ベネズエラ情勢緊迫により金現物は1オンス4,395ドル付近まで反発し、昨年末の史上最高値4,549ドルに迫っている。
    • テクニカル面では50日移動平均線が支持線となり、下影陽線が出現するなど買い意欲の強さが示されており、バブル的な上昇が続く可能性がある。

B.アンチテーゼ(否定的観点)

  1. 米国の介入に対する法的・政治的疑義
    • ベネズエラ攻撃は宣戦布告なしに他国を武力で転覆したもので、国際法違反や米国憲法違反の疑いが指摘されている。これを理由に中露などが「力による現状変更」を正当化する恐れがある。
    • モンロー主義への回帰として中南米への介入を優先する政策は、他地域への関与縮小と引き換えに地域紛争を誘発するリスクがあり、米国自身の主導権を損なう可能性もある。
  2. ラテンアメリカ市場の脆弱性
    • 中南米市場は流動性が低く、一部は投資適格級でない格付けであり、政治・社会的不安定が続く国も多い。米国の影響力に依存しすぎると新たな資源ナショナリズムや反米感情が高まり、企業の利益成長に負の影響を及ぼすこともありうる。
    • 投資家の資金が急激に流入した後の逆回転は価格変動を大きくし、市場全体のボラティリティを高める。
  3. 金市場の過熱と需要の限界
    • 金価格は短期的に過熱感があり、実需(宝飾品需要)の減少や利上げ停止に伴う投資需要の逆風が発生すれば調整が起こり得る。
    • 世界の中央銀行の購入量は2024年に1,086トンと過去最高であったが、2025年は1,000トンへ減速し、2026年はさらに減少する可能性も指摘されている。購買量が高水準にあるとはいえ、各国財政や外貨準備の制約もあり永続的ではない。
  4. 政治的動揺と資産凍結の波紋
    • スイスの資産凍結は違法資産の流出防止を目的とするが、現ベネズエラ政府関係者には影響がないため政治的意味合いは限定的であり、実際の資金額も不明である。
    • 他国が類似の措置を拡大すれば金融市場の信頼が損なわれ、資産凍結に対する法的争いが長期化し、結果的にリスクプレミアムが高まる可能性がある。

C.ジンテーゼ(統合・展望)

  1. ラテンアメリカ市場の再評価と慎重な姿勢の両立
    • ベネズエラの体制変換が中南米全体の投資環境を改善する可能性は高い。政治改革・経済自由化が進めば、資源豊富な国々への直接投資やインフラ開発が活発化し、低バリュエーションを背景に魅力的なリターンが期待される。
    • ただし、市場の流動性不足や政策リスクを踏まえれば資産配分は段階的に行うべきであり、地域間・通貨間の分散投資が望ましい。
  2. 金の役割と長期戦略
    • 地政学的緊張や財政赤字を理由に、中央銀行・機関投資家が外貨準備の一部として金を保有する動きは続くだろう。これは金価格の下支えとなり、中長期的には4,000ドル台が新たな基準として定着する可能性がある。
    • しかし、中央銀行需要は市場全体の25%程度であり、その他の需要(ETF流入や宝飾品需要)の動向も重要である。価格が高騰し過ぎると民間需要が減退するため、長期投資家は短期的な過熱を警戒しつつ、資産全体の数パーセントを金に振り向けるという戦略が現実的だろう。
  3. 国際秩序への影響と世界の金融環境
    • 米国のベネズエラ介入は、既存の国際秩序と法規範に大きな問いを投げかけた。西側諸国が自国の判断で他国の資産を凍結する姿勢は、グローバルサウス諸国の不信感を呼び、脱ドル化や多極化を加速させる。
    • その一方で、地政学的緊張が新興国同士の連携を促し、BRICSなどの多国間枠組みを強化する可能性もある。このような構造変化は世界経済の流動性を高め、通貨・資産価格の変動を激しくするため、投資家はマクロリスクに敏感であり続ける必要がある。
  4. 日本の投資家への含意
    • 日本から見ると、ラテンアメリカへの直接投資は為替・流動性リスクを伴うが、円安や国内低金利環境を利用して分散投資する選択肢の一つとなる。
    • 金投資については、短期的な価格変動に振り回されず、長期的なインフレヘッジやドル資産の補完として保有する発想が重要である。商品価格と株式・債券の相関が低い点はポートフォリオ全体の安定化に寄与する。

最後に要約

米国のベネズエラ攻撃とマドゥロ大統領拘束という劇的な事件はラテンアメリカ市場の再評価と金価格急騰をもたらした。中南米株は長年の低評価から急反発し、新興国全体でも「米ドル離れ」を背景に資金流入が続いている。同時に、西側による資産凍結や米国の単独行動は国際法の遵守への疑問を生じさせ、新興国の脱ドル化を加速させた。各国中央銀行はドル依存のリスクを減らすため金を大量に購入し、金価格の強い下支えとなっている。

しかし、軍事介入の合法性や中南米諸国の政治・経済リスクは依然として大きく、金市場も過熱感や需要減退のリスクを抱える。市場は好機と危機が交錯する弁証法的局面にあり、投資家はラテンアメリカ株や金を含むポートフォリオを慎重に組み立て、地政学リスクと脱ドル化の動向を注視し続ける必要がある。

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