金鉱株の「出遅れ」というテーマは、ゴールド市場を巡る議論の中でも特に関心を引く。エゴン・フォン・グライアーツ氏は、金価格が急騰しているにもかかわらず金鉱株が金に比べて割安に放置されていると指摘した。しかし、彼は資産防衛の観点から現物を優先し、株式への投資は限定的にすべきだと強調する。ここでは、金鉱株の評価をめぐる肯定的な論点と否定的な論点を対置し、最終的な折衷を試みる。
テーゼ:金鉱株は依然として大きな上昇余地がある
- 金価格の上昇に比べ株価が遅れている
ブラックロックのエヴィ・ハンブロ氏によれば、2025年の金価格はトロイオンスあたり4,000ドル台に達したものの、多くの金鉱株は2倍程度の上昇にとどまっている。証券会社のモデルでは長期金価格を2,200〜2,400ドル程度で設定しているため、現在の高値が長期的に維持されると仮定すれば株価には大幅な上方修正余地がある。 - マージンとキャッシュフローが過去最高水準
金価格が高水準にある一方で、燃料価格や人件費の上昇は比較的抑制されており、採掘企業の利益率は過去にないほど高い。投資家はバリック・ゴールドやニューモントなどの大手企業がこの恩恵を享受していることを指摘しており、株価にそれが十分反映されていないと考えられている。 - アクティブ運用ファンドの分析
ETF「GBUG」などの説明では「鉱山株は過去のブル相場と比べて依然低水準にあり、今後キャッチアップが期待できる」としている。 - 投資家層の薄さ
多くの機関投資家が依然として金鉱株の長期的な収益性に懐疑的であり、投資資金の流入が少ないことが割安状態の要因となっている。この点は逆張り投資家にとって魅力的な要素とされる。
アンチテーゼ:金鉱株投資には固有のリスクがある
- 株式は金融システムの内部にある
フォン・グライアーツ氏が強調するように、株式は既存の金融システムに組み込まれており、政府の資本規制や強制的な資産没収の影響を受けやすい。銀行閉鎖や口座凍結が起きた場合、株式を自由に換金できる保証はない。 - 鉱山企業の業務リスク
採掘業は環境規制の強化、鉱山労働者の賃上げ、設備老朽化、採算性の悪い鉱脈の枯渇など多様なリスクに晒される。また多くの企業は金以外の金属も採掘しており、銅や銀の価格下落が収益を圧迫する可能性がある。地政学リスク(鉱山国の政変や徴税強化)も株価の変動要因となる。 - 市場全体のボラティリティに連動
株式市場が大きく下落した場合、金鉱株は金価格と関係なく売り浴びせられることがある。金価格が上昇していても株価が連動しないことがあり、現物ゴールドのように価値保存機能を期待するのは難しい。 - 利益の持続可能性への懸念
現在の高利益率は金価格の急上昇と低コスト環境がもたらした一過性のものかもしれない。環境対応コストや税負担の増大、労働争議により利益が急速に縮小する懸念もあり、株価が「過剰収益」を織り込んでいるとの指摘もある。
総合(ジンテーゼ):現物資産を基盤としつつ限定的に利用する
金鉱株が金に比べて割安であるという主張には一定の説得力があり、金価格が高値を維持すれば採掘企業の利益は高水準で推移する可能性がある。また、保有株式が少数であれば投機的なリターンを享受できる余地も大きい。ただし、これらのメリットは株式市場のボラティリティや鉱業特有のリスクに晒されており、資産保全を目的とした投資対象には向かない。
フォン・グライアーツ氏の指摘は、この矛盾を踏まえた現実的な折衷案といえる。彼は金鉱株を完全に否定しているわけではなく、「現物ゴールドの保有額に比べてわずかな割合」で保有することを推奨している。つまり、資産防衛の主軸は金・銀などの現物に置き、株式投資は上昇局面を狙う補完的な手段とするのが合理的だろう。投資家は個々の鉱山企業の財務状況や採掘ポートフォリオ、地政学リスクを慎重に分析し、分散投資を心がけることが重要である。
要約
- 割安論:金価格が史上最高値圏にあるにもかかわらず、多くの金鉱株は長期的な金価格を2,200〜2,400ドル程度で見積もる市場の前提に基づき評価されており、高収益が株価に織り込まれていない。大手ETFやアナリストは「金鉱株にはまだ大きな上昇余地がある」と指摘している。
- リスク論:鉱山企業は市場の変動や規制、地政学リスクに加え、多くの場合金以外の鉱物に依存しているため、金価格が上昇しても株価が必ずしも上がらない。さらに株式は金融システムの外に逃れられず、資本統制の影響を受けやすい。
- 結論:金鉱株の割安感には魅力があるが、資産保全を重視するなら現物ゴールドを基盤とし、金鉱株は投機的ポジションとして少額に留めることが望ましい。
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