イギリスの外貨準備に占める金の割合の低さと金本位制からの撤退の関係―弁証法的検討

背景:イギリスの金準備と外貨準備の現状

イギリスの外貨準備は、財務省の外為平衡勘定(Exchange Equalisation Account, EEA)とイングランド銀行(BoE)の外国通貨準備から構成される。両者は毎月公表される国際準備統計で公表され、2025年8月末時点の政府の外貨準備は2,112億ドル、イングランド銀行の外国通貨準備は478億ドルであるassets.publishing.service.gov.uk

金の保有については、BoEがロンドンにある金庫で英国と他国の金地金を保管しており、ロンドン貴金属市場協会(LBMA)規格の「グッドデリバリー」バー約40万本を預かっているstonexbullion.com。しかし、その大部分は他国や民間機関の保有分であり、英国政府自身が保有する金準備は約310トン(2024年時点)にすぎないstonexbullion.com。金準備の総量は1950年には2,543トンあったが、その後減少し、1999~2002年にはゴードン・ブラウン財務相の決定により400トン以上を売却したことが決定的だったstonexbullion.com。この売却は当時金価格が歴史的に低い水準であったため、準備を多様化し米ドル・ユーロ・円などの外貨に投資するためであるnao.org.uk。HM財務省の報告書『管理運営の公式準備』(2020年版)によると、金は英国の公式準備のわずか8%にとどまり、IMF特別引出権(SDR)が12%、その他の外国通貨資産が65%を占めるassets.publishing.service.gov.uk

金本位制の理念(テーゼ)

歴史的に、イギリスは1717年から1931年まで金本位制または事実上の金本位制を採用してきたlordslibrary.parliament.uk。金本位制では、紙幣の価値は金に裏付けられ、中央銀行は一定の価格で金と紙幣を交換する義務を負っていたlordslibrary.parliament.uk。支持者はこれによって貨幣供給が抑制されインフレが防止されると主張し、国際貿易において為替相場が固定されるため企業の予測可能性が高まるという利点もあったlordslibrary.parliament.uk

金本位制の限界と崩壊(アンチテーゼ)

しかし金本位制には重大な弱点があった。1920年代後半から世界的なデフレーションと大恐慌が進行すると、各国は金準備を維持するために利上げや財政引き締めを迫られ、国内経済が悪化した。英国も例外ではなく、為替投機によってロンドン市場から200百万ポンド以上の外貨が引き出され、BoEの金準備はわずか1億3,000万ポンドまで減少したため、1931年9月20日に政府は金本位制の運用を一時停止すると発表したnationalarchives.gov.uk。同年9月21日に金本位制が正式に停止され、金に裏付けられたポンドの兌換義務はなくなったmichaelkitson.org。経済学者キットソンによれば、金本位制のもとではデフレ政策を余儀なくされ景気後退を深刻化させたが、制度から離脱することでポンドの切り下げと低金利政策が可能となり、英国経済は需要刺激による回復路線に転じることができたmichaelkitson.org

弁証法的な統合(総合)

金準備の比率低下

英国が金本位制を放棄したことで、為替レート安定のために大量の金を備蓄する必要がなくなった。戦後のブレトンウッズ体制(ドルと金の交換)も1970年代に崩壊し、世界は変動相場制へ移行した。その後の中央銀行は、金よりも外国通貨や国債などの流動性資産を持ち、為替介入や金融政策運営に活用することが重視されるようになった。

イギリスの場合、1999年にHM財務省が金準備の約60%(415トン)を売却し、得た資金を米ドル40%・ユーロ40%・円20%の比率で再投資したnao.org.uk。この売却は金の価格が低迷していた時期に行われ、その後の金価格上昇により結果として損失と批判を招いたものの、政府は準備ポートフォリオの多様化と流動性確保を重視したnao.org.uk。2020年の報告書が示すように、公式準備における金の割合は8%であり、IMF SDRや外貨資産が圧倒的に大きいassets.publishing.service.gov.uk。2024年時点でも英国の金保有量は約310トンで横ばいであり、人口一人当たりでは4.6グラムに過ぎないと民間調査は指摘しているbullionvault.combullionvault.com

理念的連続性と断絶

テーゼである金本位制は、貨幣の信認を金に依存させることで物価安定を志向した。しかし、その厳格なルールは世界恐慌時に柔軟な金融政策を阻害し、英国経済を窮地に追い込んだ。アンチテーゼとして、1931年の金本位制放棄は緊急避難措置であったが、結果的にポンドの切り下げと低金利政策を可能にし、景気回復に寄与したmichaelkitson.org

この経験は中央銀行の役割に長期的な影響を与えた。総合として、現代のBoEは物価安定と雇用を重視するインフレーションターゲティング政策を採用し、外貨準備の運用も流動性と安全性、収益性のバランスを考えるようになった。金は価値保存資産として一定の役割を持つものの、為替相場や国際金融市場が柔軟性を持つ現代では準備資産の一部に留める方が合理的である。さらに、1999年以降の金売却やSDRの割当増加は、金準備を「ヘッジ」として維持しつつも、外貨や債券など他の資産でリスク分散を図る戦略に沿ったものであるstonexbullion.comnao.org.uk

結論

イギリスの中央銀行における金の割合が8%前後と低いことは、金本位制放棄以降の歴史的な制度転換と政策選択の結果である。金本位制下では金が貨幣価値の基盤であり、準備の大半を金で持つ必要があった。大恐慌と1931年の危機によってこの制度が崩壊し、ポンドは金への兌換義務から解放された。これによりBoEは金融政策に柔軟性を持ち、外貨準備の構成も多様化した。1999年以降の金売却はこの流れを加速させ、現在では金は外貨準備ポートフォリオの中でリスクヘッジや信用資産として補完的に位置づけられている。弁証法的にみると、金本位制の理念(テーゼ)、その弊害と崩壊(アンチテーゼ)、そして現代の多様化された準備管理(総合)という三段階の運動が、英国における金準備比率の低さを形作ったと言える。

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