政府による投資教育の推進とインフラ維持問題の弁証法的考察

1. 政府が投資教育を推進する背景

1.1 資産所得倍増プランと投資教育

岸田政権は2022年11月に「資産所得倍増プラン」を発表し、家計資金を預貯金から投資へシフトさせることを新しい資本主義の柱に位置付けた。日本の家計金融資産の過半が預金に偏っている状況を改め、株式や投資信託への投資を容易にするためにNISAやiDeCoの非課税枠を拡充し、家計金融資産所得を増やそうとしている。プランでは七つの重点施策を掲げ、その中に金融経済教育の充実と中立的なアドバイス制度の創設を含めている。投資未経験者の間で「知識不足」や制度の複雑さが投資の障壁となっているため、金融教育と専門家による助言が不可欠だと政府は認識している。

1.2 金融経済教育推進機構(J‑FLEC)

この方針に沿って、政府と関係団体は2024年4月に金融経済教育推進機構(J‑FLEC)を設立した。金融教育を受けた経験のある人は約7%にとどまり、確定拠出年金加入者への継続教育の不足や投資詐欺が社会問題となっているため、官民一体の教育体制が必要とされている。J‑FLECは一人ひとりが描くファイナンシャル・ウェルビーイングの実現を目指し、ライフプラン、家計管理、資産形成など広範な学習機会を提供し、無料相談や割引クーポンによる体験型アドバイスを行う。特に、金融商品を販売しない中立的な「J‑FLEC認定アドバイザー」制度を設け、家計管理やNISA・iDeCoに関する助言を行う専門家を育成している。J‑FLECは民間からの分担金に支えられつつ政府・日銀・金融業界が協力し、消費者教育と連携して金融リテラシー向上を国家戦略として推進している。

1.3 金融教育は投資に限定されない

労働組合系研究所は、新NISAの目的が家計の安定的な資産形成であり、投資教育が「投資だけ」を意味するわけではないと指摘する。金融リテラシーとは社会に貢献する企業を見極めて資金を託す力であり、ESG投資など責任ある資金の運用も重視されている。また、政府が資産所得倍増プランで賃金上昇と併せて金融資産所得を増やすことを求めていることから、投資教育は勤労所得を否定するものではなく、賃金と資産形成の両立を促すものと理解できる。

2. インフラ維持を巡る労働力不足と仕事の魅力低下

2.1 人口減少による人手不足

国土交通省は白書で、人口減少による労働力不足が地方公共交通やインフラの存続を脅かしていると警鐘を鳴らしている。特に橋やトンネルなど老朽化したインフラが急増する一方で、建設就業者は減少しており、働き方改革による時間外労働規制も影響して技能労働者の人手不足が深刻化している。人口減少によって生産年齢人口が減る中、点検効率化と新技術の活用が必要とされている。

2.2 賃金の低さと若手入職者の減少

建設業界では低価格入札による赤字受注などで経営環境が悪化し、技能労働者の賃金が低迷している。年齢構成は55歳以上が約3割を占める一方、29歳以下は約1割しかおらず、若年層の入職が進まず高齢化が顕著である。福利厚生の遅れもあり、待遇の悪さが若者の就業意欲を削いでいる。これにより、インフラ維持に必要な人材が確保できず、入札不調や工事不落が増えるなどの問題が顕在化している。

2.3 インフラ維持が割に合わないとされる理由

インフラメンテナンスは、長時間労働や危険な作業が多い、賃金水準が低く収入が不安定、若手が入職しない、高齢化した労働力に依存している、といった理由から「割に合わない仕事」と認識されがちである。人口減少で担い手が減る中、政府が投資教育で労働以外の収入手段を提示すると、こうした業種を避ける人が増えるのではないかとの懸念がある。

2.4 2025年改訂版「新しい資本主義」における最新施策

2025年6月に閣議決定された「新しい資本主義実行計画」の改訂版では、賃上げと投資が成長を引き出すという考え方が明確になった。金融教育では、マイナンバーと金融情報を紐付けて家計収支やライフプランを把握しやすい環境を整備し、各省庁がJ‑FLECと連携して職場での教育を進めることが掲げられた。iDeCoの拠出限度額引き上げや制度簡素化、NISA対象商品の多様化、シニアや若年層向けの教育強化など、投資を始めやすい環境を作ることが強調されている。また、労働供給制約社会でも企業の供給力を高めるため、省力化投資を推進する「賃金向上推進5か年計画」を示し、生産性向上と省人化に向けた投資を加速させる。最低賃金の全国平均1,500円を目指し、技術投資を通じてインフラ分野でも労働者の処遇改善を図る方針が示された。

3. 政府の意図を弁証法的に読み解く

3.1 正: 投資教育と家計の安定

政府は投資教育によって国民が長期・分散投資の知識を身につけ、家計の資産形成を自ら計画できるようにすることを狙っている。資産所得倍増プランが掲げる「成長と資産所得の好循環」は、家計の投資増加が企業の成長資金となり、その企業価値の向上が家計の金融資産所得を増やすという循環である。J‑FLECの取り組みは、家計管理やライフプランニングも含めた総合的な教育を提供し、投資による資産所得が勤労所得を補完することを促している。

3.2 反: インフラ労働者の減少

現実には、建設業などインフラ維持の現場で若手の入職が減り、高齢化が進んでいる。賃金水準が低く労働環境が厳しいため仕事が割に合わないと感じる人が多く、人口減少と相まって担い手不足が深刻化している。投資教育が普及して投資による収入を求める人が増えれば、低賃金で重労働の職を避ける動機が強まるとの懸念がある。実際に工事を担う事業者が不足し、入札が成立しないケースが増えている。

3.3 合: 技術革新と社会資本への投資による統合

政府はこうした矛盾を解消するため、技術革新と省力化投資を通じてインフラ維持の人手不足に対応しようとしている。AIやロボット、ドローンを用いたインフラ点検・メンテナンスの導入、施設の集約や再編によるインフラストックの適正化、生産性向上と賃金アップを目指す政策が進行中である。また、投資教育はESG投資など責任ある投資の視点を含むため、インフラ関連企業やスタートアップに資金を回し、社会資本の維持・更新を支える役割も期待される。政府は建設業の処遇改善や社会保険加入の徹底を推進しており、労働環境の改善と技術革新によりインフラ維持分野への人材流入を促そうとしている。

4. 考察と結論

政府の投資教育政策は、家計における資産形成を支援するとともに、国内投資を増やして経済成長を促すことを目的としている。J‑FLECの設立により金融教育と中立的な相談体制が整えられ、長期分散投資を身につける環境が整いつつある。これは賃金上昇による可処分所得増と合わせて家計を支えるための施策であり、投資による所得が労働所得を補完する形を目指している。一方で、建設業などインフラ維持分野では労働力不足や低賃金に起因する若手不足が続いており、投資教育の普及がこの現状をさらに悪化させるのではないかとの懸念も理解できる。

弁証法的に考えると、投資教育の推進という「正」とインフラ労働力不足という「反」は対立しつつも相互に関連し、政府は技術革新や省力化投資、処遇改善を通じて労働と資本の両面を強化する「合」を目指している。2025年改訂版の新しい資本主義計画では、マイナンバーと金融情報の連携による家計管理の高度化や、労働供給制約社会での賃金向上と省力化投資の推進が盛り込まれており、労働力不足への対応と資産形成支援を両立させようとする姿勢がより明確になった。投資教育がインフラ維持を困難にするという単純な図式ではなく、労働環境改善と技術革新を伴う長期的な政策パッケージの一環として捉えるべきである。

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