日本の労働者は一般的に勤勉で技能水準も高いと評価されますが、賃金が長期間伸び悩んできた背景には複数の構造的要因があります。以下では、研究や報道で指摘されている主な理由を挙げます。
- 生産性の低さと中小企業の多さ – 日本の労働生産性は主要先進国の中で低い。日本生産性本部の国際比較によると、2024年の就業1時間当たり労働生産性は60.1ドルで、OECD加盟38カ国中28位と下位に位置しています。国内企業の99.7%が中小企業で、労働者の約7割が中小企業で働いており、小規模で効率化が難しいため生産性が上がりにくい。デジタル化への取り組みも中小企業では遅れがちで、従業員100人以下の企業ではDXに取り組んでいる割合が約44.7%にとどまります。生産性が上がらないため、賃金原資も増えにくいのです。
- 非正規雇用の多さ – 2020~2024年の非正規雇用者比率は36~37%程度で推移し、正規社員と非正規社員の月額賃金差は10万円以上(大企業では15万2100円)に達します。非正規労働者は賃上げの対象になりにくく、平均賃金を押し下げる要因となっています。
- 人材流動性の低さ – 日本では同じ企業で長く働く傾向が強く、2024年の転職者数は331万人と増えているものの、働く人全体に占める転職者の割合は約7.2%にとどまります。転職が少ないと企業間での人材確保競争が起こりにくく、賃金引き上げの圧力も弱くなります。また、退職一時金制度や終身雇用慣行が賃上げと労働移動を抑制しているとの指摘もあります。
- 年功序列・メンバーシップ型賃金の弊害 – 日本企業の多くは職務よりも「在籍年数」で賃金が決まるメンバーシップ型の雇用慣行を採用してきました。高齢化に伴い年功序列賃金のカーブが平坦化し、2022年の賃金調査では男性の平均月収が1995年比で6%しか伸びておらず、同じ企業で30年以上勤める人や高所得者層はむしろ9%減っていることが報告されています。非正規雇用の増加により年功制を支える人材育成投資も減少し、賃金の伸び悩みにつながっています。
- 賃金交渉力の弱さと企業依存型の制度 – リクルートワークス研究所の調査では、日本の賃金決定に労働組合と使用者による団体交渉が関与する割合は20%と5カ国中最も低く、個人と会社の賃金交渉も2割程度に過ぎません。賃金がどのように決まるか「分からない」と回答した人が33%に達し、海外のように労働者が賃金を積極的に要求する文化が根付いていません。日本では新卒一括採用と終身雇用が一般的で、年功賃金体系が整備されているため、個人が賃金交渉を行う必要性が低いこと、また転職や賃金交渉を申し出ることが「空気を読まない」と捉えられがちであることも原因とされます。
- 「下方硬直性」と物価・需要の停滞 – 労働契約上、従業員と会社の合意なしに賃金を下げることはできないため、一度賃上げすると下げにくい。企業は景気が悪化した際に賃金を減額できないリスクを恐れ、大幅な賃上げに慎重になります。またバブル崩壊後の長期停滞で国内需要が伸びず、企業は利益を内部留保し、配当やボーナスで還元する傾向が強まり、基本給の引き上げが抑えられてきました。
- 高齢者・女性労働者の増加 – 労働市場には年金支給開始年齢の引き上げに伴い高齢者が残り、女性の就労も増えています。これらの層は非正規やパートタイム雇用が多く、低賃金でも就労を選ぶため全体の賃金水準が上がりにくくなっています。
- 公共サービス分野の賃金規制 – 看護・介護・保育など社会的サービスでは、サービス料金が介護保険などの制度で定められているため、賃金が需要に応じて上がりにくいと指摘されています。
このように、日本の賃金が低迷しているのは労働者の能力の問題ではなく、労働生産性の低さ、非正規雇用の多さ、労働移動の抑制、年功序列賃金などの雇用慣行、賃金交渉の文化の希薄さ、公共料金の規制など、複数の制度的・構造的要因が重なっているためです。

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