トランプ政権下の関税政策と影響

1. 主な関税措置の概要

  • 鉄鋼・アルミ関税(セクション232):2018年3月に発表・同月23日施行。世界各国からの鋼製品に25%、アルミ製品に10%の追加関税を課した(当初メキシコ・カナダは協議のため除外扱い)。日本・EUなど他国も原則適用対象で、除外・緩和には米通商代表部(USTR)との個別交渉が必要とされた。その後、米国はEU・日本・韓国向けに一定量までは免除するクォータ(輸入枠)制を設け、他国も協議によって関税負担の一部を免除されるようになった。
  • 対中制裁関税(セクション301):2018年7月以降、中国製品を対象に段階的に導入。第1弾(2018年7月)で約340億ドル相当品目に25%、第2弾(2018年8月)で約160億ドルに25%、第3弾(2018年9月)で約2,000億ドルに10%(2019年5月に25%に引上げ)、第4弾(2019年9月)で約1,100億ドルに10%(2020年2月に7.5%へ引下げ)の追加関税が課された。これにより、中国からのほぼ全輸入品(スマホ、電子部品、自動車部品、家具、衣料品、食品など)に高関税がかかった。米中間では互いに報復関税を課し合う「関税戦争」が続いた。
  • その他の関税措置:2018年2月には、米国内産業保護の一環で太陽光パネル(初年度30%、4年目に15%へ低減)や洗濯機(1.2百万台まで20%、超過分50%)への高率関税(セクション201)も発動された。また、米国・EU間では2018年7月に欧州製品(航空機や農産品など、約75億ドル相当)への報復関税リストが示され、両者で譲歩交渉が行われた。加えて、自動車への関税(セクション232調査)は脅しに留まり実施されなかったが、米国は輸入車に最大25%の引上げを検討して交渉材料とした。

2. 関税措置とDDP取引の関係

関税は輸入品に課せられる税金であり、通常は輸入国側(米国側)の通関時に課される。国際商業会議所(ICC)策定のインコタームズにおいて、**DDP(Delivered Duty Paid:関税込持込渡し)**は「売主(輸出者)が輸入地までのすべての費用・責任を負い、輸入時の関税等も売主が支払う」条件である。したがって、トランプ政権下で導入された追加関税も輸入関税であるため、取引条件がDDPの場合は売主側がこれら追加関税まで負担することになる。一方、FOB(Free on Board:船上渡し)やCIF(運賃・保険料込み)などの条件では、売主は輸出地までの費用を負担し、輸入通関・関税納付は輸入者(米国の買主)が行う。つまり、関税そのものはインコタームズで直接は変わらないが、関税負担がどちらに帰属するかは契約条件次第である。トランプ関税導入によって課税額が増えたが、契約がDDPでなければ原則として輸入者側が関税を支払うことになる。

3. 実務における関税負担

実際の輸出入現場では、従来からFOB等を前提とした契約が多く、関税は米国側の輸入者が支払い、その分を価格に反映させるケースが一般的だった。米国企業は追加関税分だけ販売価格を上乗せしたり、利益率を圧縮することでコストを吸収したりした。輸出者がDDP条件で関税を肩代わりする形態は少数派だった。確かに一部の中国サプライヤーはDDP付きのオファーを持ちかけ、米国輸入者に「着荷価格固定」を謳う事例もあったが、その多くは実際の通関時にインボイス価格を低く申告し関税を逃れる不正のリスク(「関税逃れ」)が指摘され、信頼性に課題があった。そのため、現場では取引条件の変更よりも、むしろ輸入者側から仕入価格の値引き要請が行われることが多かった。例えば米国の大手小売業者は値下げ交渉や代替供給先の模索を優先し、輸出者には関税分のコストアップを要求しない形を選択するケースが多かった(ある筆記具メーカーも米国取引先から「追加関税は我々が負担する」と通達されたという例もある)。つまり、実質的には米国企業が関税コストを飲み込み、その分を商品価格に転嫁する流れが広く見られた。

4. 関税負担の影響(価格・サプライチェーン・契約条件)

  • 価格への影響:追加関税により、対象品目の米国での仕入価格・販売価格は上昇した。たとえば鋼材やアルミ合金の国内価格はトランプ関税発動直後に急騰し、建設・機械・自動車など下流業界のコストを押し上げた。米消費財でも、中国製電子機器や家電の価格が高止まりし、消費者物価や小売マージンに影響を与えた。多くの分析で、輸入関税分は最終的に米国企業と消費者が主に負担し、米国国内でのモノの値上げや販売数量の減少につながったとされる。
  • サプライチェーンへの影響:米国企業は中国依存リスクを避ける動きを強め、調達先の多様化が加速した。具体的には、中国からの調達をベトナムやインド、メキシコ、カナダ、欧州などへ転換する企業が増えた。国内生産回帰や第3国経由で関税を回避する動きも見られ、在庫を積み増して価格変動に備える企業も出てきた。この結果、米中貿易額は減少し、代わりに中国以外からの輸入が増える「シフト」が起き、サプライチェーン全体の構造が変化した。一方で、中国側でも輸出先の転換(日本やEUへの輸出増強)やアジア諸国・米国以外への再輸出を通じた抜け道探しが行われた。
  • 契約条件への影響(FOB/CIF/DDPなど):関税負担の不確実性を受けて、貿易契約では関税変動時の価格調整条項や責任分担を明確に定める動きが増えた。従来どおりFOBやCIF条件としながら、契約書に「関税率変更による費用増は価格改定対象とする」「輸入国の法令改正として扱う」などの条項を盛り込む例が多い。中には輸出者側がDDP提供を提案し、関税を含む総額で価格を固定しようとする場合もあったが、実務ではむしろ輸入者側からDDPリスクを回避するためFOB継続を望むケースが多かった。また、高関税下では関税を含めた最終的な輸入原価を見越して交渉が行われ、輸入業者は価格に相当分を転嫁することを前提にサプライヤーと取引するようになった。総じて、トランプ関税の影響で契約条件の取り決めがより厳密になり、関税負担の所在を明文化することの重要性が高まった。

これらの変化により、米国との取引価格や条件設定はかつてないほど慎重に検討され、国際契約・価格交渉の在り方自体に大きな影響を与えた。貿易実務の現場では、常にインコタームズや税関制度の理解・確認が欠かせない事項となっている。

要約

トランプ政権下では、主に中国製品に最大25%の制裁関税や、世界各国からの鉄鋼・アルミ製品にそれぞれ25%と10%の追加関税を導入した。これらの関税は、輸入時に輸入者(米国企業)が原則的に負担するものであり、DDP(輸出者が関税も負担する)契約は実務上あまり一般的ではなかった。

実際の取引では、多くの米国企業が輸入コストの増加分を価格に転嫁するか、自ら利益を圧縮して対応した。DDPを提示する輸出業者もあったが、インボイス偽装などのリスクが懸念され、主流ではなかった。

結果として米国市場では価格上昇や調達先の多様化が進み、契約時の関税負担の明文化や価格調整条項が重視されるようになった。

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