はじめに
日本で米国株に投資する場合、ドル建て資産を日本円に換算する必要があるため為替レートの変動は避けて通れません。米国株が大きく上昇しても、売却時に円高になれば利得が目減りするし、逆に米株が横ばいでも円安が進めば円建てのリターンは膨らみます。しかし、近年の米国株ブームの中には「為替の影響は気にしなくてよい」という意見があり、一方で為替変動リスクを過小評価すると危険だという立場もあります。本稿では「米国株式投資において為替は関係ない」という命題を巡って、肯定・否定の両面から検討し、最後に両者を統合する形でまとめます。
テーゼ:米国株投資では為替を気にする必要はない
- 米国株のリターンは為替を圧倒する
米国企業の競争力とイノベーションによって長期的な株価上昇が期待されるため、為替変動による影響は相対的に小さいと考えられます。S&P500指数やナスダック100指数の長期チャートは右肩上がりで、円安・円高の波を乗り越えてもドル建てリターンが大きいことが示されています。長期投資で得られる複利効果を考えれば、一時的な為替の上下動はノイズに過ぎないという考え方です。 - 円高になりにくい構造的要因
日本の政策金利は長く低位にあり、今後も急激な利上げは難しいと見られています。年金基金や保険会社などによる恒常的な海外投資も米ドル買い・円売り圧力を生んでいます。さらに日本政府は巨額の債務負担を抱えており、デフレを招くような急激な円高は望んでいません。こうした構造要因から、米ドル/円は中長期的に円安方向のバイアスがかかりやすく、「為替リスクは幻想に過ぎない」という意見もあります。 - ヘッジコストの高さ
円は米ドルより低金利であることが多く、為替ヘッジを行うと金利差に相当するコストを支払う必要があります。投資信託やETFのヘッジ付き商品ではこのヘッジコストが基準価額から差し引かれるため、長期にわたってヘッジを続けるほど累積コストは大きくなります。ニッセイ基礎研究所の分析では、米国株式に30年間投資した場合、最大の円高局面でも為替差損は約38%である一方、ヘッジコストは累計で60%程度になる可能性が指摘されています。長期投資では為替ヘッジがリターンを削るため、「為替は気にせずヘッジなしで運用する方が合理的だ」という主張につながります。 - 積立投資で時間分散が可能
毎月一定額を投資する積立投資は購入タイミングを分散するため、為替リスクも自然に分散されます。ある月に円安で割高になっても別の月に円高で割安に買えることがあり、長期間続ければ為替の平均値で購入できる効果が期待できます。このため、長期の積立投資では為替リスクは大きな障害ではないと考えられます。 - ビッグマック指数による割安感
国際購買力平価の簡易指標である「ビッグマック指数」で見ると、2025年夏時点の理論レートは1ドル=80円程度と推計されていますが、実際のドル円相場は150円前後の円安水準にあります。円は理論値から大幅に割安であるため、将来的に円高に戻るというよりもむしろ円安が常態化していると受け止める投資家も多く、「為替を恐れて米国株投資を避ける必要はない」との論拠になっています。
アンチテーゼ:為替リスクは無視できない
- 円安が演出したリターンを逆回転させる危険性
2020年以降のS&P500の円建てリターンは、円安によって大きく膨らみました。三井住友DSアセットマネジメントのレポートによれば、2020年末から2024年にかけてのS&P500円建てパフォーマンスは+139%とドル建ての+66%を大きく上回っており、その差は為替による「追い風参考記録」と指摘されています。もし米国経済が減速して株価が調整し、同時にFRBの利下げやリスクオフによって円高が進めば、日本人投資家は「米株安」と「円高」のダブルパンチを受けかねません。 - 為替変動の予測は困難
為替相場は金利差だけでなく、政策期待、物価、投機筋の動向、地政学リスクなど多様な要因で変動します。1990年代には1ドル=80円を割り込んだ円高があり、コロナ禍直後には一時1ドル=100円前後まで円高が進みました。円安が続いているからといって将来も円高が起こらないとは言えず、為替リスクを過小評価するのは危険です。 - 米株下落局面では円高になりやすい
