正(テーゼ):単式簿記を前提とした「国債は借金ではない」という主張
政府の歳入歳出決算書は単式簿記に基づき、現金の流れだけを記録しています。国債発行による収入は「公債金」として歳入に計上され、現金支出は歳出に記録される。この現行制度では、資産や負債の増減を同時に記録する複式簿記が採用されていないため、発行した国債が政府負債として仕訳されず、財務諸表に純資産・負債残高は示されません。国税庁の教育ページでも、歳入の約4分の1が「公債金」であり、これは国の借金であると説明しつつも歳入に分類している。そのため、貨幣発行権を持つ政府は国債をいくらでも発行でき、「政府の借金は家計の借金とは違う」「財政赤字は気にしなくて良い」と主張する声が出てくる。この議論では、国債を日銀が引き受ければ政府部門内の資産移転に過ぎず、負債ではないとされる。現実に会計帳簿に負債勘定が存在しないため、こうした主張は表面上は整合的に見える。
反(アンチテーゼ):単式簿記が負債を隠しているだけで経済的な借金は存在する
しかし、この見方には重大な欠陥がある。財政法第5条は国債の日本銀行による直接引受けを原則禁止しており、短期国庫証券や既発債の借換債など特別な場合に限って国会承認の下で例外を認めている。つまり、日銀が無制限に国債を引き受けて政府が無尽蔵に通貨を生み出すことは制度的にできない。現行の単式簿記では国債発行が歳入に計上されるが、これは単に記録方法の問題であり、経済的な負債が消えるわけではない。国税庁は公債金について「将来世代が元利金を負担する」と明記しており、国債が借金であることは政府自身が認識している。また、単式簿記では資産・負債の情報が把握しにくく、累積負債や将来負担額の不明瞭さ、投資支出の効果測定ができないなどのデメリットが指摘されている。京都市議会議員による公会計の解説でも、単式簿記では借入金や基金の取り崩しが「歳入」として記録され、実質赤字でも黒字に見えると批判されている。さらに、財務省自身も現行制度が現金主義・単式簿記であることを認めつつ、複式簿記・発生主義による財務書類の導入が課題だと述べている。国政レベルでもバランスシートが存在せず、国債資金が資産形成に使われたか、単なる消費に消えたかが分からないとの批判がある。このように、単式簿記は負債の存在を帳簿上見えなくしているだけで、将来返済すべき国債という債務が経済的に存在することは否定できない。
合(ジンテーゼ):会計制度改革と財政運営の再評価
以上のように、単式簿記に基づく現行制度は国債発行の実態を把握しづらくし、「国債は借金ではない」といった誤解を招いている。しかし、会計上の記録方法と経済的な債務の有無は別問題であり、会計制度を改善することで透明性は高められる。総務省は地方公共団体に複式簿記・発生主義を導入する新公会計制度を推進しており、その目的としてストック情報の把握や将来負債の明示を挙げている。国レベルでも資産・負債・純資産の変動を明確に示す財務書類の作成が検討されている。複式簿記の導入により、国債発行とその資金の使途を正確に仕訳することが可能になり、インフラ投資など資産形成と単なる支出を区別できる。その上で、国債発行の適正規模や財政政策の是非については、経済全体の需給状況や金利・物価といったマクロ環境を踏まえて議論すべきである。日銀による国債買入れは量的質的金融緩和の一環として行われているが、財政法の枠内で行われており、政府・中央銀行の役割分担が崩れたわけではない。単式簿記に起因する仕訳の欠如は、財政の持続可能性を判断する材料を欠くという問題であり、会計制度改革と国民への正確な情報提供を通じて克服すべきである。
まとめ
- 日本の官庁会計は現金主義・単式簿記であり、国債発行による収入は「公債金」として歳入に計上される一方、負債としての仕訳は行われない。
- 国税庁は公債金を「国の借金」と説明し、将来世代が元利金を負担すると明記している。
- 単式簿記は負債や資産の情報を把握しにくく、累積債務の見えにくさや投資効果の測定不能などの欠点が指摘されている。
- 財政法第5条は日本銀行による国債の直接引受けを原則禁止しており、日銀が無制限に国債を引き受けることはできない。
- これらの問題から、複式簿記・発生主義の導入による財務情報の透明化が求められており、新公会計制度では資産・負債のストック情報を明示する財務諸表の作成が進められている。

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