問いを鍛える学び:東京大学EMPが示す「大人のリベラルアーツ」

以下は、先ほどのレポートを引用元を省略して再現した内容です。先頭から末尾までの要点をそのまままとめています。


はじめに

東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(EMP)は2008年に開講された社会人向け講座で、従来の教養講座やMBAとは異なる「大人のリベラルアーツ」を掲げています。公式案内書によれば、EMPは日本の未来を担うエグゼクティブに「知のマネジメント・スキル」を提供する場であり、参加者の思考枠組みを一旦解体し再構築することを目指すとされています。東京大学の学術資源を総動員し、リベラルアーツとマネジメントのあり方を伝授しながら、複雑な世界を理解しつつ課題発見・課題形成能力(課題設定力)を育むことが使命です。本稿では、「大人のリベラルアーツ」という試みを弁証法(テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ)の手法で考察します。

テーゼ:EMPが提供する価値

課題設定力の獲得

EMPは課題解決よりも「課題設定力」の獲得を重視します。時代の変化により課題そのものを見出すことが難しくなっているため、先端研究者との対話を通じて本質を捉える課題設定力をリーダーに必要としています。知識量の増大ではなく、さまざまな学問領域の最先端の思考方法を理解・体得することが目的であり、最終的に目指すのは課題解決力ではなく課題設定能力です。未知の事象に対峙した際、本質を捉えて課題の形に落とし込む力がリーダーには必要であり、リベラルアーツがその訓練と位置づけられています。

幅広い学問領域による視野拡大

EMPの授業は自然科学・人文社会科学・芸術など多分野に及び、宇宙・素粒子、バイオ、哲学、宗教、法学、情報科学、伝統芸能など多様なテーマを扱います。受講生は自分の専門外の分野に触れることで「わからないことがあることを知る」姿勢が育ち、思考の幅が広がります。専門領域に閉じこもらない柔軟性が養われる点が魅力です。

対話とネットワークの醸成

参加者は25人程度の少数精鋭で、講義後には受講生主導の問いのリレーやディスカッションが行われます。修了生はEMPで培った「問いを立てる力」によって、会議などで表面的な問題解決に終わらず、課題の本質を探る姿勢が身についたと語っています。異なる価値観を持つ他者との対話を通じてリーダーシップを「問い続けること」と再定義し、倫理的判断や社会への視点を得るなど自己変革を体験したという声もあります。

自己変革の体験

ビジネスパーソンにとってEMPは自身の価値観を揺さぶる「不可逆でダイナミックなプロセス」であり、学習を通じて世界の見え方が変わると紹介されています。経験したことのない領域に触れることで、自分が井の中の蛙であったことを認識し、ニュースや本への関心が広がり、知への貪欲さが増したと修了生は述べています。また、答えのない課題を考え続けることで「わからないことがあるとわかる」感覚を得るといった効果も報告されています。

社会的意義

東京大学がMBAを開設せずEMPを設置した背景には、経営理論による「カネ儲け」ではなく国家・社会に有用な人材を育成するという理念があります。米国のビジネススクールのように細分化・専門化された学問ではなく、統合された幅広い学問を提供し課題設定能力を身につけさせることが目的です。日本人は欧米人に比べ課題設定能力が低いとされ、生成AIの普及する時代には正しい問いを立てる力がより重要になると受講生は感じています。EMPが「大人のリベラルアーツ」を通じて知の統合と課題設定力を育成する役割は社会的に大きいと言えるでしょう。

アンチテーゼ:課題と批判

学費と機会費用の高さ

EMPの学費は660万円(税込)であり、週2日半年間の講座としては日本でも最も高額な部類に入ります。修了しても学位は取得できず、一定条件をクリアした修了者に総長名の修了証が授与されるのみです。企業派遣や補助がない個人にとって経済的負担が大きく、学位取得を目的とする人には魅力が乏しいという批判があります。

厳しい時間・精神的負担

プログラム期間は約5か月で、授業は毎週金曜と土曜の9時から18時15分まで行われます。入学後のオリエンテーションは平日の連続5日間で実施され、働きながら参加するには勤務の調整が必要です。受講生の体験記では、木金に9:00–18:00までの濃密な授業と「問いのリレー」が続き、「脳みそが沸騰するような時間」と表現されています。修了生座談会では「とんでもなく大変」で課題図書の量に驚いたという声も多く、半年で約100冊の課題図書を読まなければならないため精神的な負担が大きいとされています。

実務スキルとのギャップ

EMPはビジネス実務スキルを直接習得する場ではなく、世界観や判断軸を深めるプログラムです。そのためMBAのような具体的な経営手法を学びたい人や短期的に実務能力を高めたい人には不向きです。また、答えのない課題を考え続けることに慣れていない受講生は戸惑い、実務の場に戻った際に習得した問いの姿勢が「面倒くさい」と受け取られることもあるとの意見があります。

組織との整合性の問題

EMPで身につけた質問の質にこだわる姿勢が組織内で理解されず、周囲からは厳しい目で見られる場合もあります。課題設定を重視する文化が職場に根付かないと、EMPでの学びが実務で活かしにくいという指摘もあり、エリート層に限定されたネットワークでは多様な社会層との共感が不足する可能性が指摘されています。

ジンテーゼ:総合的評価と展望

EMPは従来のビジネススクールとは異なる「大人のリベラルアーツ」を通じ、課題設定力を育てる先駆的な試みです。高額な費用や時間的負担といったハードルはあるものの、リーダー候補にとって幅広い学問知識と他者との対話から得られる洞察は価値があり、複雑な社会を生き抜く基盤となるでしょう。総合的に次の点が挙げられます。

  1. 理念の有効性 — 課題設定力はAI時代に必須であり、EMPは問題発見や正しい問いを立てる訓練の場として有用です。ただし学位や実務スキルを求める場合は別のプログラムとの併用が望まれます。
  2. 学習体験の設計 — 異分野の知識と対話を組み合わせるカリキュラムは視野を広げる反面、課題図書とスケジュールは忙しい社会人には負担が大きいので、オンライン講義や夜間コースなど柔軟な受講形態が求められます。
  3. 費用と成果のバランス — 高額な学費に見合う成果を得るには、修了後のネットワークや学びの継続が重要です。企業や官公庁が費用を負担する場合はリーダー研修として妥当ですが、個人負担の場合は奨学金や補助制度が必要です。
  4. リベラルアーツとマネジメントの融合 — リベラルアーツによる思考訓練とビジネススキルを統合する試みは他大学や企業にも参考になるでしょう。哲学や宗教に偏りすぎないよう、政策や経済、デジタル技術など現代的テーマも取り入れることで実践的なリベラルアーツが実現します。

要約

東京大学のEMPは、従来のMBAと異なりリベラルアーツとマネジメントを融合して課題設定力を養う社会人向け講座です。受講生は異分野の知識や対話を通じて自己変革や倫理的視点を得ますが、高額な学費や厳しいスケジュール、実務スキルとの乖離など課題も存在します。総合的に見ると、EMPはリーダーの視座を広げる貴重な機会であり、柔軟な受講形態や経済的支援、カリキュラムの調整によってその価値をさらに高められるでしょう。


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