第一次トランプ政権とバイデン政権の関税を弁証法的に検討する

問題意識

2017年から2021年の第一次トランプ政権は、「米国第一」を掲げ中国との貿易赤字や国内製造業の復活を目的に大規模な追加関税を導入した。2021年に発足したバイデン政権は、その多くを維持しつつ気候・安全保障・同盟国との協調を重視した「セクター別・同盟国連携型」関税政策に転換している。以下では、トランプの関税(テーゼ)、それに対する批判や影響(アンチテーゼ)、そしてバイデン政権による修正・発展(ジンテーゼ)を弁証法的に考察する。なお、本稿の記述はアジア/東京時間2025年10月2日時点の公開資料に基づく。

テーゼ:第一次トランプ政権の関税政策

a. 法的根拠と主要な関税

  • セーフガード(通商法201条) – 2018年1月23日、トランプ大統領は太陽光パネルおよび大型洗濯機に対するセーフガード関税を承認した。洗濯機関税は2023年に失効したが、太陽光パネルの関税はバイデン政権が延長した(後述)。
  • 通商拡張法232条 – 国家安全保障を理由に鉄鋼・アルミニウムに高関税を課すことを可能にする規定で、トランプ政権は中国の過剰生産能力や「国家安全保障の脅威」を理由に鉄鋼・アルミニウムに25%・10%の関税を課した。しかしこれらの金属の主な供給国はカナダやEUであり、盟友も対象となった。
  • 通商法301条 – 知的財産侵害や技術移転強制に対抗するため、中国から輸入する計5000億ドル近くの商品に25%前後の関税を段階的に課した。連邦官報による2018年の告示では、追加関税の実施と除外申請手続きの創設が述べられている。これにより米中貿易戦争が激化した。

b. 目的と主張(テーゼ)

トランプ政権は追加関税を次の理由で正当化した。

  • 国内産業の保護と雇用拡大: 232条関税が米国の鉄鋼・アルミ産業を活性化させ、投資や雇用を生んだと主張した。トランプ陣営の2025年資料は、関税によって米国のアルミ業界が救われ、生産能力の低下を防いだと述べている。
  • 貿易赤字是正と対中圧力: 301条関税は中国の知財侵害を是正し、米中貿易赤字を減らすために不可欠だとした。関税収入は財源となり、2024年末までに総額2640億ドル以上の関税収入を得た。
  • 国家安全保障: 232条関税により重要な素材の自給を確保し、軍需産業への供給を守ると強調した。

c. トランプ関税の実際の効果と批判(アンチテーゼ)

  • 関税の費用は米国輸入業者と消費者が負担: 米国国際貿易委員会(USITC)報告は、2018~2021年の232・301関税のコストを米輸入業者がほぼ全額負担しており、鉄鋼関税は輸入を24%減らす一方で価格を2.4%上昇させ、国内生産を1.9%増やしたにとどまると報告した。NBER論文も、2018–2019年の関税が輸入価格にほぼ一対一で転嫁され、米国の平均関税率を1.6%から5.4%に引き上げたと示した。
  • マクロ経済への悪影響: 税制財団の一般均衡モデルでは、2018〜2019年の関税が長期的に米国GDPを0.2%減少させ、142,000人相当の雇用を失わせると推計している。同モデルは関税が投資を抑え、資本ストックを0.1%縮小させると評価した。
  • 同盟国との関係悪化: 232条関税はカナダやEUなど主要な同盟国を標的にし、報復関税を招いた。これにより、米国製品への相殺関税や外交的緊張が高まった。関税削減を求める訴訟も相次いだ。
  • 貿易赤字・対中輸入減は限定的: 関税は米国の対中輸入を13%減らしたが、中国は生産拠点を東南アジアへ移し迂回輸出を行った。米中貿易赤字は縮小したものの貿易全体の歪みを生み、企業のコスト増加分が価格に転嫁される形で米国消費者が負担した。