米国景気が失速すると、FRBは利下げで景気を支えるため金利差は縮小します。また、株式市場がリスクオフになれば日本の投資家や海外投機筋が米ドル建て資産を売却し、円を買い戻す動きが出るため円高圧力が強まります。米株安と円高が同時に起こると、円建てリターンは急激に目減りします。このため、「為替は気にしなくてよい」という姿勢は危ういとする意見があります。 - 投資家の生活費は円建て
日本に住む多くの個人投資家は日常生活の支出や老後の生活費を円で支払います。資産の大部分をドル建ての米国株で保有している場合、円高が進むと資産価値の目減りが生活レベルに直結します。例えばドル円レートが150円から100円に急騰すれば、ドル建て資産の円換算額は約3割減少します。為替変動は生活防衛の観点から無視できません。 - 為替ヘッジと分散投資の必要性
松井証券や大和アセットマネジメントの解説によると、為替ヘッジにはコストがかかるものの、円高局面では損失を抑えるメリットがあります。短期的な運用や為替変動による大きな損失を避けたい場合、ヘッジ付き商品を選択することは有効です。また、米国株だけに資金を集中させず、日本株や日本公社債、不動産投資信託など円建て資産を組み合わせることで為替リスクをコントロールできます。多くの機関投資家が国内外の株式や債券をバランス良く保有しているのは、こうしたリスク管理のためです。
ジンテーゼ:為替への対応は投資目的と時間軸で異なる
- 長期投資では為替の影響は相対的に小さくなる
長期的には株価の成長率が為替より大きくなる傾向があり、積立投資による時間分散で為替変動の影響も平均化されます。米国株の競争力を信じる長期投資家は、ヘッジコストを支払ってまで為替リスクを抑える合理性が低い場合が多いでしょう。特に、日本の低金利が続く限り、ヘッジコストが累積してリターンを押し下げる可能性が高いことから、ヘッジなしで米国株に投資する方が合理的だと考えられます。 - 短期売買やリスク回避志向の投資家は為替に注意
短期的な為替変動はリターンに直結するため、数年以内に資金を必要とする投資家や為替変動による資産目減りを避けたい投資家はヘッジ付き商品を選択する意義があります。また、米国株が高値圏にあると感じる局面では円高への反転リスクも高まりやすく、株価調整と同時に円高が進む「ダブルパンチ」に備える必要があります。 - 為替リスクは「無視」ではなく「理解と管理」が必要
為替を全く気にしなくて良いという姿勢は現実的ではありません。一方で、為替の上下動を完全に予測することは不可能で、短期的な動きに振り回されるのも得策ではありません。重要なのは、自身の投資目的・期間・リスク許容度を踏まえて為替リスクとヘッジコストのバランスを考えることです。長期投資ではヘッジなしを基本としつつ、日本円建て資産への分散や必要に応じた部分的なヘッジを組み合わせることで、為替リスクとリターンを調整できます。 - 結論:為替の「重み」は人によって異なる
米国株投資における為替は完全に無関係ではありません。長期的には為替よりも企業の成長性が重要な要素ですが、投資家の生活環境や運用期間によって為替の影響は異なります。為替リスクを正しく理解し、自分の投資方針に合わせてヘッジや分散を活用することが、米国株投資を成功させる鍵となります。
要約
- 米国株式の長期投資では、株価上昇が為替変動を上回る可能性が高く、日本の低金利と構造的な円安圧力から為替リスクを過度に恐れる必要はないとの見解がある。ヘッジコストが累積するとリターンが大きく削られるため、長期保有ではヘッジなしが合理的な場合が多い。積立投資による時間分散も為替リスクを軽減する。
- 一方、米国株が調整局面に入ると、米金利低下やリスク回避により円高が同時に進むことがあり、日本人投資家は「株安・円高」のダブルパンチを受けるおそれがある。生活費が円建てである以上、為替変動による資産の目減りは無視できず、短期運用やリスクを嫌う場合には為替ヘッジや円建て資産への分散が有効となる。
- 為替を完全に無視するのではなく、投資期間やリスク許容度に応じてヘッジコストとのバランスを検討し、米国株投資と合わせて日本株や日本債券などへ資産を分散させることが重要である。
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