日本では、SNSにおける匿名アカウントの発信者情報をプラットフォーム事業者が他者に開示できるのは原則として「権利侵害を受けた被害者」の救済のためだけです。2024年の改正で旧プロバイダ責任制限法は「情報流通プラットフォーム対処法」に改称され、他人の権利を侵害する情報が流通した場合に、被害者がプラットフォーム事業者に対して発信者情報(氏名・住所・電話番号など)や特定発信者情報(ログイン時のIPアドレス等)の開示を求める手続を定めています。この法律の目的は誹謗中傷やプライバシー侵害の被害者を救済することであり、国税当局が税務調査のために利用者情報を請求する根拠にはなっていません。
国税当局は近年、SNSの投稿内容から無申告の所得を察知することが増えていますが、その大半は公開情報の閲覧にとどまります。税務調査の際には国税通則法74条の2以下に基づく「質問検査権」により、納税者や関係者に帳簿書類や資料の提示を求めたり、取引先や金融機関に反面調査を行ったりすることができます。しかし、この質問検査権は任意調査であり、SNS事業者に対して直接個人情報の開示を強制する権限ではありません。プラットフォーム事業者は個人情報保護法により利用者の同意なく第三者提供が禁止されていますが、同法16条3項・23条1項は「法令に基づく場合」は例外としています。したがって、税務調査に法的根拠があり裁判所の令状等で求められた場合には、事業者側は協力しなければならないことがあります。その場合でも、国税職員は国税通則法126条に基づく厳格な守秘義務を負い、取得した情報を漏えいすると懲役や罰金の対象になります。
まとめると、SNSで株の利益を公開している匿名アカウントに対し、税務署が「株で大儲けしているから」というだけの理由で直ちに発信者情報の開示を求めることはできません。SNS上の投稿は税務調査のきっかけや証拠になり得るため、納税者は正しい申告義務を果たす必要があります。税務署が本当にその人物を特定して調査するには、投稿以外の証拠や銀行・証券会社からの資料を集めたうえで正式な調査手続を行うことが必要です。権利侵害を扱う情報流通プラットフォーム対処法やプライバシー保護法制は、個人情報の開示を簡単に許容するものではないため、SNSに匿名で利益を誇示すれば「絶対にバレない」という保障はありませんが、税務当局が直ちにアカウント情報を取得できるわけでもないことを理解しておくべきです。
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