ドル覇権の揺らぎと円の構造的弱体化

テーゼ(円高が戻る可能性)
米国のインフレ鈍化や景気減速に伴う利下げ観測、また日銀がマイナス金利解除後に段階的に政策金利を引き上げる見通しが広がる中、日米金利差は縮小傾向にあります。実際、2025年夏時点の報告では「円の対米ドル相場は日米金利差の縮小を反映しながら増価する」とし、世界的なドル離れの動きが円需要を一定程度支えるとの見方もあります。米国トランプ政権の関税政策が引き金となった米ドル下落の局面では、各国の外貨準備に占めるドル比率が2025年6月末に56%台と過去最低水準となり、ドル優位に陰りが見え始めました。この間、日本の大手銀行は2025年末のドル円相場を「140円台前半」とする穏やかな円高・ドル安予想を示し、米国が大幅減税や財政拡張に踏み切れば、財政赤字やインフレ懸念を背景にドル安が進む可能性も指摘されています。

アンチテーゼ(円安が継続する可能性)
一方で、2025年の外為市場は構造的な円安要因が重くのしかかっています。日本は震災後のエネルギー輸入増加や製造業の海外移転によって慢性的な貿易赤字体質となり、家計や企業の支払いに外貨需要が常に上回る状態が続いています。またサービス収支ではインバウンド黒字が6兆円規模まで伸びたものの、クラウド利用料や広告費などの「デジタル赤字」が8兆円規模に膨らみ、円売りの要因になっています。2025年秋に自民党総裁選で高市早苗氏が勝利すると、市場は財政・金融政策の一層の拡張を織り込み、ドル円は一時153円近くまで上昇しました。主要証券会社も年末予想を150円へ上方修正し、「円安圧力はなお強い」と指摘しています。米連邦準備制度理事会(FOMC)もインフレリスクへの警戒を強めており利下げを急がない姿勢を示すため、金利差縮小が進みにくい状況です。さらに、円高要因とされる「脱ドル化」の動きも、IMFの統計では為替調整後にドル比率が実質的に横ばいであることから、短期的に円を押し上げる力は限定的です。

ジンテーゼ(総合)
強い円が戻るかどうかは、金利差だけでなく国内外の経済構造や政策に左右されます。確かに、米景気の減速やトランプ政権の財政運営への信認低下が進めばドル安が進行し、その過程で円がやや強含む場面も想定されます。しかし、貿易赤字・デジタル赤字が常態化し、海外投資からの収益が国内に還流しにくい日本経済は円売り圧力から逃れにくい状態です。米ドルの基軸通貨性についても、人民元が資本規制や法制度の未整備で依然信任を欠き、ユーロも財政統合の壁を抱えていることから、ドルに代わる通貨は当面見当たりません。各国の外貨準備に占めるドルの比率が低下しつつも依然過半を占めている以上、ドル離れが急進展する蓋然性は低く、円だけがその恩恵を享受するとは限らないでしょう。

要約
円相場には円高要因と円安要因が併存し、短期的な材料では一時的な円高局面もありえますが、貿易・サービス収支の赤字構造や投資収益の海外再投資が続く限り、円は基調として弱含みやすい。米ドルの基軸通貨性が揺らいでいるとの議論もあるものの、ドルの世界的な優位は当面揺らがず、日本が構造的な円安圧力を解消しないかぎり「強い円」が安定的に戻る可能性は低いと言えるでしょう。

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