2000年代:新興国株優位(定立)
1990年代末から2000年代にかけて、MSCI新興国株式指数とS&P500指数の比率は大きく上昇し、新興国株が米国株を上回る局面が続いた。これは中国のWTO加盟(2001年)以降、急成長するアジア新興国の需要拡大で原油・金属価格など資源が高騰したこと、加えて米欧の低金利・金融緩和で投資資金が新興国に流入しやすかったことが背景にある。この間、2000年の米ITバブル崩壊や2008年のリーマンショックで先進国株が低迷したのに対し、新興国株は相対的に好調を保った。こうした要因が重なり、2000年代は新興国市場の「定立」として一段高の成長を享受した時期といえる。
- 資源・コモディティ価格の高騰:新興国の経済成長により原油や鉱物の需要が急増。資源輸出国(ブラジル、ロシア、石油産出国など)の株価・通貨が上昇した。
- 中国経済の急成長とグローバル化:2001年のWTO加盟後、中国は世界の工場として急拡大し、新興国向け輸出と投資が増加。製造業のアジアシフトが進み、新興国市場全体が恩恵を受けた。
- 金融緩和とリスク選好の高まり:2000年代前半の米欧の超低金利政策で投資家は高いリターンを求め、新興国株・債券への資金流入が増加した。これにより新興国株は比較的安定的に上昇し、投資家のリスク許容度を押し上げた。
- 相対的な割安感:1990年代の混乱期を経て株価が割安だった新興国市場が見直され、新興国株への買いが強まった。
2010年代:米国株優位(反定立)
2010年代に入ると情勢は一変し、米国株式市場が圧倒的な強さを示した。スマートフォン普及やクラウド技術の発展を背景に、米国のハイテク・グロース企業(FAANGなど)が飛躍的な成長を遂げ、株価上昇の牽引役となった。リーマン危機後もFRBによる量的緩和と超低金利は継続し、米国をはじめとする株式市場を下支えした。一方で、中国経済は高度成長期から成熟期へ移行し投資が減速、2014年以降は原油安・コモディティ安も重なって新興国経済にブレーキがかかった。その結果、米ドル高・米国市場への資金シフトが進み、MSCI米国株指数は新興国株指数を大きくアウトパフォームした。
- ハイテク・グロース株の台頭:2010年代後半にはスマートフォン、クラウド、AI関連技術が急速に進化。Apple、Google、Amazonなど米IT大手の時価総額が急膨張し、米株市場全体を牽引した。
- 量的緩和と低金利政策の継続:リーマンショック後のFRBのQE(量的金融緩和)と長期低金利政策によりマネーが潤沢になり、投資家はリスク資産である株式を積極的に買い進めた。
- 米国企業の高い競争力:イノベーションを支える米企業の収益性が高く、バランスシートが強化された。GAFA以外でもバイオテクやITインフラ企業の成長が目立ち、新興国企業との成長ギャップを広げた。
- 米ドル高と資金回帰:米国景気の相対的拡大と利上げ見通しからドル高が進行した。ドル建て債務の多い新興国では財政負担が増大し不安定化が懸念されたため、投資マネーは安全資産とみなされる米国市場へ回帰した。
総合:2020年代以降の展開(総合)
2020年代に入り、市場は両者の要素を折り込む「総合」のステージへ移行しつつある。新型コロナ以降、世界的にインフレ対策のため中央銀行が利上げに転じ、金利環境が正常化方向にある。また、米中対立やパンデミックによるサプライチェーン見直しで脱グローバル化が進行し、地政学的リスクが企業戦略に影響を及ぼしている。同時に、インドや東南アジア、アフリカなど中国・米国以外の新興市場にも成長機会が広がり、多極化が進展している。こうした変化のなかで、米国の技術革新による成長力と、新興国の内需・新産業による成長可能性の両方が注目されており、新たな均衡点の形成が模索されている。
- 脱グローバル化とサプライチェーン再編:米中貿易摩擦や保護主義の台頭で企業は生産拠点の地域分散を強化。サプライチェーンが再配置され、新興国依存の構造が変化しつつある。
- 経済・人口の多極化:インドやASEANなど新興市場の人口増加とデジタル経済化が進み、BRICS拡大など多国間協力も活発化。これにより、投資機会は米中以外の市場にも広がり、内需主導の成長テーマが浮上している。
- 金融政策の転換期:コロナ前の異常低金利から脱し、各国が金融引き締めに舵を切った。高金利・高ボラティリティの環境下では、株式投資のリスクプレミアムが上昇し、ファンダメンタル重視の投資やヘッジ戦略の重要性が増す。
- 総合的な投資戦略への移行:弁証法的視点では、米国株の高成長性(テクノロジー・イノベーション)と新興国株の潜在成長(バリューや内需)が相補的に共存する。投資家は両者の特性を併せ持つ分散ポートフォリオを構築し、景気・金利サイクルに応じて動的に資産配分を見直す戦略が求められる。
要約
2000年代の新興国株高(定立)と2010年代の米国株高(反定立)という市場サイクルは、互いに相反する要因が優勢となる時期であった。弁証法的には、これらの対立が2020年代以降に新たな「総合」へと収束しつつあると考えられる。歴史から得られる投資論理は、一面的な仮説に固執せず、複数の成長ドライバーを組み合わせる視点である。すなわち、米国と新興国の両市場の強みを生かしたグローバル分散投資や、景気・金利動向に応じた柔軟な資産配分といった戦略が、これからの複雑な相場環境で重要となる。
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