前提:図表の読み取り
図は、2009年から2025年までの中国の金保有量を棒グラフで示しています。2009年の1,054トンから約10年はゆるやかな増加が続き、2014年には1,658トン、2015~2023年は1,821トンと小幅な変化にとどまります。しかし2024年・2025年に大きな上昇があり、2024年は2,192トン、2025年には2,285トンと過去最大の水準に達しています。世界的な中央銀行の金需要も2024年には記録的な高さとなり、中央銀行の金購入が世界需要の20%以上を占めました。
データと事実
| 要素 | 概要 |
|---|---|
| 中国の金準備 | 人民銀行(PBoC)は2025年1月に金準備を5トン追加し、総保有量は約2,285トンとなり外貨準備の約5.9%を占めます。2023年10月から2024年4月の18か月間で316トン増加し、2023年だけで231トン購入しました。2000年の395トンから大幅に増え、2025年第3四半期の保有量は2,303.50トンです。 |
| 中国全体の金需要 | 中国は世界最大の金輸入国で、2023年に1,400トン以上を輸入し、国内生産は375トンです。消費者(宝飾品、地金・コイン)が需要の大部分を占めます。商業銀行は貴金属保有を2016年の3,000トン超から2023年に約1,016トンへ大きく減らしました。 |
| 中央銀行の背景 | 中央銀行の金需要はロシアのウクライナ侵攻を機に急増し、2024年には世界需要の20%超を占めました。中央銀行が金を保有する主な理由は「価値の保存・インフレヘッジ」「危機時のパフォーマンス」「資産多様化」であり、「制裁への備え」や地政学的リスク回避も理由として挙げられています。 |
| ロシアの金積み立て | RANDの調査によれば、ロシアはウクライナ侵攻前の数年間に金備蓄を急増させ、2014年以降で他国より多くの金を取得し、2022年時点で2,322トン以上の備蓄を持っていました。報告では、制裁回避と国際取引維持のため金を用い、侵攻時には世界有数の金準備を持っていたとされます。 |
| 未報告購入の可能性 | 中国の金輸入量と小売需要・公表数字を比較すると、2022~2023年に1,300トン超の「行方不明」分があり、人民銀行が未報告で多くの金を買っている可能性が指摘されています。 |
弁証法的分析
1. 正(テーゼ):金備蓄は戦時準備の兆候か
- 類推としてのロシアの事例
ロシアは2014年のクリミア併合後に大規模な金準備を積み増し、ウクライナ侵攻直前には世界トップクラスの金備蓄を有していました。制裁に備え、外貨準備の米ドル依存を下げるため金を活用したとされます。このため、中国も台湾への軍事行動や米国との全面対立に備えているのではないかという見方が生まれています。 - 金の金融的役割
西側がロシアの外貨準備を凍結したことを受け、金は制裁抵抗性の高い資産として注目されています。人民銀行が金準備を増やすことで、ドル資産の凍結リスクを回避し、対外決済を維持する「戦時経済の保険」となる可能性があります。 - 未報告購入の疑念
輸入量と小売需要の差から推計すると、表に出ていない金購入が数百トン規模に上る可能性があります。公開データ以上に蓄積しているならば、外貨準備の性格を変えつつあることを示唆し、地政学的リスクへの備えと解釈できます。
2. 反(アンチテーゼ):経済多様化と国内需要が主因
- 保有比率の低さ
中国の金準備は約2,285トンに達しましたが、世界第5位であり、総外貨準備の5%程度に過ぎません。米国(8,000トン超)やドイツ・イタリアに比べればまだ少なく、過度に軍事的な解釈は行き過ぎです。 - 世界的なトレンド
ロシア侵攻後、各国中央銀行は分散投資とインフレヘッジのため金を購入しています。2024年の中央銀行の金需要は過去最高で、全体需要の20%超を占めました。中国もその一部として資産構成を見直しているにすぎず、必ずしも軍事目的ではありません。 - 国内消費が中心
中国は世界最大の金消費国で、宝飾品や地金を購入する個人需要が金市場を支えています。商業銀行が保有を大幅に減らしたことで、個人が現物金を買う傾向が強まっており、人民銀行の購入分は国内需要の一部に過ぎません。 - 人民元国際化と金融安定
米ドル支配への対抗策として、金準備を増やすことは通貨の信認向上に寄与します。特に人民元建ての国際取引やデジタル人民元を推進する上で金を裏付けとする意図が考えられます。戦争準備というより、金融システムの安定化が目的との見方もあります。
3. 合(総合):複合的な動機と戦争可能性への含意
- 複合的動機
中国が金準備を増やしている背景には、①長期的な外貨準備の多様化、②インフレや金融危機に対する保険、③米ドル制裁リスクへの備え、④国内消費・投資ニーズへの対応といった複数の要因が絡んでいます。ロシアのケースのような「戦争準備」の側面も完全には否定できませんが、それだけでは説明できません。 - 戦争可能性の評価
金準備増加だけで中国の戦争意思を判断するのは誤りです。ロシアの経験から制裁回避策として金が重要になったのは事実ですが、中国の金保有比率はまだ低く、経済全体の規模から見れば小さい。戦争の可能性を論じる際は、軍事費、外交姿勢、産業・食料備蓄、国内政治など多面的な指標を考慮すべきです。金準備の増加は地政学的緊張の高まりに対する一手であるものの、直接的な戦争準備の証拠ではありません。
まとめ
- 2009年以降、中国の公表金準備はゆっくり増加し、2024~2025年に急増して約2,285トンに達しました。公表データには含まれない金の積み立ても存在する可能性があり、実際の保有量はさらに多いかもしれません。
- ロシアはウクライナ侵攻前に金準備を大幅に積み増し、制裁下で金を経済維持の手段として活用しました。この事例から、中国の金蓄積を戦争準備と結びつける見方が生じています。
- しかし、世界的に中央銀行が金を買い増す流れがあり、金は主に価値の保存・インフレヘッジ・制裁リスク緩和のために保有されています。中国の金準備は外貨準備全体に占める比率が小さく、消費者需要や資産多様化が主な動機です。
- よって、金備蓄の増加は地政学的緊張への対応策の一つとして重要ですが、それだけで戦争の準備や意図を断定することはできません。戦争可能性を議論する際は、経済・軍事・外交を含む総合的な分析が必要です。


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