問題の背景
2025年10月10日、米国のドナルド・トランプ大統領は、11月1日から中国からの輸入品に対して既存の関税に加え100%の追加関税を課すと表明し、重要なソフトウェア輸出にも制限をかけると発言しました。この強硬姿勢は中国が希土類製品への輸出規制を拡大したことへの対抗措置であり、市場は急落しました。S&P500指数は2.7%、ナスダック総合指数は3.56%下落し、数か月ぶりの大幅安となりました。また、トランプ氏は習近平国家主席との会談を取りやめる可能性にも言及し、世界の供給網や企業収益に対する懸念が高まりました。
しかしその2日後、トランプ氏はSNSで「中国は心配しなくてよい。習主席も不況を望んでおらず、私も同様だ。米国は中国を助けたいのであって傷つける意図はない」と書き込み、態度を軟化させました。この発言を受け、欧米の株式先物は反発し、世界市場には安堵感が広がりました。
さらに、現在の米国株式市場は歴史的に高い水準にあります。S&P500指数のトレーリング・PERは約28倍と、1950年以降の中央値(約17倍)や1980年以降の中央値(約20倍)を大きく上回り、ドットコム・バブル期に近い水準です。高成長期待や利下げ観測が株価を支えていますが、企業利益の伸びが鈍化すれば割高感が一段と意識される可能性があります。
テーゼ:強硬な関税政策と市場の脆弱性
トランプ氏の100%追加関税発言は、米中間の貿易摩擦を一気に激化させるものでした。希土類の輸出管理を拡大した中国に対して米国が対抗措置をとれば、電気自動車や航空機、軍需産業など幅広い分野で供給網が混乱し、インフレ圧力が高まる恐れがあります。実際に発表直後、米国株は大幅に下落し、AI関連や半導体企業が特に売られました。市場関係者は「世界第1位と第2位の経済大国が再び衝突した」ことを理由にリスク資産を即座に手放し、ボラティリティ指数(VIX)は数か月ぶりの高水準に急伸しました。これは、グローバル経済が米中関係の影響にいかに敏感かを示しています。
また、企業収益への影響も無視できません。関税負担は最終的に米国企業や消費者に転嫁されるため、利益率が圧迫され、今年後半の業績見通しが下方修正されるリスクがあります。S&P500のPERが既に高水準であることを踏まえると、わずかなネガティブ材料でも投資家心理が急変しやすく、「割高な上昇相場」のぜい弱さが露呈しました。
アンチテーゼ:交渉術としての柔軟姿勢と市場の回復
一方、トランプ氏は週末に入ると「中国を傷つける意図はない」「米国は中国を助けたい」といった conciliatory なメッセージを発信しました。これは中国側との交渉を進めるための布石であり、11月予定の首脳会談へ向けた駆け引きとも受け取れます。米中は5月に一時停戦し、30%程度まで引き下げた関税を維持してきたため、追加関税はあくまで交渉カードとして使われる可能性が高いという見方もあります。
この発言を受けて、欧州株や米株先物は反発し、金価格は過去最高水準にあるもののリスク資産にも買い戻しが入りました。S&P500やナスダック総合指数は大引けの時点でも50日移動平均線や長期トレンドラインを維持しており、テクニカル面での損傷は比較的軽微と分析されました。これには、実際の追加関税が発効するまで時間があり、クリスマス商戦向け在庫が既に通関済みで今年の消費には影響が限定的といった要因もあるでしょう。市場には「交渉によって事態は収束する」という期待が残り、過度な悲観からは距離を置く動きが出ました。
総合:貿易交渉と割高な株式市場の危うい均衡
米中貿易戦争は、強硬な措置と融和的な発言が交互に繰り返される「弁証法的」な過程を辿っています。トランプ政権は、希土類や先端技術で競争力を強める中国に圧力をかける一方、交渉の余地を残すことで合意を引き出そうとしています。中国も対抗措置をちらつかせつつ、全面衝突を避ける姿勢を見せています。この駆け引きは今後も続くと思われ、短期的には市場にボラティリティをもたらすでしょう。
ただし、根底にあるのは米国株式の割高なバリュエーションと景気の成熟です。PERが歴史的水準を大きく超える中で金利が高止まりし、貿易摩擦や政局、景気減速といった不確実要因が重なると、わずかなネガティブニュースでも大きな調整が起こり得ます。一方で、投資家は利下げや企業収益の成長に期待し、押し目買いを狙う姿勢も強く、相場は上昇と下落を繰り返す可能性が高いです。
要約
2025年10月、トランプ大統領は中国の希土類輸出規制に対抗する形で11月1日から100%の追加関税を課すと発表し、市場は急落した。しかし週末に入ると「中国を助けたい」と態度を軟化させ、株式先物は反発した。こうした強硬姿勢と融和的発言は交渉術の一環であり、市場はその都度大きく振らされる。しかもS&P500のPERは約28倍と歴史的高水準で、企業利益の伸びが鈍化すれば割高感が一気に意識される恐れがある。このため、米中交渉が妥結に向かっても株式市場の脆弱性は残り、慎重な見通しが求められる。
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