中央銀行の使命について

中央銀行の使命を弁証法的に考える際には、歴史的に形成された「狭い使命」と近年広がりつつある「広い使命」の対立を整理したうえで、両者を統合する視点が求められる。

正命題(テーゼ)—狭い使命:物価と金融システムの安定

多くの国では法令や中央銀行法に、中央銀行の目的が明記されている。たとえば日銀法は、金融政策の目的を「物価の安定を図ることによって国民経済の健全な発展に資すること」と定め、物価安定と国民経済への貢献を基本理念に置く。白川方明元日銀総裁は講演で、世界の中央銀行法制の趨勢は「物価安定」と「金融システム安定」の二本柱を中心に据えるものであり、これが中央銀行の本質的な役割であると述べている。米国連邦準備制度(FRB)の解説サイトでも、FRBの五つの主要機能の第1に「国の金融政策を遂行し、物価安定と持続可能な経済成長を促すこと」、第2に「金融システムの安定を促進すること」が挙げられる。

狭義の使命はこの二本柱を中心に、最後の貸し手として危機時に流動性を供給し、決済システムの整備を促進するなどの役割を含む。白川氏はリーマンショック後に日銀がドル資金を供給したり、社債を買い入れたりした事例を紹介し、中央銀行が金融機能の維持に積極的に関与する必要性を説いている。

反命題(アンチテーゼ)—広い使命:危機管理・気候変動・社会課題への対応

一方で2008年以降、中央銀行は金融危機やパンデミックへの対応、気候変動やデジタル化といった新たな課題にも取り組むよう求められている。SUERF政策ノートは、1990年代に重視された「物価安定を追求する独立した中央銀行」という狭いモデルから、現在では金融危機の危機管理や国債危機、気候変動への対応など幅広い任務を担うモデルへと移行していると指摘する。同ノートは、金融安定の軽視が大規模なバブル崩壊を招いた反省から、金融安定が再び最重要課題となり、デジタル化やイノベーションへの対応も求められていると述べる。こうした「使命の膨張(mission creep)」は、中央銀行の権限拡大と不可分であり、権限に見合う民主的な説明責任の確立を求めている。

金融政策以外の目標を採り込むことで、独立性と民主的正統性のバランスも揺らぐ。欧米では気候変動対策への関与を巡って議論があり、FRBのパウエル議長は「われわれの役割は気候の戦士ではない」と述べる一方、欧州中央銀行はグリーンアジェンダを積極的に推進している。イギリスの議会は量的緩和が不平等を拡大した可能性や政治的中立性への影響を調査し、中央銀行に対する議会の監視強化を提言している。

統合命題(ジンテーゼ)—複数の目標を調和させる使命と説明責任

弁証法的に両者を統合すると、中央銀行の使命は「物価と金融システムの安定」という核心を維持しつつ、金融危機や経済構造の変化に対応できる柔軟性を備えたものと位置づけられる。たとえば日銀は物価安定目標と並んで金融バランスのリスクも考慮する「柔軟なインフレ目標」を採用し、経済・物価情勢を総合的に判断して政策を運営する方針を示している。FRBも物価安定に加えて「最大雇用」という二重の責務を掲げ、金融制度の健全性維持や支払いシステムの安全性向上、消費者保護とコミュニティ開発など五つの主要機能を一体的に遂行している。

こうした広い使命を認める場合でも、独立性と民主的な説明責任の強化が不可欠である。IMFは中央銀行の独立性を政治的干渉から守るための「貴重な安定装置」と評価しつつ、独立性と説明責任は「車の両輪」であり、透明性を通じて相互補完すべきだと強調している。米セントルイス連邦準備銀行の解説も、FRBの高い独立性は大統領や議会による日々の介入を受けない仕組みに支えられているが、議会への報告や政策説明を通じて明確な説明責任を果たす義務があると述べている。

結論

中央銀行の使命は時代とともに拡張しているが、弁証法的に整理すれば以下の三点に集約される。

  1. 核心の維持 – 物価安定と金融システム安定は中央銀行の不可欠な任務であり、国民経済の健全な発展の基盤である。
  2. 変化への対応 – 金融危機や気候変動、デジタル化など新たな課題に対応するために使命は広がっており、金融政策以外の手段(マクロプルーデンシャル政策や資産買い入れなど)を活用する柔軟性が求められている。
  3. 独立性と説明責任の両立 – 広い使命の下でも政治からの独立性を保持し、透明性と情報公開を通じて国民や議会に説明責任を果たすことが、中央銀行への信頼を支える。

このように、中央銀行の使命は二項対立を超え、「安定と変革」「独立と民主的統制」の両立を図る総合的なものへと発展している。

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