ジンテーゼ:バイデン政権の関税政策とその評価

バイデン政権はトランプが残した関税の多くを維持しつつ、以下の点で修正・進化させた。

a. 継続された保護関税と協調外交

  • セクター別のターゲットと同盟国との協調: バイデン政権はEUや英国と交渉し、232条関税を全面廃止せず歴史的輸入量を無税とする関税割当(TRQ)へと転換した。2021年10月31日の米国‐EU協定は、EUからの鉄鋼・アルミ製品を一定量まで関税ゼロとし、EUの報復関税を停止することで協力を深めた。2022年3月の米国‐英国協定では英国の鉄鋼・アルミ輸入に同様の割当を設けつつ、中国資本の企業に監査義務を課した。これにより同盟国との貿易摩擦を緩和し、中国の不公正慣行への連携を強調している。
  • 太陽光パネル関税の延長・見直し: バイデン政権は2022年2月4日に太陽光パネルのセーフガード関税を4年間延長し、二面ガラス製パネル(バイフェイシャル)を一時的に免除した。しかし輸入急増を受けて2024年5月、バイフェイシャル除外を終了し、東南アジアからの輸入への24か月の猶予措置(ソーラー・ブリッジ)も6月6日に終了すると発表した。これは国内製造を保護すると同時にクリーンエネルギー政策を推進する狙いがある。

b. 4年レビュー後のセクター別関税強化

2024年5月14日、バイデン大統領は301条関税の4年レビューを終え、中国の「不公正な産業政策」に対抗するため下記のように関税率を引き上げたと発表した。

  • 鉄鋼・アルミ: 関税率を0–7.5%から25%へ引き上げ。
  • 半導体: 2025年までに25%から50%へ段階的に引き上げ。
  • 電気自動車(EV): 中国製EVの関税を25%から100%へ大幅に引き上げ。
  • EV用リチウムイオン電池・非EV用電池: 7.5%から25%へ引き上げ、非EV用電池は2026年までに実施。
  • 電池部品・重要鉱物: グラファイトや永久磁石などの鉱物や電池部品に25%の新関税を課す。
  • 太陽光セル: 25%から50%へ引き上げ。
  • 港湾用ガントリークレーン: 0%から25%へ引き上げ。

このようにバイデン政権は、特定の戦略産業に対して高関税を課す一方で、一般消費財に対する広範な関税は据え置いている。また、同盟国からの輸入多角化やサプライチェーン強靭化を狙い、製造業支援策(インフラ投資やクリーンエネルギー法)と組み合わせて運用している。USTRの4年レビューでは、301条関税が中国からの輸入を削減し、同盟国への調達を増やしている一方で、米国全体の経済福祉への影響は小さく、生産を一定程度押し上げたと評価している。

c. バイデン関税の評価と課題

  • 通商と気候政策の両立 – バイデン政権は関税を維持しつつ、気候変動対策やサプライチェーンの安全保障を優先し、主要輸入品(半導体・電池・太陽光など)の国内生産を促す政策と連動させている。これにより、単なる保護主義ではなく産業戦略として正当化している。
  • 消費者負担の継続 – トランプ関税で生じた米国消費者・輸入業者の負担は、バイデン政権でも維持されている。税制財団の試算では、関税戦争がGDPを0.2%減少させ、142,000人分の雇用が失われると推計される。バイデン政権によるセクター別関税引き上げも価格上昇をもたらす可能性がある。
  • 同盟国との協調と対中包囲網 – EU・英国とのTRQ合意やサプライチェーン協定を通じて同盟国との摩擦を抑え、中国の過剰供給や強制技術移転に対抗する国際的枠組みを築きつつある。しかし、関税自体は中国と米国の緊張を継続させ、世界貿易機関(WTO)ルールとの整合性について議論が続いている。

結論

第一次トランプ政権の関税政策は、中国の不公正慣行と米国の製造業衰退への危機感から発した。232条・301条関税によって国内産業保護と対中圧力を図る「テーゼ」が掲げられたが、研究によれば輸入価格の上昇や同盟国との摩擦、GDPへのマイナス影響といった「アンチテーゼ」が明らかになった。バイデン政権はこれらの問題を踏まえ、関税を維持しつつ同盟国との調整や産業戦略に基づくセクター別強化へと政策を進化させた。これはトランプの保護主義と自由貿易派の批判を統合し、対中政策・気候政策・同盟国協調を結びつけるジンテーゼとして理解できる。今後も関税は米中関係や世界貿易秩序の重要な交渉カードであり、国内産業育成と消費者負担のバランスを取る持続的な議論が求められる。

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