財政ファイナンスと超過準備付利:異次元緩和後の金利支配構造

問題意識

量的・質的金融緩和や「異次元緩和」により大量の日本銀行当座預金残高(準備預金)を生んだ結果、日銀は従来のように資金供給量の増減で短期金利を操作できなくなり、超過準備に付ける金利だけで無担保コールレートを誘導している――という批判である。

この主張を検討するために、まず用語の整理と制度の仕組みを確認する。

日本銀行当座預金と超過準備

準備預金制度では、対象金融機関に対し、受け入れた預金等の一定比率を日本銀行に預けること(法定準備額)が義務付けられている。法定準備額を超える残高が「超過準備」であり、日本銀行は2008年以降「補完当座預金制度」で超過準備に0.1%の利息を付けている。2016年にマイナス金利付き量的・質的緩和が導入されると当座預金は三階層(プラス・ゼロ・マイナス金利)に分割されたが、2024年3月に階層構造が廃止され、超過準備に0.1%の利息を支払う従来型へ戻った。大量の量的緩和により市中銀行は法定準備を大きく上回る超過準備を保有し、資金供給量を増減してもコールレートが変動しにくくなった。

財政ファイナンス(マネタイゼーション)の定義

「財政ファイナンス」とは、中央銀行が新たな通貨を発行して政府の国債を直接引き受け、財政赤字を穴埋めすることで、マネタイゼーションとも呼ばれる。日本では極端なインフレを招くおそれから財政法第5条で日銀による国債の直接引受けが原則禁止されており、償還国債の借換えなど例外的な場合だけ国会議決の範囲内で認められている。この禁止は、中央銀行が国債を引受けると政府の財政規律が崩れ、通貨増発が止まらなくなり悪性インフレーションを招くという歴史的経験にもとづく。欧米も同様に中央銀行の国債引受けを禁止しており、日本だけの規制ではない。

弁証法的検討

正(主張):超過準備への付利と短期金利誘導は「財政ファイナンスの結果」であり、日本独自である

ポストの趣旨は、日銀が大量の国債を購入する異次元緩和=財政ファイナンスを行ったため、銀行間市場に巨額の超過準備が生じ、資金供給量操作では金利を誘導できなくなったことへの批判である。日銀当座預金は決済手段であるとともに準備預金の役割を果たすが、量的緩和以降は残高が急増し、超過準備に0.1%を付利することで無担保コール翌日物金利の下限を設定し、政策金利を0.0〜0.1%程度に誘導している。2024年3月にマイナス金利政策が終了した際も、階層型制度を廃止して超過準備に一律0.1%の付利とし、無担保コールレートを操作している。政策金利残高への付利(かつては-0.1%)を0.2%引き上げただけでは実質の利上げは小幅であり、大量の超過準備を抱えるなかでは付利金利なしにコールレートを誘導するのは難しいとの指摘もある。このように、超過準備への付利が短期金利誘導の主手段となっているのは、量的緩和=財政ファイナンスの副作用だという主張である。

反(反論):超過準備付利は世界的に採用される政策運営手法であり、財政ファイナンスとは別問題

しかし、この見方には論点の混同がある。第一に、超過準備への付利は日本だけの制度ではない。米連邦準備制度理事会(FRB)は2008年以降、豊富な準備が残る環境で短期金利を誘導する主な手段として、準備預金残高への利息(IORB)を設定している。この方法は、短期金利と中央銀行バランスシートの規模を切り離し、大量の準備残高でも政策金利をコントロールできる利点がある。同様に、欧州中央銀行(ECB)は銀行が一晩預ける預金に付利する「デポジットファシリティ」金利を政策金利の下限として設定し、2024年の政策見直しでもこの金利を中心に金融政策のスタンスを調整する方針を示している。つまり、超過準備に利子を付けて短期金利を誘導するのは先進国で広く採用されている手法であり、日本が「財政ファイナンスをやったから導入した」のではない。

第二に、日本の量的緩和が本当に財政ファイナンスに該当するかは議論が分かれる。財政ファイナンスの典型は中央銀行が政府債務を直接引き受けることであり、日本では法的に禁止されている。日銀は国債を市場から買い入れて資金供給しているが、その目的は物価目標達成のためであると繰り返し説明し、財政赤字の穴埋めではないとしている。異次元緩和による国債大量購入が事実上財政赤字を支えているとの批判はあるものの、これをもって直ちに財政ファイナンスと断定するのは早計である。多くの専門家は、国債直接引受けが行われない限り財政ファイナンスとは言えないとの立場を取る。

第三に、金利誘導方法は付利だけに限られない。従来のように準備預金を必要最小限に保った上でオペレーションで資金供給量を調整する方法も可能であり、量的緩和縮小(バランスシート縮小)と併用することで政策金利をコールレートにより近づけることができる。日銀自身も、超過準備の金利引き上げにより政策金利を上げる方法を認めつつも、出口戦略としては国債売却による準備預金残高の削減が必要だとしている。また、準備預金制度の見直しにより金融機関の利子所得が大幅に増えることから、付利金利の段階的引き上げは国庫納付金の減少(国民負担)を招くという議論もあり、付利一本で金利誘導を継続することの問題点も指摘されている。

合(統合):量的緩和後の金融政策運営は世界的な課題であり、財政規律と物価安定のバランスが必要

以上を踏まえると、量的緩和により大量の超過準備が生じ、付利金利が短期金利誘導の主要な手段となっているのは事実である。一方で、超過準備への付利は日本独自でも財政ファイナンス特有でもなく、FRBやECBなど主要中央銀行も採用する標準的な運営方式である。財政ファイナンスの有無を巡る議論とは別に、豊富な準備とバランスシート拡大に対処する技術的手段として付利制度が用いられていると理解すべきだ。

そのうえで、日本の場合は国債保有残高が新規発行額の9割以上に達し、財政赤字をほぼ吸収しているため、市場から財政ファイナンスと見なされやすい。財政法第5条による直接引受け禁止にもかかわらず、市中での国債大量購入が「財政ファイナンスに近い」状況を生み、財政規律の緩みや将来のインフレ懸念が指摘されている。政策金利を上げる際には超過準備への付利金利を引き上げることになるが、現在の超過準備額は473兆円超であり、利上げのたびに日銀の利払い負担が数千億円単位で増加する。利払いが増えれば国庫納付金が減少し、財政を間接的に圧迫するという逆説的なリスクもある。

したがって、金融政策の正常化に当たっては、①物価安定の達成と金融システムの安定を確保しつつ、②量的緩和による巨額の準備預金を段階的に減らし、③政府は財政規律を回復させる―という総合的な取り組みが必要である。超過準備への付利はあくまで技術的なツールであり、財政赤字を恒常的に支える仕組みにならないよう、中央銀行と政府が役割分担と責任を明確にすることが重要である。

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